第56話 四天王動く

旅を終えた龍一の夏休みは残り8日となっていた。


『受験は年明けだし、まだ夏だし』


龍一の心にはそんな怠け心も顔をのぞかせる。

しかし特にやる事もないので生活リズムも怠惰でだらしなくなり、好きな曲を聴きながらゴロゴロと過ごしてしまっていた。


『龍~電話~』


めんどくさそうな母親の呼ぶ声で玄関に置かれている電話をとった。何故だろうか玄関に電話を設置する家が多かった昭和。冬は寒くて長電話が拷問レベル、それでも女の子は上着を着たりして電話を楽しんでいたのだが、家族からの電話が繋がらない、料金がかかると言われ、相手に聞こえるような大声で『電話長いよ~!』等と言う親のデモ団体の様な攻撃もあったりした。龍一は電話自体が苦手なので、いつも端的だからそこは問題なかった。


『もしもし?』


『桜坂?オレオレ』


『オレオレさんですか?』


『わははははは、桜坂おもしれー』


『どうした吉田、なんかあった?』


『時間あったらウチ来ないか?話があってさ』


『あぁ~、いいひょ~』


『お前今あくびしたろ』


『ごめんごめん、旅から帰ったばっかりでさ』


『三蔵法師かよ!わははははは、じゃぁあとでな』


吉田の家に行く準備をする龍一に母親が食いつく。


『どっか行くのかい?』


『あぁ』


『あんた勉強してんのかい?』


『はぁ~・・・・』


『なにそのため息!!!!』


『うるせぇな勉強勉強何なんだよ!それは勉強してきた人間が言う事であって、やってこなかった人間には言う権利なんかねーんだよ!!!』


ついつい口を出てしまった母親へ対する怒りの言葉。

全ての中学3年生がそうではないが、やはり受験と言うものは大きな壁であり、ストレスとなっている。それに不随するのが勉強であり、受験=勉強と言う式が子供も大人も共通認識となっている。が故に親は勉強を心配し、それを一番わかっている子供は、わかっているだけに勉強とは言われたくない、この押すか引くかの駆け引きが常に家庭内で行われているのだから居心地が良くないと感じ、ちょっとの火花でフラストレーションを爆発させてしまう事もあった、いや、少なくとも龍一はそうだった。ましてや勉強しても届かない可能性がある無謀な挑戦でもある為、言われたくない言葉ランキング1位が勉強なのは揺るぎないわけで。


母親は龍一の久しぶりの怒りに対して、何か言ったようだったが、それをかき消すように玄関のドアを思いっきり閉めた。


『ふぅ…』


今の龍一にとっては怒鳴ってしまって申し訳ないと言う気持ちなど持ち合わせておらず、いつでも少しの衝撃で爆発できるニトロのようだった、まさに『俺に触れるんじゃねぇ』と言ったところだろう。


『くっそムカつくわ』


人気のない道に入ると、マルボロに火をつけて、色のついたため息を吐いた。龍一のリセットの仕方でもあり、クールダウンの仕方でもある煙草。白い煙は嫌な気持ちや溜まった気持ちが身体から出たように感じるので龍一にとっては効果的なのだ、煙草歴は浅いものの、美味しいと感じて吸ったことはない。もちろんホッと一息の意味もあるのだが。


当然だが未成年が煙草を吸って歩いているのだ、良く思わない大人もいて、嫌な目でじーっと見てくる事も少なくない。


この頃の龍一はじっと見られるのが本当に嫌いだったので『何かありました?』と問う事にしていた。『なに見てんだコラ!』であれば明らかにヤンキーだが、丁寧に『何かありました?』と声掛けする事で逆に向こうは恐怖感を抱くことが多いからだ。当然向こうも『いえ、別に』と答える事が多く、それを計算に入れての声掛けだった、加えて煙草の存在も擦れてしまい、もしかすると煙草を吸える年齢なのかも?というあやふや感も生まれるらしい。当然ながらそのような対応をするのはおばさんと老婆のみだ、なぜなら喧嘩する事がないからである。だが稀に攻撃的なおばさんもいる、その時は言葉で叩き潰すことに喜びすら感じていた、自分の語彙力のなさで中学生に返す言葉が出て来ず、悔しさを噛みしめながら敗北する、その真っ赤になって歯をきりきりさせている顔に優越感を感じるのだった。


