第39話 クズの意地
今日は新しいクラブ活動を決める日
この学校は一年単位ではなく、半年毎にクラブ活動を決められる。
部活ではないので土曜日の四時間目はクラブの時間なのである。
当然継続するしないは本人の意思。
だが、定員は決められているので継続したくても希望者が多くなれば相談やジャンケンと言うことになり、止む終えずやりたくもないクラブ活動をしなければならない事になってしまったりもする。加えてクラブの担当教師が異動などで居なくなり、引き継ぐ教師が居なければクラブ自体が消滅したりもする。
単純に言えば漫画クラブの担当教師が居なくなる場合、漫画の知識も何もない教師がそのクラブを引き継ぐわけにもいかず、止む終えず活動終了に追い込まれる。
龍一はイラストが好きなのでずっとイラストクラブだった。
このクラブは担当はどの教師でも出来る、何故なら授業ではないのでイラストの良し悪しを判断する事もなく、定期的に生徒が自分勝手に描いた趣味的な絵を貼りだす程度なのだから。
以前はこのクラブに花田も居たが今回は龍一を避けて別のクラブに行くだろう、そう考えると、別のクラブを希望してそこで花田と一緒になる可能性もあるわけで、もう描く事をやめた龍一にとってイラストクラブは苦痛でもあったが、黙ってイラストクラブを選ぶことにした。
くだらないとも思えたクラブの選考会が終わると、クラスに居たくない龍一は廊下に出た。廊下の壁に背を付けて座り込んだ、ひんやりとした感覚がじわじわと龍一の少し熱くなった身体を冷やして行った。
身体が冷えてくると心に余裕が出来、その心に出来た隙間を寂しさが埋めた。
何か悪い事したんだろうか、なぜ自分は独りなのだろうか。
考えても答えがでない自分で創り上げた質問に悩むのだった。
悩めば悩むほど心が苦しくなり、辛かった。
本当は皆と遊びたい、皆とおしゃべりしたい。
クズ組と話をするようになったが、急に翌日からもともと3人だったクズの中に入り難かったのだ、向こうはウェルカムだが龍一にしてみれば『自分が絡む事であいつらに迷惑がかかるかもしれない』そんな思いが、手を差し伸べるクズたちの手を素直に掴めなかった。クズ組はクズ組なりに龍一に気を使っているのもあった、自分たちと仲良くすると龍一も皆に馬鹿にされる中学校生活を送る事になるから…と。
距離感としては龍一にとっては有難かったのだが、寂しい気持ちは本音だ。
廊下で蹲っていると声を掛けられた。
『桜坂君だよね』
見上げるとD組の吉田(きった)だった。
吉田 龍二(きった りゅうじ)勇ましい名前とは裏腹に、上から下までまん丸のフォルムに少し伸びた坊主頭に丸メガネ、とにかくよく笑う。明るいと言う言葉を入力して人間を創る機械があるとすればこの男が出てくるだろう。
『あ、そ、そうだけど…』
『はっはっは、噂通りの雰囲気だね』
『なに?どゆこと?』
『あ、ごめんね、はっはっは、はぁ~あ、なんだっけ?』
『しらねーし』
『あ、そうそう、俺桜坂君の描く絵が大好きなんだよ~』
やたら馴れ馴れしいが、何故か嫌な気持ちにならない不思議な男だった。
同じことをしているのに、ある一部の人間は嫌われるあの感じ。
例えばA君に髪を触れられるのは気にならないが、B君に触れられると嫌悪感を抱いてしまうあの感じ、それを感じているのが今の龍一だった。
もちろんA君に髪を触られている方。
『なんだい急に』
『俺イラストクラブに入ったんだけど、ちらっと聞こえたんだよ、桜坂君もイラストクラブだって。』
『それで?』
『俺も下手くそだけど絵が好きでさ、桜坂君と絵を描いたり絵の話しが出来ると思ったら楽しくってついつい』
『いや、俺、絵はもう…』
『いやぁーーーーーーーーー楽しみだなぁ~じゃ!これからよろしく!』
天気予報で言っていなかったのに急に氷が降ってきたような感覚だった。
思いっきり降り注いで数秒で止んでしまうあの氷。
しかしその数秒の間、しっかりと『痛い』とか『凄い』と言う印象を残す、まさにあれだ。こういう場合台風や嵐と表現するのがセオリーなのかもしれないが、吉田は間違いなく氷だった。暴風ではない、だが刺すような痛みでコツコツと龍一の心をノックしたのだった。
だが、龍一にとっては嫌なノックではなかった。
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『桜坂君!一緒に帰らない?』
クズ組の三浦、藤枝、中本が声を掛けて来た。
『あぁ、帰ろう』
快く返事をすると、4人で近所の中村商店を目指した。
学校の側にあるので寄り道&買い食いするならここが定番だった。今までのクズ組なら不良、いわゆるヤンキーに絡まれるので立ち寄る事は無かったのだが、龍一が居る安心感からだろうか、三浦が奢ると言うのでワイワイと中村商店に足を向けた。龍一はその『高揚感』を肌で感じ、嫌な予感も多少なりともあった。
