舞台の上で生き、舞台の上で死ね

@Rinrin09596

先輩アイドルの決意


語桐もみじというアイドルがいる。

甘栗色のふわふわとした長い髪の毛をふたつに結び、吸い込まれてしまいそうな程に美しい瑠璃色の瞳を輝かせ、デビューしたばかりとは思えないほどの歌唱力とダンスで絶大な人気を瞬く間に獲得したスター的なアイドル。


テレビをつければ、『語桐もみじ』が。

雑誌をひらいても、『語桐もみじ』が。

街の広告をみても、『語桐もみじ』が。


デビューして半年足らずの新人アイドル、『語桐もみじ』今では、彼女を見ない日はないほど人気ぶり。

世間の誰もが彼女を愛する中で私は、このアイドル、語桐もみじが嫌いだ。


私はあのこと同じアイドルの大崎つばき。

どこにでも居る、大きめな事務所に入る子役上がりのアイドル。

そんな同じアイドルである私が大声でこんなことを言ったら炎上は免れない。さらに今周りのアイドルたちは彼女に次々と仕事を持っていかれてピリピリしている。いつも以上に1人でも多く舞台ここから突き落としたくて仕方ないはず。

まぁ言ってしまえば私もその1人。だけど少しぐらい心のうちでぐらい愚痴らせて欲しい。本当に今の私には後がないから。


私があの子を嫌がるようになったのは周りと同じく、私よりも遅くこの世界に入ったあの子に仕事を持って行かれるようになってから。

顔がいいからって。ちょっと歌が上手いからって。

むかむかむかむか。

減っていく仕事に比例するかのように私の中の黒くドロドロとした感情はどんどんと溜まっていった。


わかってる、わかってる。


あの子に全部なすり付けることは、あの子よりも自分が劣っていることを認めるも同然だと。

だけど、やっぱりあの子が羨ましい。

私もあの子みたいに、もっと、もっと...



少し時は経って、久しぶりにゴールデンタイムの番組の出演依頼が来た。

マネージャーからその事を聞いた私は嬉しさから、あまり企画書に目を通さず頷いてしまった。


現場に着いた私は直ぐに過去の自分を恨んだ。

後輩は先輩よりも早く現場入りをして準備をする。

この業界の当たり前だ。


その当たり前に従って、既に現場には後輩がいた。

そう、後輩。私よりも3つ下で、今や売れっ子で、テレビで見ない日はないアイドル、『語桐もみじ』が其処にいた。

まだ13歳の子どもとは思えない程しっかりとした、だけど少し子どもらしさの残る笑顔で微笑む。

私の顔を見ると嬉しそうに私のこの前のライブの時の感想を語り出す。

そんな細かい部分まで気づくのかと驚きつつ平然を保った。いくら人気で知識が豊富であっても私とこの子では歴が違う。

子役からの下積み、アイドルとしての歴、人脈どれをとっても『まだ』私の方が上だ。この子が人気が出たのは若さ故の偶然、奇跡だと思い込むようにした。

今思い返してみればこの考えは惨めだったと思う。



改めて今回の撮影の説明すると、土曜日のゴールデンタイムに新たに放送されるアイドル番組の記念すべき初回の目玉企画、人気ソロアイドル達による複数のユニットを組みライブをして視聴者参加型の投票で順位を決めるというありがちなものだ。


人気ソロアイドルがまた別のソロアイドルと組んで他のユニットと競うというこの企画。そう、つまりはそういうこと。どういうことかと言うと私と大嫌いな『語桐もみじ』が組まないといけないのだ。

そして初めの通り自分を恨んだ。


(なんでこの子なんかと。)


渋々打ち合わせをし、練習を始めた。

だけど音楽が掛かったその瞬間、空気が変わった。

さっきまで穏やかそうに笑っていたあの子も、真剣な佇まいでフリを覚えていく。


どんどんどん。


そのスピードは桁違いで、自分で言うのもあれだけど覚えるのがかなり早いはずの私でさえ追いつくのがやっとの所だった。


あの子は0.1秒でもズレがある限り、動きを止めそこを改善し出す。踊っている途中、ここはもっとこうした方がいいかもしれないと思いつく限りをノートにまとめ、実践している。そのアイディア全て文句の付けようのない完璧なものばかり。

それだけじゃない。先に進んだかと思えば私のやっているパートに戻って、あの子が私にピッタリ合わせるながらも完璧に息を合わせていった。

凄いとか、そんなレベルじゃない。最早畏怖の域だ。


ばけもの、と思わず言いたくなってしまう。


そんな言葉面と向かって言えるわけが無いから取り敢えず当たり障りなく彼女にどうしてそんなに出来るのかと聞くと、逆に彼女が不思議そうに首を捻った。


「あまり意識したことは無かったんですけど、こうした方がファンの人は好きかなー?とかこうやって動いた方が綺麗に見えるかなぁとか何となく動いてみて兎に角探してる感じですかね」


