第66話 冬休みの終わりに
地獄の年末をクリアし、元旦の午前7時に目を覚ます。
勉強したいから休みなのに早起きをしたわけではない。
休みだからと言って昼まで寝るとか、寝て過ごしたと言う行動自体が嫌いなのだ、無駄でしかない、勿体ない、損した、そういった感情が込み上げるからだ。昼まで寝たとすれば今から5時間後、5時間あれば何が出来るだろうか、漫画、イラスト、読書、映画だったら短めのものを3・4本は観れるだろう。
顔を洗い、昨夜の残り物をちょっと摘まむと机に向かい、ノートを開く。『あぁ、歴史か…』同じ柄のノートが積み上げられているので開くまで何のノートかわからないのだった。『歴史は…興味ねぇな…』自分が興味あるかないかなど関係なく、学ばなくてはならないのだが、龍一の今日の勉強法は『やりたいものをやる』だった。
邪魔が入ると思いきや、昨夜の大騒ぎで順一も昂一も昼まで目覚めなかったのだ、人間2人が寝ている間に龍一は勉強をした、この差だと龍一は気が付いた。人が寝ている間にやる、だが正直気づくのが遅かったのは確かだ、これを早くからやっていれば少なくともライバルに並べたか、何人かは超えられただろう…と今更思っても仕方がない、振り返ってもなにも落ちていないのだから、目の前が漆黒の闇であっても進む方がいい、何があるかわからないけど、振り返ってる自分よりは前に進める。
考え方を回りくどくすることで、龍一は脳内で正当化していく。
間違いじゃないんだと…
要するに今よりマシと思いたいだけなのかもしれないけれど。
『龍!』
12時をまわると、悪魔が顔を出した。
『ん?』と返事をするが、俺は勉強しているんだ構わないでくれと言わんばかりに目線は顔を覗かせた順一には向けなかった。
『勉強頑張れよ、少ないけど俺と昂一からお年玉だ、受け取れ』
地獄を超えた物だけに与えられる「お年玉」と言う名の賞金の授与だ。
しかも悪魔二体分となれば期待は大きい。
『ありがとう』と言って、ちょっとだけ微笑むとお年玉を受け取る龍一。
ドアが閉まるのを確認して直ぐに中を確認する。
順一、昂一共々5千円づつ入っていた、小さくガッツポーズすると、お腹が空いたので居間へと向かった。
兄2人は姉の二階に住む姉の部屋に行ったらしく母親だけが居た。
『龍一、お年玉貰ったんでしょ?半分よこしなさい』
『はぁ?何言ってんの?俺が貰ったんだよ嫌だよ』
『お兄ちゃんたちにも子供いるんだから返さなきゃならないでしょ』
『そんなの知らねぇよ母ちゃんが出せよ』
『お金あるわけないでしょ、わかるでしょ』
腹が立ったけど理解はできた、このモヤモヤする感情を居間のドアにぶつけると、思った以上に激しい音が鳴った。
『バァン!!!!』
部屋に入って5.000円を握りしめると、直ぐに居間のドアを開けて、母親に投げつけて居間を去った。いつもだと怒って追いかけて来るところだが、母親も折角楽しみにしていた年に一度の龍一のお年玉を半分貰わなくてはならない事に、いくばくかの良心の呵責を感じているのかもしれない。
来客も減り、お年玉を入れた箱を確認すると、3万円を超える額があった。
半分税金のように奪われても尚3万円と言うのはかなりの利益。
この時ばかりは親戚や知人の往来が激しい事を喜ばしく思った。
しかし、半分税金を母親に納めなければ6万円あったかと思うと、それはそれで激しく狂おしい程に悩ましかった。
だが自分の財布に3万円入っているのは誇らしい、なんだかニマニマしてしまう龍一だった。
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冬休みもあと3日となった頃、母親から珍しい提案を受ける事となった。
『お年玉あるんだもの、少しは息抜きに買物でも行ったら?』
思えばこの冬休み、外に出る事がなかったことに気付き、気付いてしまうと出たくて出たくてたまらなくなり、その足で即スドーヨーカドーに向かった。
流石に自転車は出せないので徒歩で向かう、雪を踏みしめる音が心地よかったが、夏場と違って足場の悪い雪道は龍一の体力と時間を奪っていった。
いつもの3倍くらい時間をかけてやっとたどり着くと、初売りを開催しているので、尋常じゃない程混んでいる。人、人、人、何が欲しくて来るのか、正月気分が何か買いたいと言う思いだけで来るのか、何か買いたいのではなくて買いたいものを決めてから出て来いよ!と脳内で思う龍一だったが、そんな本人も目的もなしに来ているわけで、今まさに人間の見本のような行動と思考で歩いているのだ。
