二
八十年あまり昔のこと――。
黒沼藩十二万石、麻宮家の、五代前の当主のときの話である。
当主の
おゆきが十五歳のとき。
数名の家来と女中をともなって、
そのとき寺の軒下には、みすぼらしいなりの若い女が雨宿りしていた。ゴザをかかえ、春をひさぐ女郎である。
家来たちは、
「姫さまがおわすところに縁起でもない。どこぞへ行け」
と、女を追いはらおうとした。
すると女は、別段たたかれたわけでもないのに、ころりと死んでしまった。たぶん女は持病もちで、たまたま寿命がつきたのだろう、と解釈された。
それでもさすがにきまりが悪く、家来は寺の和尚にいくばくかの銭を渡して、とむらいを頼んだ。
おゆきがおかしくなったのは、それからである。
男を、自身の
やがて、屋敷に出入りする、あきんどまで引っぱりこんだ。おまけに、行為のあと、その男を殺して肉に食らいついた。生の身体に歯を立てて、血をすすりながら食らったのである。
家中は大騒ぎとなった。こんなことが徳川方に知れたら、
祈祷師に見せると、姫はあやかしに取りつかれているという。しかし、何人の祈祷師を呼んでやらせても、
やむなく、下屋敷にあった土蔵のなかに、
おゆきは
おゆきのなきがらは、憑いたモノが出られぬよう、数名の上人たちが経をあげるなか、運びだされ、土蔵わきに積んだ
それから八十年。
たたりを恐れた麻宮家では、ずっと土蔵を保有してきた。
だが、もうよいのではないか。あやかしは姫といっしょに焼かれたはず。仮に土蔵のなかにとどまっていたとしても、八十年のうちには出てしまっただろう。先代の当主のとき、土蔵の近くに、ゆき姫の
祈祷師が何人も呼ばれた。
土蔵を見た彼らは口々に、
「なにやら少しばかり怪しげな」
としか言わなかった。その「怪しい」ものが、お家に害をなすのか、なさぬのか、誰も答えられなかった。
そこで呼ばれたのが、土門鬼一郎とときである。江戸の裏の世界で、あやかし退治をなりわいとする凄腕の武士、とささやかれるふたりであった。
そうして今日、くだんの土蔵へ来たものの、ときにもやはり、
「なんとはなしに怪しい」
としか言えなかったのである。
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