第2話
02
「
前世の記憶を引き継げると、私は先ほど言ったけれど、それはおよそ正確ではない。
君は記憶を引き継いだのではなく、命を引き継いだのさ。
そう、命。
君は命を持っている。
大事なことだから、覚えておくといい。
ああ、ほら、輪廻転生。
そんな言葉を聞いたことがあるだろう?
インドの哲学さ。
命有する者は何度でも生まれ変わり、
生前の行いによって、次に生まれる世界と、それと姿形が決まる。
ある宗教に沿って言えば五道なんてものがあるが、しかし残念なことに、ここは天国でもなければ、地獄でもない。
ただ、裏側だ。
哲学は哲学に過ぎないがしかし、侮れない。
大昔の彼らが信じていた思想は半分正解だったわけだ。
いや、哲学に正解なんてあってはならないか。
つまるところ、輪廻さ。
真の輪廻とは、行ったり来たり、だよ。
真の命とは、表裏を巡る。
死んで、落として、おしまいじゃあない。
行ったり来たり。
逝ったり、生きたり。
転じて、還る。
輪廻転生。
表裏転生。
ところで君は命について考えたことは——まあ、ないだろう。
それじゃあ考えよう。
答えを教えてあげよう。
曰く命とは、産まれるものである、
命とは産み落とせるものである。
命とは、母胎に生を成し、そうして生まれ堕ち落ちる。
常識だろう。
人間は勿論、犬だって、鹿だって、その他全ての哺乳類が性を営んで——
——干渉し、繋がって、宿し、落とす。
ん?照れているのか?
存外に初心だね、君は。
その赤い顔は、肯定として受け取っておこう。
つまり、命とは産まれるものである。
創造できるものである。
ここまでは、君たち表の人間にしては常識だろう、もはや常識以前の観念、それは概念だ。
ここで思考しようか、この一点を。
命とは産まれるものである。
命とは、創造できるものである。
さて、果たして、どうして。
そんなことが可能だろうか?
——否。
断じて否である。
だって、そんなわけないだろう。
およそありえることではない。
表側では神様なんて空虚で粗末なものを信仰する悪いきらいがあるが、
私にして言えば、命を創造できるなんて思い上がるのはそれこそ、神様への冒涜というものだ。
所詮動物程度が、動物同士の干渉によって新しい生命を誕生させているなんて、全く馬鹿げた話で——馬鹿げた思想だ。
全く以ての他だ。
それこそが神様とやらの所業だろうに。
今や神様なんてものは、君たちにとって便利な道具のような存在になっている現状を鑑みたとするならば、君たちは存外に、既に弁え、おおよその理解が及び済まされているのかもしれないがね。
神なんて、どこまでいっても信仰の対象、
あくまで人間の信仰の対象にしか成りえない。
信仰を代償とした願いの成就。
祈りを代償とした願いの受諾。
こう言うと、人間という生き物は本当に代償が好きだね。
古代の人間なんて特に、ね。
大昔の人間は神様なんていうのを本気にしていたという。
その信仰を真に裏付けるのが、古代と呼ばれる時代に、文明が築かれていた地域で行われていたという生贄の儀式。
アステカ帝国は心臓を捧げたという。
インカ帝国では生き埋めにされたそうだ。
マヤ文明では日常的に、それこそ毎日のように生贄が捧げられたそうだ。
神なんて粗末な“物”に。
いや、生贄はアメリカ大陸だけで行われていたわけではないよ。
ヨーロッパでは人間だけでなく家畜が贄とされることもあったそうだし、アジアにだって勿論あったさ。
日本にも、あったよ。確実に。
人身御供、人身供儀、人柱。
聞いたことがあるだろう。
そう、
生贄と同義の言葉さ。
習っていないって、……馬鹿者が。
こんなこと、学校で教えるものか。
こんなことは、教えるまでもない。
そう、“こんなこと”はね。
それに生贄なんていうものは、日本古来の神様信仰である神道のタブーだ。
更に言えば、日本人特有で、独特な愛国精神が萎えてしまう。
だけど知っているかな、現日本でいまだに生贄の儀式が行われていることを。
ああ、それは知っているのか。
そう。
——諏訪大社。
もっとも、人を贄として捧げているわけではないがね。
ところで君は、大昔から生贄の作法なんてものを、代々受け継いできている神社があるという話を知っているかな。
そんな話は、神道の禁忌をものともしないような、驚くべき話ではあったが、今にして考えるとその噂じみた話というのは全くの事実で、その神社とは、
——諏訪大社なのかも、しれないね。
何がために捧げているか、
そんなものはたくさんある。
人の欲の数だけあるさ。
その間等しくね。
そうそう、無病息災とか、ね。
しかしそれだって、人間の欲に由来する願いだ。
願いというのがそもそもの話、欲望というものなのだけどね。
昔の人々は、だからつまり、
命を代償としたわけだ。
人と人との間、その間を唯一等価とできる命を代償として、宛てのない無情の祈りを捧げたわけだ。
命とは、産まれるものである。
命とは創造できるものである。
そんな間抜けたことを真に受け入れた彼らの末路が等しく滅亡だということは、
ここで語るべくはない。
そうなると、疑問が唯一つ浮かぶだろう?
ああ、すまない。
前振りが長かったね。
ここにきてようやく、随分と遅ればせながら、
ようやっと、問題提起だ。
さて、それでは、
——命とはどこから来たのだろう。
」
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