八十年あまり昔のこと――。

 黒沼藩十二万石、麻宮家の、五代前の当主のときの話である。


 当主の麻宮あさみや信久のぶひさに、おゆきという娘がいた。幼いころから色白のかわいらしい姫であった。


 おゆきが十五歳のとき。

 数名の家来と女中をともなって、亀戸かめいど梅屋敷うめやしきへ梅を見にでかけた。帰りににわか雨にたたられ、近くの小さな寺で雨宿りをさせてもらった。


 そのとき寺の軒下には、みすぼらしいなりの若い女が雨宿りしていた。ゴザをかかえ、春をひさぐ女郎である。

 家来たちは、

「姫さまがおわすところに縁起でもない。どこぞへ行け」

 と、女を追いはらおうとした。


 すると女は、別段たたかれたわけでもないのに、ころりと死んでしまった。たぶん女は持病もちで、たまたま寿命がつきたのだろう、と解釈された。

 それでもさすがにきまりが悪く、家来は寺の和尚にいくばくかの銭を渡して、とむらいを頼んだ。


 おゆきがおかしくなったのは、それからである。

 男を、自身のしとねに引っぱりこむようになったのである。家来、奉公人、誰かれかまわずに誘った。すでに月のものは来ていた。

 やがて、屋敷に出入りする、あきんどまで引っぱりこんだ。おまけに、行為のあと、その男を殺して肉に食らいついた。生の身体に歯を立てて、血をすすりながら食らったのである。


 家中は大騒ぎとなった。こんなことが徳川方に知れたら、改易かいえきされるやもしれぬ。

 祈祷師に見せると、姫はあやかしに取りつかれているという。しかし、何人の祈祷師を呼んでやらせても、きものは落ちなかった。

 やむなく、下屋敷にあった土蔵のなかに、座敷牢ざしきろうをつくり、姫を閉じこめた。


 おゆきはつづみを打って無聊ぶりょうをなぐさめ、牢に入れられたまま、二年たらずで死んだ。享年きょうねん十七歳であった。

 おゆきのなきがらは、憑いたモノが出られぬよう、数名の上人たちが経をあげるなか、運びだされ、土蔵わきに積んだたきぎのなかで焼かれた。奇怪なことに、そのなきがらは、老婆のようにしなびていたという。


 それから八十年。

 たたりを恐れた麻宮家では、ずっと土蔵を保有してきた。

 だが、もうよいのではないか。あやかしは姫といっしょに焼かれたはず。仮に土蔵のなかにとどまっていたとしても、八十年のうちには出てしまっただろう。先代の当主のとき、土蔵の近くに、ゆき姫のつかも建てている。もう土蔵は取りこわしてよいのではないか。そんな意見が出てきた。


 祈祷師が何人も呼ばれた。

 土蔵を見た彼らは口々に、

「なにやら少しばかり怪しげな」

 としか言わなかった。その「怪しい」ものが、お家に害をなすのか、なさぬのか、誰も答えられなかった。


 そこで呼ばれたのが、土門鬼一郎とである。江戸の裏の世界で、あやかし退治をなりわいとする凄腕の武士、とささやかれるふたりであった。

 そうして今日、くだんの土蔵へ来たものの、ときにもやはり、

「なんとはなしに怪しい」

 としか言えなかったのである。


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