ふと気づくとサンタクロースの様な大きな袋を肩に乗せて歩いている人が目につく、初売りと言えば福袋、この人混みの三分の一は福袋目当てと言っても過言ではなかった。姉が以前福袋を買った時に中身を見たが、1万円出してこれかよと言う言葉を聞いた。姉はMサイズを着るのに入っていた服はSサイズばかり、指輪やアクセサリーもメッキの安物、唯一『これは5.000円くらいするんじゃない?』という18金のネックレスが当たりだったと言える中身だったそうで、それを思い出した龍一は口元でニヤリと笑うと、皆が背負う福袋を見ては鼻で笑った。
歩いてきた疲れと人混みに参ったので、トイレの前のベンチに座って休憩することにした龍一の前に、スーツ姿の中年の男性と女性が近づき、声をかけて来た。
『きみ、どこの学校?一人?ご家族は?誰ときたの?』
『は?初対面の人に答える義務はないと思うのですが』
質問した中年の男性は龍一の答えに目を細め、あからさまに嫌な顔をした。2秒程の沈黙を切り裂くように中年の女性が声を少し荒げる。
『聞かれたことに答えなさい、私たちは補導員ですよ』
『補導員だろうと大統領だろうと答える義務が無いって言ってます』
『答えるのは義務ですよ、補導員なんですから私たちは』
『補導員の質問には答える義務があると言う証拠みたいなものはありますか?補導員を装った変な人だったらヤバいんで』
『あなたなんなの?いいから答えなさい』
『私は人間です、いいから答えろと言いましたけど、何がいいんですか?その良さを説明してもらえませんか?』
『中学生でしょ?学生証だしなさい』
『人を見た目だけで決めつけるの良くないですよ、補導員なんですよね?少し常識を持って人に接しないと失礼にあたると思いませんか?』
『では言い直します、見た感じ中学生じゃないかなーと思うんだけど、学生証持っていたら見せてもらえたら嬉しいんですけど』
『嫌です』
『あなた!言い直したでしょう?見せなさい!』
『初対面の人に見せる義務はないと思うのですが』
『私たちは補導員なの、わかります?』
『証拠が無いのでわかりません、補導員を証明するものをだしなさい』
『だしなさいってなんですか!』
『あなたと同じ事したんです、腹立ったでしょ?そう言う事ですよ、補導員だからって偉そうに言えば誰でも従うと思ったら大間違いですよ、大人なんだから子供相手でもちゃんとしないと、大人ですよね?大人の格好の子供ですか?』
『わかりました、もういいです』
『何が良いんですか?つか人の時間奪って置いてもういいですって話しないでしょう?大人なんだから謝るのが筋なんじゃないですか?』
『すみませんでした』『すみませんでした』
『はい、お疲れ様でした』
龍一のモデル『話術士』が補導員を名乗る人間を撃退した。
もの言いは気持ちの良いものではないが、相手の質問をひっくり返して追い込むスタイルが龍一には心地よかった、もっとも大人になってこれをやっていたら喧嘩になるし、職場では生きにくいだろうけれど。それは龍一もわかっているので相手を見て発動させるし、言葉遣いも丁寧にすることを心がけている、だがその丁寧さが大人にとってはイライラするのだろう、それを見て楽しんでいる部分もあったりもするのだが。
『さてっと』
そう声をあげると、膝をポンと両手で叩きながら立ち上がった。
財布を開くと2万円。
小さな気合いを込めた握りこぶしをグっと入れて、龍一はずっと欲しかったものを買いに行った。
その後、本屋に立ち寄ったり、ゲーセンに立ち寄ったりゆっくりと流れる時間を久しぶりに過ごして玄関に出ると、大人気のキン肉マンの消しゴムタイプの超人ガチャガチャが目についた、『うお!!!!キン消しじゃん!一回だけ回そう』と言っている時にはもう100円玉をセットし、回していた。その場でカプセルを開けると、仮面が剥がれて素顔がさらけ出された「ウォーズマン」が出た。
『え?なんだこれ』
カプセルの中の商品紹介が記載された紙を見てもこのウォーズマンは掲載されていない、いや、あった、真っ黒なシルエットで「?」と書かれている、その影はまさしく今手にしたウォーズマンに間違いなかった。
『やべぇ!!!!シークレット出た!!!一発で!』
喜びながら店を出るとすっかり薄暗くなっており、雪もちらついていた。
『雪かぁ…』
龍一はやっと買った大きめの箱を大事に抱えて家を目指して歩き出す。
吐く息が白く、まつ毛を湿らせて凍ると、瞬きする度にくっついて面白かった。
はぁーーーーーーーーーーっと思いっきり息を吐きながら見上げると、宇宙を漂うような感覚、これが小さいときから好きだった。
『久しぶりだなぁ、この感覚』
抱きかかえた箱に書かれた「ファミリーコンピュータ」の文字に
雪が優しく舞い降りた。
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