第3話 夕暮れと笑顔

 授業も終わり放課後になった。

 この学園は部活の加入率が9割だ。放課後になると殆どの生徒が部活をするために直ぐ教室を出ていく。

 ちなみに俺は帰宅部だ。家に帰るスピードを競い合う競技っていうのは嘘で、やりたい部活がなかったため部活に加入はしなかった。やりたくもないことを一生懸命やることなんてできないからだ。

 星華も帰宅部だ。星華の場合は道場で空手や剣道を習っているため部活に加入していない。本人曰く、部活はスポーツに特化して嫌らしい。

 あ、和宏は写真部に所属している。今日も元気に活動中だ。

 いつものように教室から出ようとすると、どこかに行っていた朝比奈さんが教室に戻ってきた。


「あ、國立くん。良かった。まだ残ってたのね」


 どうやら俺に用があるらしい。


「どうしたんだ?何か用か?」

「いやー、実は学校案内してほしくて。私まだ全然どこになにがあるか分からなくて。今も職員室に行ったんだけど迷っちゃって」


 この学園は生徒が少ない割には校舎が広い。俺も入学した直後はよく迷子になっていた。なぜ広い校舎にしたのか設計者に問い正したいとよく感じていた。


「別に案内くらいなら全然するけど、なんで俺?」

「さっき竹居先生が國立なら放課後暇だから案内してくれるだろって言われたからね」


 知らない内に竹居先生に暇人認定されてる。事実だから否定することはできないのが悲しさである。

 てか、朝比奈さん竹居先生のものまね似てる。


「確かに暇だからなぁ、よし!じゃあ星華でも誘って3人で学校案内でもしますか」

「あ、星華なら今日は忙しいからパスって言ってたよ」

「そっか、最近忙しそうだからな……っていつの間に星華呼び!?いつ仲良くなったんだ」

「うふふふふ、今日のお昼ごはんは星華と一緒に食べたからね。星華は私の友達1号だよ」


 星華いつの間に仲良くなってたのか。あまり他人とは関わるないようにしているのに意外だ。

 きっと星華も朝比奈さんの可愛さにやられたんだろう。


「よし、じゃあ下から上へと移動するか」

「りょーかいです。よろしくお願いしますっ」


 広いだけで何か特別な施設があるわけではない。そのため案内といっても、何がどこにあるのか説明しながら歩くだけだ。

 正直そこまで面白いこともないが、終始朝比奈さんは面白そうにしていた。表情がコロコロと変化して可愛さもあった。

 やがて残すは屋上だけになった。


「で最後に、ここが屋上に向かう扉だ」

「へぇー、この先が屋上なんだ。けど入れないんだね」


 ドアノブには立ち入り禁止と書いてある木の板がかけられている。


「ここまでありがとね。色々と勉強になったよ」

「ん?なにもう終わりみたいな雰囲気だしてるんだ。ここからが山場だぞ」

「えっ山場って言っても、もう全部案内終わったんじゃないの?」


 戸惑う朝比奈さん

 ポケットから鍵を出して見せる。


「ほら、まだ屋上が残ってるだろ」

「えっと、鍵あるってことは入っても大丈夫なの?」

「見つかったらアウトだな」

「えぇ大丈夫なのそれ」

「ダメだったら一緒に説教タイムだ。転校初日に説教なんて思い出になるだろ」

「それは嫌な思い出だよ」


 そう言いながらもドアノブに掴んでいる。口では否定的なことを言っているが、屋上には興味があるということだ。

 鍵を刺して回す。これで屋上に行けるようになった。


「もう開くぞ」


 コクリと頷く朝比奈さん。

 その手はゆっくりとドアノブを回した。

 そして開いた扉。

 最初に目に入ったのはオレンジ色に染められた空だった。いつの間にかこんな時間になっていたことに驚きもあったが、それ以上に綺麗だという印象があった。

 朝と夜の間の時間。

 1日の僅かにしか存在しない時間。

 久しぶりに見た光景はどこか神秘的なものであり、美しいものだった。

 少し眩しく感じる夕日は俺と朝比奈さんを照らす。オレンジ色に染まる世界に2人だけで取り残されたようだった。


「わあぁ、綺麗。凄い綺麗」


 そう言うと朝比奈さんはトコトコと手すりの近くまで走っていった。それについて行くように俺も歩く。

 入口からは見えなかった街が一望できる。政令指定都市のためビル等と都会を感じれる部分もあるが、ところどころに畑や森林等があり田舎の部分もある。ここは都会と田舎が入り混じった街を見ることができる唯一の場所だ。


