第65話 ついてない1日
ポータブルストーブで暖をとる龍一の部屋は5畳。
密閉していると具合が悪くなるので定期的に窓を開ける。
真冬なので北側の部屋の窓は、結露を起こして凍る。
方言で言うと「しばれる」ので、厚い氷が窓を覆い、窓の開閉すら不可能にする。
それを何年も繰り返している龍一は千枚通しを常に用意し、定期的窓の氷を割るのだ。窓を開けると冷気が一気に流れ込んで来るのが気持ちがいい。
目を閉じると大晦日の騒がしい声が居間からまだ聴こえてくる。
『うぜぇ…』
そうこうしているうちに昂一が部屋に入って来る、いつものようにノーノックで。
『龍!煙草くれ』
『マルボロだけどいいの?』
『ガキのクセに洋モクなんか吸いやがって』
と言いながら龍一の差し出した煙草から2本抜いて1本に龍一の部屋で火をつけた。
ふっと一息白いため息を吐くと『勉強か?』と分かりきったことを聞いた。
『あぁ』ぶっきらぼうに答える龍一。
『勉強してもよー、社会に出たらほとんど使わねぇんだよな、仕事で因数解体なんかつかったことねーよ』
『因数分解な』
『まぁなんでもいいけどよ、受かればこっちのもんだから頑張れ、頑張れって言葉は時に無責任だなーとは思うけどよ、今やるべきことがそれなんだからしゃぁねぇもんな』
もっともらしいけれど何となく的を得たことを言うと、昂一は財布から1万円を抜き取り『お年玉だ、貰っとけ』と言って龍一に渡した。お金をくれるからと言うわけではないが、時々こう言う事をする昂一を龍一は嫌いではなかった。
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翌朝順一が龍一を起こしにやって来た。
『初詣行くぞ』
『はぇ?』
叩き起こされた龍一の脳みそは理解が追いつかず条件反射と聞き直すために取り敢えず音声に近い返事をした。
『初詣だよ、お前受験だろ?こういうのちゃんとやっとかなきゃダメだろバカタレが、早く行くぞ馬鹿野郎、早く用意しろこの野郎。』
さすが市内イチの極悪高校で天辺とった男の圧力は凄まじい、だがどこか筋が通っている、天辺とるとは強いだけじゃだめなんだろうなぁと思いながら着替えて用意をする。だが内心は、こうやって勉強の時間を削いで来る兄貴や親戚を何とかしたほうが初詣行くよりよほど効果があると思っていた。
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如月神宮
龍一の住む街で一番大きな神社であり、ここで行われるとても大きなお祭りは街の数ある神社の中で一番最後、見世物小屋や巨大な樽の中をバイクが走るアトラクションなんかも毎年やって来る、ゆっくり見て回っても1時間はかかるだろう、その熱とは裏腹にこの祭りが終わると一気に秋の香りがやってくるので寂しさも感じる。
当然ながら初詣も凄まじい参拝客の数だった、人混みが苦手な龍一にとっては苦痛でしかない、ぶつかり、押され、横入りされ、イライラは蓄積されて行く。
やっとお賽銭箱の前に到着したのでご縁があるようにと用意した5円玉を出すと、順一は『5円で願いをかなえる神様なんかいねぇよ!神も金次第で順番にやるんだ』と言うと1.000円をお賽銭箱に放り入れ、鈴を鳴らすと『ほら、祈れ!』と龍一の肩甲骨辺りをパンと叩いた。兄の入れたお賽銭に便乗するみたいで、これこそ叶えてくれるわけがないと思いつつ、なんでもいいから取り敢えず高校受験に成功させてくださいと心で祈り、合掌するのだった。
『よし!龍!お守り買うぞお守り!』
『いらねぇよ、そんなもんで受験成功したらみんな買うだろ』
『バカ野郎、御守りってのは守ってくれるから御守りなんだ!』
『俺は守って欲しいんじゃなくて、受かりてぇんだよ』
『いいから買うぞ!これか?これだな学業なんちゃらって書いてるもんな』
『そうじゃね?』
『金出せ金』
『は?買ってくれるんじゃねぇの?』
『人に買ってもらった御守りに効果なんかあるわけねぇだろバカ野郎』
『ちっ』だったら来なかったのにと言いたかったが、兄貴の顔もあるのでグッと堪えて御守りを自腹で購入した。
『次あれだ!落ち武者によく刺さってるやつ』
『はい?』
『刺さってるだろ!わかんねぇ奴だなよく聞け、落ち武者によく刺さってるやつよ』
よく聞いたところで同じ事しか言ってないので意味がない。
『もしかして破魔矢のこと?』
『それそれ』
『戦場で破魔矢打つ奴なんかいねぇよ、短けぇし、先っぽねぇし』
『いいから買え、その矢を買え!金出せ金ホラ』
『そのカツアゲみてぇな言い方やめろよ』
『バカ野郎カツアゲってのはジャンプさせるのが基本なんだよ、ピョンピョン飛ばせればチャラチャラ鳴るんだよ小銭がよ…っていいから買えバカ野郎』
龍一は破魔矢を買い、大腕を振って歩く順一の後を付いて歩いた。車に辿り着くと、既にビールを飲んでいる昂一が手を振った。無視することもないので軽く龍一が手を上げると、真冬の神社の凍った路面で足を滑らせた。一瞬の出来事だったので受け身を取る間もなく側転気味に転んだ龍一。順一が『大丈夫か?』と半笑いしながら龍一の手を引いて起こすと、そこには折れて真っ二つになった破魔矢があった。
2人は言葉を失ったが、車の窓を開けてその現場を見た昂一は『破魔矢に救われたんだろ、ラッキーだラッキー、ポジティブなシンキンだろ』そう言うとビールをグイッと飲んで腹を抱えて笑うのが閉めた車のガラス越しに見えた。
『前向きな信用金庫みてぇに言うなよ』
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自宅に到着すると龍一が転んで折角買った破魔矢を転んで折った話で大いに居間は盛り上がっていた。『まぁ御守りがあるから願掛けしてみるか』そう言いながらポケットと言うポケットを探しまくった。
転んだ時落としたのだった。
『はぁ…何しに行ったんだか』
そう呟くと、ポータブルストーブの上に干し芋を乗せた、熱が通ると黄金色になってホクホクと美味しい変化を遂げる、龍一の冬の楽しみでもあった。
『龍!煙草くれ!』
いつものようにノーノックで入って来る昂一、いつものように煙草を2本抜き取ると、いつものように1本吸い、手に持っていたビールを飲むと、食べごろになった干し芋をムシャムシャと食べだした。
『龍!煙草くれ!』
順一がノーノックで入ってきて、最後の干し芋にかじりつきながら煙草をせがむ。
『今日はついてない日なんだな』
『あぁ?なんだって?』『なしたって?』
『いや、何でもないさ、何でもない』
ニヤリと笑うと龍一も煙草に火をつけ、順一と昂一と一緒に白いため息を吐いた。
『龍!ゲーム!出せ!つけろ!』
『原人かよ!文章で言え』
『うるせぇな察しろ!兄弟だろ!なぁ!』
『はいそうですね』
ついてない1日は延長戦を迎えるのだった。
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