第38話 クズ
龍一の周りがざわざわし始めた、当たり前のことだ。
修学旅行。
誰とも付き合いが無くなった一人ぼっちの龍一の耳にもそれは嫌でも入って来る。
『どぅーでもいい』
龍一の中ではどうでもよすぎて、どうでもいいを超えた『どぅーでもいい』と言う感情になっていた、いっそ行くのを止めようかとも感じていた。
『今日は修学旅行の班を決めるからな~』
人の気も知らずに、いや知っててもスルーなのだろう。
努力と根性のこの時代、いじめ?お前にも原因がある、負けずに戦え…
その程度の答えしか返ってこない、威張り散らして上からモノを言うが、真面目に話を聞いて向き合ってくれる教師など、少なくとも龍一の知る限りでは居なかった。
この担任の教師も同じである。
話しをする人が居ないと言うのに班を作れ、これは教師からのいじめだろ…そう考えながら肩肘を付き、私には関係ないと言う顔で机の角を黙って見つめた。
周囲からは『一緒に班になろう~』『だめだよー私たちと班になるんだから』『男女一緒の班はダメなんすかせんせーい』『ダメに決まってるだろ!そんな事言うなら先生と一緒の部屋にするか?』『あはははははは』楽し気な会話が聴こえる、騒がしい程に聞こえる、苦痛だった、腹立たしさが寂しさに代わり、悔しくなってきた龍一。最終的に一人ぼっちだったら行くのやめよう、そう考え始めた時。
『桜坂君、一緒の班になってくれないかな?』
龍一の耳に違和感があった。何か聴こえた、誘われた?雑音の中に微かに聞こえた声、ピアノで言うと不協和音。しかしなんだか心地よかった気がした。だが気のせいだと思い、振り向かなかった。すると肩をトントンとされ『桜坂君、一緒の班になってくれないかな?』としっかりと言われた。
驚いて振り向くと、クラスでクズ組と言われている三浦・藤枝・中本だった。クズ組と言われているが、龍一にしてみれば関りがないのでクズと呼ぶ何ものも無かった、いわゆる無関係な人種。
三浦は成長が遅い病のせいで中学生なのにどう見ても小学生のように小さく、皮膚もアルビノ系のようで、真っ白だった。その容姿から気持ち悪がられるのは必然だった、しかし彼は成績優秀で常に学年でトップクラスだった。真っ白いのであだ名は『シロ』
藤枝は身体が大きいので、坊主頭で強そうに見えるし、スポーツ万能にも見られるが、喧嘩は全くやらず、スポーツは全く持ってダメダメだった。緊張するとどもってしまって言葉がでてこない姿が気持ち悪がられていた。あだ名は『バイマン』。TVで放送されていた、裏で悪代官を始末する住職の話し『必殺の仕掛人』、この主人公が『藤枝 梅餡(ふじえだ ばいまん)』、名字も藤枝で同じ、しかも坊主頭なので、条件が2つ揃えば全国の藤枝さんには絶対つくであろうあだ名だった。
中本は小太りで、とても中学生に見えない老け顔、いつもメガネが曲がって掛かっている。勉強もスポーツもダメで、いつもダラダラと汗をかき、殴られても蹴られても笑っている姿が気持ち悪がられていた。あだ名は『おっさん』。その容姿から付いたもの、単純で安直なものである。
『なぜ俺を?1人で寂しそうだからかい?』
『違うよ、話す機会が無かったけど、ずっと桜坂君と話しをしてみたかったんだよ。』
そう三浦が笑顔で答えた。
『話したい?なんで?』
『桜坂君って喧嘩したりするけど、全部ちゃんと理由があると思ってる。桜坂君は優しい人だと思うんだ、だから僕らみたいなクズが話しかけてもちゃんと話してくれるって思ってた。今だってちゃんと向き合ってくれてるじゃん』
『そりゃ話しかけられたら向き合うだろ』
『みんなはそうじゃないよ、気持ち悪いって。』
『話しかけるなって怒る人も居るよ』
『俺たちはクズだからね』
三浦に話しかけに応えた龍一を見て安全と察したのか、藤枝も中本も話に入って来た。
『お前らクズなんかじゃないだろ、三浦は白いけど頭いいし、藤枝はデカいだけだけど優しい、中本はおっさん顔だけどどんなに殴られたって笑ってる強さがあるよ』
