後輩アイドルの懺悔



私は、『語桐もみじ』が好きだった。



だったじゃなくて確かに今も好き、とってもとっても大好き。

それは今も変わらない。

でも、私はそんな憧れの大好きなもみじ『ちゃん』を、もみじ『先輩』を傷つけた。

どれだけ経っても許されないことをした。例え先輩が私を許しても、世間が私を許しても、私が私を許せない。


何故私があんな愚かなことをしたのか、話は少し長くなるけれど、語らせて欲しい。

別にこの罪を無くしてしまいたいとか、消してしまいたいとかそういう訳じゃない。

ただ私は、先輩に人間の自然治癒では癒えない程の大きな傷を負わせた。

その罪はどんなことをしても消える訳が無いから。

いまは語りたい。誰にも伝えられないようなこの話を。


私は本当に平凡な中学生だった。平均的で普通で平々凡々などこにでもいる女子中学生で。

そんな私の人生を華やかに色付けてくれたのがもみじちゃんだった。


彼女の笑顔は退屈そうに生きてた私に笑顔を与えてくれた。彼女という全ては私という存在に意義を与えてくれた。

私がもみじちゃんに憧れ始めるのにそう時間は掛からなかった。


所謂ドルオタになった私は彼女のようなアイドルになるべくして、オーディションを受けた。

どうやら私にはアイドルの才能があったようで一発で事務所に所属することが出来、そのままあれやそれよとデビューが決まった。

但し、これはただの思い違いでもあり自惚れでもあった。


この愚想が後に私を苦しめるごとになった。


自分にアイドルの才能があると思い違えた私はどんどんと決まっていく仕事とファンの増え方に喜びを覚えながらも、憧れのもみじちゃんと会うことばかり考えていた。


小規模な事務所に所属する彼女と大規模な事務所に所属する私では回ってくる仕事が違った。


その為デビューしてから半年経ってももみじちゃんと共演することが出来なかった。

アイドルの才能があると信じ込んでいた私はめげずに事務所の人達に共演したいと訴えていた。事務所の人達は笑顔で頷いてくれた。

それを見て私は喜んだが、後に愚かな行為だったとに気づいた頃には既に遅かった。


何故なら私の事務所は前から彼女と彼女の所属する事務所を嫌っていた。

自分達よりもずっと小さな事務所に所属する彼女に、美味しい仕事の大半を持っていかれ何年も経った彼等はずっと彼女達の失脚を虎視眈々と狙っていた。


そんな事を知ることも無く、まもなく私はデビューして半年と少しで有名な音楽番組に出演が決まった。勿論その番組にはもみじ『ちゃん』が居た。

嬉しさのあまり若干天狗になっていた私は今回の活躍をきっかけに更に有名になってもみじ『ちゃん』とコラボできるんじゃないかと期待を膨らませていた。

彼女に挨拶をして少し気に入って貰えたような気がしただろうか。私は図に乗って、なんの心構えもなしにもみじちゃんのステージを見た。

見てしまった。


生まれて初めて間近で、生の彼女のステージを見た私は、絶望した。

先程まで自分が浴びていた歓声なんて霞む程の声たちが彼女を包んでいた。歌い出した瞬間空気が変わった。

視線が自然と彼女の方に向いた。

何度も繰り返し聞いたDVDのまま、いやそれ以上に安定した声、踊り、ファンサ全てが完璧なアイドルだった。

『語桐もみじ』という存在その物が偶像だった。

そんなの2次元だけのものだと思ってた。だけど、彼女は軽々と超えていった。


もみじちゃん、否もみじ先輩こそが本当のアイドルだ。アイドルとしての才能を生まれ持った儚く消えてしまいそうな偶像そのもの。

所詮、私はそんなもみじ先輩の偽物でしか無かった。

私にアイドルの才能なんて初めからなかったんだ。


今までずっと私はファンの気分でアイドルをしていた。私には覚悟も想いも才能も何もかもが所詮アイドルもどきだったんだ。


その日の帰り道、もぬけの殻になった私を心配したもみじ先輩がわざわざ私を家まで付き添ってくださった。

可愛い後輩だからと優しく微笑む先輩の姿を見てさらに自分が惨めであると気付かされた気がして仕方がなかった。

少しだけ、ほんの少しだけまだ希望を抱いていた私は先輩に問いた。


「先輩は、なんであんなにも完璧なライブが出来るんですか?」

すると先輩は少し笑いながら答える。

「完璧に見えた?そう見えたならよかった!」

よかったと、口にしているのにも関わらず納得していない様子だった。


「あれ、バレちゃった?」

「あんなに凄かったのに、完璧じゃないだなんて...」

