元人気アイドルの痛み


私は、ずっと『アイドル』が好きだ。

昔も、今も、これからも。

そうずっと思っていたんだ。

私は、ずっと『アイドル』で居られると思っていた。

思っていたのに。


どうして、こんなことになってしまったのだろう。


分からない、分からない。


私はただ、『アイドル』でいたかった。それだけだった。

彼処だけが私の居場所だった。

あのスポットライトが光煌めく世界だけが私の全てだった。


今の私には何も残っていない。

歌えない、踊れない、輝けないアイドルに意味は無い。

分かっている、分かってるに決まってる!


でも私は弱いから、自分を守るために責務を果たせなかった私から離れていったファンや、世間を責めた。

仕事を果たさない者に給料が与えられないように、偶像として活動しないアイドルに愛される資格などない。

わかっているのに。私の心は自分を守り周りを恨むことを選んだ。

今の私は、舞台に生きて舞台で死ぬことも出来ない。



私にはアイドル以外なにもない。


父が望んだように勉学も十分に果たせない。

母が望んだように花嫁修業も十分に果たせない。

私を慕っていた妹が望んだ、姉という役割も十分に果たせない。


そんな私に何が出来るというのだろう。


可愛いの藤。私のただ一人の妹。初めて私が歌を歌った時、小さかった貴方は小さな手を紅葉色に染め上げるまで叩き続けて私の歌を褒めてくれた。

もっと、歌って欲しいと望まれた。


初めてだった。誰かに何かを望まれたのは。

嬉しかった。体の弱い貴女が喜んでくれるなら幾らでも側にいて歌おうと。

貴女が望むならアイドルになって成ってみせようと。


初めはそんな思いから成ったアイドルが、まさか私をあんなにも変えてくれるなんて思ってもいなかった。

初めて人前でライブをした日。

野外ステージでパフォーマンスをした時の感情が忘れられない。私なんかの為に足を止めて歌を聞いてくれる人がひとりふたりさんにん...どんどんと増えていったあの時。

私の名前を呼んで沢山の人が応援してくれて。

みんなの声援が私をアイドルにしてくれた。

あの時、初めて藤以外の誰かに、他人に求めて貰えた。愛に飢えていた私にとってそれは存在意義を確立させるに等しかった。


それからは練習もライブも何もかも詰め込んで最大限まで自分を追い詰めて、みんなが求める完璧な『偶像』であることを追い続けた。

辛いなんて思ったことがないと言ったら本当は嘘になる。でも、みんなが求めるアイドルにそんな感情はいらないから、全部綺麗に隠して、綺麗なところだけを見せて輝いて輝いて私の歌が、踊りが、誰かの存在意義になれることを願い続けて歌った。


歌い続けた結果――私の周りにはもう誰もいなかった。

同期のアイドルの子も、友人も、ファンも、私の妹によく似た後輩も、妹も。


妹は、昔収録と約束が重なって約束を破ってしまった時以来話せていない。

同期のアイドルの子は、みんな辞めてしまった。貴方のせいで売れなかったと私に告げて。

学校の友人は、私のことを遠い存在だと言って離れてしまった。

大好きな後輩は...。


ひとりだけ、分からない人がいる。

先輩、大崎つばき先輩。

最初は私のことを好意的に見ていなかった先輩はだんだんと私の世話を焼いてくれるようになった。

今ではすっかりライバルと呼べる関係になったと、思っている。

だけど本当のところ彼女がどう思ってるかは私には分からない。


以前、同期の子に言われた。

「貴方は人の心が分かっていない」と。

「貴方の行動言動が私を苦しめているんだ」と。

「アイドルとして満点でも人の心が分かってない」とも。


あの時はよく理解していなかったけれど、今ならよくわかる。



周りの人達の気持ちを分かっているつもりでも理解していなかった。


「お姉ちゃんはもうみんなのアイドルだから、仕方ないよね。分かってるから」

あれは嘘だった。私が私を責めないように妹がついた優しい嘘。

本当はそばにいて欲しい気持ちをぎゅっと抑えて出した言葉。


「もみじちゃんってほんとに太陽みたいだよね。私には、眩しすぎるなぁ」

私は独りよがりになり過ぎていた。

それに気づかず、ずっと走り続けて。

誰かを照らせないひとりぼっちの太陽だった。


どうして気づけなかったんだろう。どうして、どうして。


ごめんなさい。沢山の人を不幸にして。ごめんなさい。


私がひとりで苦しめばいいのに。ひとりで苦しんで、誰にも気付かれずにひっそりと...



誰も呪いたくない。世間だってファンだって後輩のあの子だって、それに私自身だって。

誰も呪いたくない、誰も不幸せにしたくない!


だけど私には分からない。誰かを幸せにする方法が。

アイドル失格だ。


そんな私に望む資格なんてないけれど、心の底でひっそりと願ってしまう。



戻れるならあの場所に。

もう一度だけ、歌いたい。



ううん、違う。それだけじゃない。

私は誰かに、愛されたかったんだ。ずっと。


神様がこの世界にいるならどうか、願いを聞き届けて欲しい。

誰かを本当に愛してみたい。愛されてみたい。


誰かの、特別になりたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

舞台の上で生き、舞台の上で死ね @Rinrin09596

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