4人で駄菓子を買いこみ始める。
先に買い物を終えた三浦以外の三人は直ぐそばの公園に先に向かった。
お菓子を食べながら話をしていると、ふと気づいた。
『あれ?三浦は?』
中村商店に戻ると、とっくに店を出たと店主のおばちゃんが話す。
『え?帰った?まさかね』
『うん、そんな奴じゃないだろ中本』
『そ、そうだね桜坂君』
『あ、あそこ』
藤枝が指さす方を見ると、民家の車庫に数人の男子生徒が見え隠れしていた。
様子を伺っていると、中からバン!と言う音と共に『痛いよやめてよ!』と三浦の声が聴こえたのだった。よく見える位置まで移動すると、ヤンキー三人に囲まれた三浦が殴られ、蹴られていた。
『カツアゲじゃないか?』
中本が言う。
『お前ら、助けないの?』
龍一が2人に声を掛けた。
『お・・・俺なんか・・・何もできないし・・・』
中本が完全に戦意喪失している。
『その程度かよお前ら』
龍一が一歩出ようとしたその時、藤枝がその大きな歩幅で前に前にと歩を進め、『やめろよ!』とヤンキー三人に向かって声をあげた。
『あん?クズ組の藤枝じゃねぇか、なんだよこの野郎』
『でけぇだけのバイマンが何の用だよ』
『カツアゲで忙しいんだあっちいけや』
藤枝のその長身で見下ろすと、三浦は地面に倒れてお腹を押さえて苦しんでいた。震えた手で拳を握ると『クズにだって意地があるんだ!』と叫び、車庫の中に飛び込んで行った。喧嘩なんかしたことが無い優しい巨人が突っ込んだ、その姿はカッコイイ以外の言葉が見つからない。
『おめぇは?中本、どぉすんだ?あぁ?』
こっちはこっちで龍一にカツアゲをされているかのように中本が攻め立てられる。
『俺だって・・・俺だって・・・』
『なんだよおっさん、言えよ、何だよ』
『おっさんじゃねぇえええええええええええええ』
大声で声を裏返しにしながら叫び、藤枝に続いて車庫の中に突っ込んだ中本。
『窮鼠猫を噛む…こいつらは絶対強い、俺も行くか』
しかたねぇと言わんばかりに龍一も車庫へ向かった、中本が突っ込んだおかげで藤枝対ヤンキー3人の構図は崩れ、ごっちゃごちゃになっていた。龍一の中ではこれで良かった、クズとバカにしていた奴らがブチ切れた、その事でヤンキー達は面食らい、出遅れる、いくらクズとは言え、喧嘩したところを見たことが無いだけで、その強さを皆が知らないだけ、実際リーチの長い藤枝のガムシャラなパンチとキックはヤンキー達に近寄る事をさせず、思いのほか力もあるようで、ダメージを負うヤンキーも居た。中本は痛みに強いのか、殴られても戦車の如く前に前に拳を振り回しながら突っ込んだ、当たらなくても体制を崩せる、そこに藤枝のパンチが当たる、自然にコンビネーションが出来上がっていた。
2人に気を取られている間に龍一は仕留めにかかっていった。
ふらつくヤンキーの脇腹に蹴りを入れ、下がった顔に膝を入れて前蹴りで飛ばす。1人1人確実に堕としていく龍一、武術経験のないヤンキーに対し、隙を突くのは容易だった。
動けなくなったヤンキー3人を確認すると、龍一が興奮する藤枝に三浦を抱えるよう指示、中本の髪の毛を鷲掴みにして『逃げるぞ!』と声をかけてその場を後にした。
場所を変えて三浦に声を掛けると、物凄い汗をかきながら歯を食いしばり、唸るだけだった。藤枝も中本も顔に痣を作り、口が切れて血を流していた。三浦が骨折してるかもしれないと心配になり、3人で三浦を自宅に運ぶことにした。
けたたましく玄関のチャイムが鳴った。
前に来た時はもっともっとエレガントな音だった気がする、でも今は地獄の番犬が吠えているかのようにうるさく聞こえる。
『はぁい』
三浦の母親が出て来た。
その豪華な扉を開けると同時に、その変わり果てた姿を見て奪い取るように三浦を抱きかかえた。
『どうしたの?何があったの?あぁ~可哀想に』
『あのぉ、カツアゲにあってたんですよ、それで…』
龍一が説明すると、それに割って入り
『桜坂君って聞いたんだけど、悪い人と付き合いあるんだって?』
『いやその、それは…』
『喧嘩もしたりするんでしょ?うちの子に関わらないでもらえる?そのせいでしょ怪我したの、こんなに血を流して…』
『お、母さん、違うよ…桜坂君は…』
『いいの、お母さんが守ってあげるからね、帰ってちょうだい!』
割れて真っ二つになりそうな勢いでドアを閉められた。
『お前らの親もきっと同じ事言うよ、だからもう俺に関わるな』
『桜坂君、折角クズ組に入ってくれたのに』
『そうだよ、修学旅行だってあるのに』
『それは行くよ、一緒に行こう、でも普段は遊ばない方がいいよ、今日みたいな事いっぱいあると思う、だから…じゃぁな』
後ろ向きで手を振る龍一の背中を黙って見つめる2人だった。
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