『あんた中学生でしょ?煙草じゃないのそれ!』


『なにがですか?』


『なんで煙草吸ってんの?』


『指で挟んでますが』


『そういうことじゃなくて』


『どういうことですか?』


『中学生が煙草をなんで吸ってるの?って聞いてるの』


『全ての中学生がなぜ煙草を吸っているのかは私にはわかりませんが、吸い方としては肺に入れてから出してますので、敢えて答えるなら肺になると思います。』


『いやだから!』


『なんですか?』


『煙草吸って良いの?』


『吸いたいなら吸えば良いじゃないですか、私には関係ない事です。』


『私の事じゃなくてね、あのーあのー・・・』


『失礼ですがもう少し日本語勉強したほうがいいですよ、大人ぶって注意したは良いけれど、日本語がそれでは伝わりませんよ』


『あんた、学校に言うからね』


『学校は建物なので話しかけても無駄です、そういう所ですよ、日本語の勉強が必要なのは。あなたの話しには主語がないので理解するのが大変です。』


『あんたどこの学校なの?』


『じゃぁあなたのお名前と住所教えてください』


『あんたに教える必要ないでしょ』


『それと同じ事をあなたがしたんですよ、たった今、もう忘れたんですか?脳神経外科にでも言った方がいいですよ。それに人に聞く前に自分が名乗るのが筋でしょう?そんな事もわからず生きて来たんですか?失礼ですが何年人間やってるんですか?』


『うぎぎぎぎ・・・・』


『これ以上まとわりつくなら交番いきますよ、不審者が出たと言いますがどうします?』


『もういい!』


『話しかけて置いてもういいってどういうことですか?あなたのせいで時間を失いました、約束があるのにどうするんですか?』


『ぐっ・・・・むぐっ・・・』


『謝って下さい。』


『この…ぐ…』


『謝って下さい。』


『ご…ごめんなさい』


『まぁいいけど、大人なら申し訳ありませんでしたと頭を下げるものですよ、覚えておいてくださいね、きっとどこかで恥かきますよ。』


『申し訳ありませんでした』


『わかったから帰りなさい』


相手の言葉をちょっといじって跳ね返す事で潰すのがおばさんには効果が絶大だった。少し頭の回転が良いおばさんに対しては、言い放った言葉に対しての理詰めを行い、相手の矛盾点を誘ってそこを集中的に質問して答えさせると言うマウント方法を使って、圧倒的にネジ伏せるのは龍一にとって造作もない事だった。おばさんを潰した後、いつも龍一は思う『自分は嫌な人間だ』。

しかし龍一の身を守る術でもあった話術。

自分に物申す大人がいかに道理の通らない押しつけをしているかわかって欲しいから知識をつけ、時にはその言葉の弾丸を撃ちまくるのだった。


まるで自分はここにいると叫ぶかのように。


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吉田(きった)の家に着くと、待ちかねた吉田が玄関に飛んできた。


『桜坂!桜坂!俺すっげーいいアイデア思いついてさ、直接言いたかったんだよ、呼んでしまってごめんな』


『いや、いいよ、途中でババァ一体倒して来たの楽しかったし』


『また言葉のマシンガンぶっ放したのかよ!はははは』


『ショットガンだよ、今日は謝罪させたよ、生意気なババァに謝らせるの最高だよな、まぁ煙草吸ってる俺が悪いんだけど、俺に挑んだババァも悪い』


『確かに!!!!!うわははははは』


『で?何の話し?アイデアって?』


『そうそう、あれあるじゃん、あの、文化祭、ははっ』


『あぁ、んで?』


『絵を辞めたのはわかってる!わかってるけど最後の文化祭じゃん、一緒に描かないか?イラストクラブとして作品出さなきゃダメじゃんかよ』


『あー俺は部長だから辞めとくよ』


『頼むよ!俺桜坂の絵が好きなんだよ、1枚だけ、な!な!な!ははっ!なっ!』


『途中で笑い挟むなよ、決めたんだって、もう描かないって』


『わかってるよ酷い目に会ってトラウマなのはわかってるよでも最後に1枚気合いの作品を見たいんだよ!頼むよ!』


『描くもんねーし・・・』


『童夢を頼む!』


『童夢って…言ったじゃん、俺が絵を描こうと決めたきっかけの作品だって…』


『だから童夢なんだよ、桜坂の描く大友克洋先生の童夢が見たい!!!』


『なぁにコンドームコンドームって、あなた達まだ早いからね!』

吉田の母親がそう言いながら運んできた飲み物をテーブルに置くと、ごゆっくりね桜坂君と言って部屋のドアを閉めた。


ドアの向こうの階段を降りる音が聴こえなくなると2人は爆笑した。


『コンドームって!』『コンドームって!』


『あー笑ったな、腹いてぇ、わかったよ、特別に1枚描くよ、約束する』


『よっしゃー!!!!!!!!!!!!!!!!!』


こうして龍一は勉強が追いついていないと言うのに文化祭の為のイラストを1枚描く事を決めた。本来なら3年生は描かなくていいはずなのだが、龍一と吉田は違った、部長と副部長としてのケジメであり、自分たちは絵描きとしてここに居たと言う証を残したかったのだ。


絵描きの『四天王』と呼ばれたうちの2人が最後の作品を描く、にわかに中学校がざわついた、建物だからざわつくはずはないのだが。

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