座敷牢の姫ぎみ ~あやかし斬り~
岫まりも
一
なんとはなしに怪しい――。
土蔵が見えてきたとき、それがときの受けた印象であった。
ときは、あやかしの気配を感じとることができる。もしも向こうに見える土蔵にあやかしがひそんでいるのであれば、強烈な気配が漂ってくるはずである。
いま、そこまでの気配は感じない。
かといって、まったくなにも感じないというわけでもない。
かすかな風のなか、ほのかに
やはり、なんとはなしに怪しい、としか表現できないのである。
ときの数歩先を、父の
父のさらに数歩先を、小柄な武士が行く。先ほど、
三人はいま、雑草におおわれ、手入れの行き届かない木が立ならぶ広い庭を、隅にある土蔵に向かって歩いていた。空は一面の雲におおわれ、昼下がりというのに、あたりは薄暗い。
土蔵のそばにたどり着いた。
近くで見ると、かなり年季の入った建物である。ところどころ
「ここが先ほど話した土蔵じゃ。いかがなものであろう?」
近藤左馬之介はおうへいな口調で鬼一郎に問う。
鬼一郎はその問いを、目で、娘のときへと投げかける。
それにつられて、左馬之介はちらりとときを見やったが、すぐに目線をはずした。
ときは十七の娘だが、いまは髪を
ときは面をかぶっているのである。能に使う、薄く笑ったような、若い女の面である。ときの顔の左半分には、ひどいやけどの跡がある。それを隠すための面である。他人から見ると、その面がひどくまがまがしく感じられるらしい。
ときは父の問いに少し首をひねって答えた。
「なにやら、少しばかり怪しい気配はするのです。ただ、あやかしがいるとも、いないとも、なんともつかみどころがありません」
「そうか」
と、鬼一郎がうなずくと、たちまち左馬之介がいらだった声をあげた。
「それよ、それ。おぬしら
左馬之介は五十がらみの、顔も体も貧相な男である。
ときも鬼一郎も、これまでいくつもの武家を相手にして、そんな態度には慣れたものである。われらは祈祷師ではない、などと、つっかかったりはしない。
「まあまあ、近藤どの」
と、鬼一郎がなだめに入る。「先ほども申した通り、わたくしども、お役に立たなければ、お代はいただきませぬ。ともかく、土蔵のなかを拝見させていただけませんか」
鬼一郎は以前、手習い(寺子屋)の師匠をしていた。物腰はきわめて柔らかい。
左馬之介は舌を小さく打ったが、それ以上は文句を言わず、観音扉の錠を開けはじめる。
それを見ながら、ときは、あやかし退治をなりわいとする自分たちが、ここに呼ばれた理由をふり返っていた。
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