「景色けっこう綺麗だろ。俺のお気に入りの場所なんだ。まぁ、ここまで綺麗なのは始めてだけどな」

「……綺麗だよ。ほんと忘れなれないくらい…………あっ、そういえばなんで鍵持ってたの?立ち入り禁止って書いてあったよね?」

「あーそれは……竹居先生の弱み握ってるからな」

「えっ、ほんとなの?」

「さすがに冗談だよ」

「あー私のこと騙したのね。ひどいなー」


 このままだとさらに抗議を受けそうだから目線を逸らした。

 ふとグラウンドに目を向けると、汗水垂らして練習している野球部やサッカー部、陸上部がいる。掛け声がここまで聞こえてくる。一生懸命活動しているのが屋上から見ても分かった。


「どこ見てるの?」

「グラウンド」

「部活の人達一生懸命練習してるね」

「そうだな……そういえば朝比奈さんは部活入らないの?」

「んー」


 考えるように首を傾げる。


「私は……入らないかな。きっと私が入っても皆の邪魔になっちゃうから」

「邪魔に?うちの校風的に歓迎してくれる部活が思うけど」

「いやいやいや、なっちゃうよ。それに、私部活じゃない青春らしいことがしたいんだ」

「青春らしいこと?例えば?」

「んー」


 また考えるように首を傾げる。


「放課後に友達と買い食いしたり、ゲーセンとかで遊んだり……あとは、恋してみたり?」


 突然現れた恋という単語に動揺してしまう。

 恋って恋愛の恋だよな。likeじゃなくてloveだよな。よくクラスの女子が恋人欲しいとか言ってるが、朝比奈さんもそんなこと考えるんだ。

 てか、こんな可愛い子と恋人になれる人が羨ましい。


「あー、國立くん今動揺したでしょ?狼狽えすぎだよ」

「別にそんなことないし。動揺なんてしてねぇし、狼狽えてもねぇし」

「それなのに顔真っ赤だよ」

「うるさい」


 顔が赤くなってるのを見られるのが恥ずかしい。朝比奈さんから顔を隠すためにそっぽを向く。

 朝比奈さんは俺の向いたほうに移動して見てこようとする。見れないようにまたそっぽを向く。

 こんなやり取りがしばらく続いた。

 俺はからかわれるのか。


「ふふふふ、恋って言っただけであんなに顔真っ赤にするなんて。もしかして國立くんって意外と初心だったりして?」

「意外ってなんだ。意外って。そんなに遊んでるように見えたか?」

「ううん、そうは見えないよ。私的にてっきり星華と付き合ってると思ってたからね」

「星華はただの幼なじみだ。そんな関係になったことない……はいっ!この話終わり!閉店ガラガラ!」

「えぇー、残念」


 その後は当たり障りのない会話をした。

 転校初日にはどうだったのか。クラスの雰囲気が想像以上に良かった。話しかけてくる人が多くて孤立しなそうで済む。等々と様々なことを話した。

 朝比奈さんは話しながらコロコロと表情を変えてた。驚いた顔や悲しんだ顔、楽しんでる顔。そして、ところどころの笑顔が印象に残った。


「夕日も沈んできたしそろそろ帰るか」

「そうだね。あー楽しかった。もう少しお話したかったなー」

「別に来週とかも話せるだろ。同じクラスなんだし。それにここ屋上だから長居するとさすがにバレる」

「あっ、すっかり立ち入り禁止なの忘れてた」


 お互いに笑う。

 今日1日朝比奈さんと沢山話したが、仲良くなれた気がする。


「あ、ちょいちょい」


 扉に向かうとすると呼び止められる。

 振り返ると朝比奈さんは手を後ろにして立っていた。どこか小説のワンシーンのようだった。


「えっと、今日はありがとね。転校初日から青春ぽい事ができて楽しかった。……それに」

「それに?」

「希望くんと仲良くなれた」


 そう言う朝比奈さんはとびっきりの笑顔だった。綺麗で、どこか優しくて、こんな笑顔ならずっと見ていたいと感じるくらいだった。

 名前で呼ばれたことにツッコミを入れることを忘れるくらい俺の心は笑顔に引き込まれていた。

 これは反則だろ。

 心の中でそう呟いた。

 ちなみに思わず顔を逸らしたら、また朝比奈さんにからかわれたのであった。

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