私の問いに答えると、また何か思いついたと休憩時間にも関わらず練習を再開する。


取り残された私は呆然と彼女を見つめるしか無かった。

確かに子役でも早くから熟して大人顔負けの発言や演技をする子は居る。アイドルでも感覚でリズムを掴んで最高のパフォーマンスをする子もいる。

ただ、後者に辿り着くには幾分かの経験や練習量。そして天性の才能とアイドルという存在への執着が必要不可欠だ。

この子にはこの歳で、既に全てを兼ね備えている。


この子は生れべくしてアイドルになった子なのだ。羨ましいとかずるいとかそんなことを私が口にしていいものではない。


彼女は天才で私は、凡人なのだ。

月とすっぽん。初めから私は彼女の土俵にすら立てていなかったのだ。


練習時間が終わってもなお、呼びかける私の声に気が付かないまま練習を続けるあの子を見て矢張りこの子は違うんだと思い知らされて、自分が惨めになっていく。そんな気がした。


その日から暫く、あまり練習が身に入らなかった。



番組スタッフから相手のことを知るようにと言われあの子のライブ映像を見てみた。

確かにあの子は凄い子だと身をもって感じているが、やはりまだ何処か未熟な所ぐらいあるだろうと批評してやるつもりで見始めたはずなのに。

凡人と天才の差を見せつけられて落ち込んでいたはずなのに。あんなにも、憎んでいたのに。


彼女の歌に踊りに目が離せなかった。

彼女の歌声に何故だか励まされた。


私もまだ歌いたい。

私もまだ踊りたい。

私もまだあんたみたいに輝きたい。

私もまだアイドルでいたい。


消えかけていた筈の炎がめらめらと燃え盛る。

まだ、諦める訳にはいかない。こんな輝きを見せつけられたんだから。そう強く、思えた。


次の練習からは自分なりにこなして、あの子を追い越してやるつもりでやった。するとあの子も嬉しそうにもっともっとと、歌い続けた。


その次の練習では他のユニットの様子を見てみた。

途中途中であの子は動画を止めて、このステップいいなとかこのメロディ耳残りがいいなとどんどんと吸収して、嬉しそうに動画を見ていた。


私も負けられないと、どんどんと吸収していった。


この子も私も、アイドルが本当に好きなんだ。アイドルという存在が好きで大切で仕方ないんだ。


練習を重ね月日は流れ本番。

直前まで練習を続けるあの子を呼びに行こうとした時、他のユニットの控え室から嫌な声が聞こえた。

『どうせあの子、もみじのグループでしょ?』『売れっ子ちゃんだもんねぇ若くで歌えるからっていう物珍しさから人気が出るなんて羨まし~』『お飾りの賞なんかもらっても恥ずかしいだけでしょ笑』

以前の私なら、心の中でその言葉に頷いて共感したかもしれない。

でも今は違う。あの子の本気を私は知ってるから。

あの子は物珍しさとかそんなんじゃない。生れべくしてアイドルになった子だ。異常な才能と貪欲的な努力でなったんだ。


あんたたちに何がわかるっていうのよ。


別に家族でも友人でもなんでもない私が口を出す意味なんてないはずなのに、気がついたら口が先に出ていた。


「じゃあ、その物珍しい子に始まる前から勝てないって諦めてるあんた達こそ恥ずかしいわよ」


あの陰口を叩く子達だけじゃない。私にも向けた言葉。

天才であるあの子に勝てなくても良い。1回でいいから追い越してやると努力するのが大切なんだ


そのまま部屋を出ると、ばぁとあの子が私の目の前に現れる。


「なっ!?びっくりするじゃない!ほんっとにあんたって..」

「ふふ、先輩ってびっくりすると素に戻るタイプなんですね新発見です!」

あ、と口を塞ぐと嬉しそうに笑う。


「と、兎に角!私はあの子たちと違ってあんたを超えるんだから。首を洗って待ってなさいよ?」

「はい!もちろん負けませんよ、先輩!」


そのまま彼女は舞台へと足を進めていく。


「ありがとうございます、先輩」


初めはあの子が発した言葉と気づくことが出来なかった。あまりにも震えた小さな声すぎて、彼女の声だと気づけなかった。

今思えば、あの時から既にあの子は限界だったのかもしれない。



本番、お互いにとって最高のパフォーマンスをして優勝を手にした私とあの子は頻繁に連絡を取り合い、遊んだり一緒に練習をしたりお互いのライブを見て良かった点と反省点を送りあったりとし、月日は過ぎていった。



絶対に追い越すからと宣言した私に、嬉しそうに負けませんよと返すあの子を思い出して頑張ってきたのに。

彼女の事故と活動休止を伝えるニュースが、まるで処刑用のギロチンのように鋭く私を切り落とす。


嘘だ。嘘に決まってる。あの子が舞台をおりるなんて。許されないそんなことがあっていいはずが無い。

あの子は舞台の上で生き、舞台の上で死ぬ生粋の『偶像』なのに。

あの場所があんたの全てだったのに。


それにあれは事故なはずがない。舞台袖で私は見ていた。

あの子の可愛がっていた後輩がわざとライトが落ちる場所に彼女を押していたのを。はっきりと、この目で。


あの子のファンであり、あの子の先輩であり、私はあの子のライバルだ。

不戦勝になんかさせてやらない。このまま逃げさせる訳にはいかない。


どんな手を使ってでもあの子には舞台に戻ってもらわなくちゃならない。


あの時辞めようとしていた私をここまで照らしつけた代償を払ってもらわなくちゃ。


それにまだ私、あの子を、語桐もみじを超えていないんだから。


また、歌いなさいよ。あの時みたいに。

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