『ありがとう桜坂君、ちょっと毒ある言い方だけど見てくれてたんだね』
『毒あった?』
『あはははははは』
龍一は久しぶりに声をあげて笑った、クズ組も一緒におもいっきり笑った。その笑い声に周りが気づき、ヒソヒソと言い始めた。
『クズが一人増えたんじゃね?』『お似合いだわ』『クズが気持ち悪い』
四人は気にせず笑い続けた。
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『桜坂君』
三浦が放課後、1人で下駄箱に居た龍一に声を掛ける。
後ろには藤枝と中本も居た、よくもまぁバランスよく背の高さが階段状になるように集まったものである。
『ん?どした?』
『これから僕ん家で三人でゲームするんだけど、来ない?』
『班は良いとして、俺と遊んだりすると、お前らの立場もっと悪くなるからやめとくよ。』
『三人より四人!』中本が一歩前に出てそう言った。
『おいおい、じゃぁ俺もクズ組?』
『わははははははは』
『わかった、行くよ、このまま行っていいの?』
『うん、いいよ行こう』
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三浦の家に着くと驚いた。
金持ちを絵に描いたような豪邸なのだ。
ただいまと声を掛けながらドアを開ける三浦。その明るい声は学校では聞いたことが無いものだった、家に帰ると安心するのか、それとも親の前では心配かけまいと明るく振舞っているのか。
こいつらも大変っつーか、頑張ってるんだなぁと感じた龍一だった。
ふかふかのカーペットが敷かれた階段を上がる。
ペタペタとか、ギシギシなんて言わない、無音。
殺人鬼が上がってきても分からないだろうな…といらぬ思考を巡らせる龍一。
扉を開けて部屋の中へ導く三浦。
デカい!その部屋さの大きさに驚いた、三浦が小さいからか?いや違う、三浦一人で使うにはあまりに大きすぎる部屋がそこにあった。龍一の部屋は四畳半、軽く倍以上はあるその部屋には見たこともない大きさのテレビ、お姫様が眠る様な天蓋付きのベッド、そしてロッキングチェアーがあった。
『こんなの映画でしかみたことねぇぞ!』
と言って龍一は真っ先にロッキングチェアーに腰かけ、ゆらゆらと揺れた。
そこにノックが鳴り、三浦の母親が入って来た。
『おやつと飲み物どうぞ』
背筋がピンと伸びた長身にエレガントな服装、品があるとはこういう事を言うのだろう、その品は龍一の母親には勿論なく、近所にも親戚にもいなかったので、凄い年上の女性だと言うのに龍一は見惚れてしまった。
三浦がゲームをしようと、ゲーム機を接続した。
大きなテレビに映し出されたゲームは迫力が全く違った、龍一の部屋でもおさがりではあるが24インチ、それを遥かに凌駕する大きさだからやり慣れたゲームでも胸が高鳴った。
大いに笑い、大いに遊んだ。
『桜坂君、思ってた通りの人だった、修学旅行楽しもうね』
『あぁ、まだまだ先だけどよろしくね。』
『また四人で遊ぼうよ』『そうだね』
『そうだね、今度ゲーセンとか行く?』
龍一の言葉に三人が固まった。
いわゆる陰キャである三人にとってゲーセンとは明らかにハードルが高かったからである、察した龍一は言い直した。
『あ、ゲーセンもいいけど…あのー…あれだ…』
言葉が出てこない龍一に対し、今度は三人が察した。
『ご、ごめんね、正直に言うけど、ああいうとこ怖くて』
『うん、ヤンキーとか』『ヤンキーとかな』
『わかる!ヤンキーとかな!』
『わははははははははははははは』
『また遊ぼうぜ、今日は呼んでくれてありがとう、久しぶりに笑ったよ、ほんと、良い奴らだなお前ら。』
『クズ組へようこそ』
『ははははははははははは』
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