私の言葉に先輩は首を振る。


「私なんてまだまだだよ。後ろから5列目のN座席ぐらいに座ってたお客さん、多分銀テをとったら帰っちゃったんだけどそれが本当に悔しくて!!」

「悔しい、ですか?」

どういう意味かいまいち飲み込めなかった。

「うん。銀テ目的のお客さんであっても笑顔で返すのが私の教訓なの。それが出来なかった私のパフォーマンスはまだまだだなぁって。悔しいの。」


どう考えても転売目的のお客さんとも言えないような人の為にも歌って笑顔にさせようとする先輩の姿に、自分の未熟さを突きつけられた気がした。

先輩でダメだと言うなら私はなんだって言うの?

それと同時に私は先輩のように異常なまでに追い込み方が理解できなかった。

才能がある人と私とでは違うんだ。やっぱり最初から、私とこの人では違ったんだ。何を勘違いしていたんだろう。

やっと自分の愚かさに気づいた恥ずかしさで顔を隠しながら、先輩との話を早々にキリをつけて逃げるように家に帰った。


正直にいって、これ以上先輩の言葉を聞いていたら自分の中のアイドル像が崩れてしまいそうだった。私を守るためのエゴだって分かってる。分かってる。自分の力不足だって。でも、認めたくなかったんだ。全部先輩のせいにしたかったんだ。

あんなにも大好きだった先輩に私は自分の罪をなすり付けた。1度、擦り付けてしまえば罪悪感は薄れていく。

愛情は大きければ大きいほど憎しんだときに大きく膨れ上がる。

私はそんな刹那的な感情に押しされて、事務所の人に愚痴をこぼしてしまった。

それが、いかなかったんだ。


どうして、あんな愚かなことを、したんだろう。


事務所の人は私は先輩に傷つけられたんだとねじ曲げ私の憎しみを刹那的なものから長期的なものへと変化させ、遂には『語桐もみじ』を転落させる手筈まで済ませてしまった。

あの時の私は狂っていた。

先輩という正しい偶像が存在するせいで私たち偽物が輝けなくなるなら、本物を消してしまえばいいと考えてしまった。事務所の洗脳を受け入れて自分の良い言い訳材料に使ったんだ。


なんて下劣な人間だろう。


ああ、私は許されないことをした。


運命の日、音楽番組の企画の為にと私と先輩がデュエットで歌っている最中、手筈通り私は気づかれないように先輩を後ろから押して転ばして生放送で大失敗させようとした。

結果は見事に先輩が転んで成功した...と思っていた。

なのに、それだけでは終わらなかった。

聞かされていない最悪の状態になっていた。

そう、先輩の足が照明の、下敷きになっていた。

全身の血の気が引いた。

その時やっと気がついた。私は先輩を『復帰できない迄に』するために使われたんだと。

慌てて駆け寄ると、先輩はなんでもないように笑顔でまた歌い始めようとした。


気を失うその瞬間まで先輩はマイクを握っていた。


私は、なんてことをしてしまったんだ。



その後は先輩が請け負っていた仕事が私に回ってくるようになった。

何も知らない私だったら喜んでいただろうけど、喜べるはずもなく。

世間は私という新しい看板アイドルを受け入れ始めている。

このことを、先輩はどう思うだろうか。

きっと、私を恨む、きっと何もかも絶望する。


先輩の先輩。椿先輩から先輩の話を聞いたとき、確信した。

きっと椿先輩は私があの件に関わっていると分かっててあの話をしたんだろう。


もみじ先輩と椿先輩の出会いの話、もみじ先輩の異常なアイドルへの執着。

もみじ先輩のファンだった時から分かっていた筈なのに。私は、裏切ったんだ。

偶像としてでしか生きられない語桐もみじを、殺したも同然なんだ。


多分、先輩はいつか私が先輩を裏切ったことを知って傷ついて、圧倒いう間に変わってしまった世間を恨むことになる。そして私を許さない筈だ。

それで、いい。そうして欲しい。


もう私に生きる価値なんてないんだから。


大好きな人から全てを奪って自分だけ幸せになろうとしてる人間なんだから。


ああ、どうか先輩。私を許さないでください。


だけどこれだけは心のうちだけでいいから伝えたい。

あなたを傷つけた私に伝えれる訳の無い願いを最後にひとつ。



あなたにもう一度歌って欲しい。

あなたにもう一度踊って欲しい。

あなたにもう一度笑って欲しい。


あなたがもう一度幸せであって欲しい。



そうやって願うことだけは許して欲しい。

ああ、私は愚かだ。

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