#08−2 雪降る聖夜に美羽を想う



切ねえなって思って、横を見たら、すげえ笑顔を返してくれるの。

楽しそうに。嬉しそうに。



そしたら……俺の小指を摘んでいるヴェロニカの指が離れて——そっと俺の手を柔らかい温もりが包み込んで……。





やさしく。でも離れないように強く、俺の指に自分ヴェロニカの指を絡めて。





「え……?」

「今日だけ。だって、クリスマスイブじゃん」

「……ああ」



きっと、これはあのとき——小学生のときの延長なんだ。

救いを求めていた美羽が、すがるように俺の手を握ったあの頃のように。



「ハル君……疲れちゃった?」

「いや……ごめん。そうじゃなくて。俺、頼りなくなっちゃったなって。あの頃に戻れればな……少しは」

「……え? ハル君?」

「いや、なんでもない。今日は特別な日だから、嘘……ついてもいいよな」

「……どんな嘘?」

「あの頃のように頼りがいのある俺だっていう嘘」

「なにそれ。よく分かんないけど、きっとハル君は自分に嘘ついてるよ?」

「え?」

「ハル君ってやればできる人だから。だって、今日のケーキ売りも必死だったし、料理だってあんなに上手にできるじゃない。あとは……そう、力持ち。引っ越し屋さんのバイトがんばったあかしじゃない」

「……でも、就職できないし」

「運が無いだけ。これからは、あたしがハル君の代わりに運を引き寄せる。あたしの中では、十分頼れる存在だよっ!!」




やっぱり優しいんだな。美羽は変わらないな。




——あの頃のままだ。




「さて、辛気臭しんきくさい話は終わりっ! ハル君、あ、あれ一緒に付けようよ」

「ファッ!?」



ク、クリスマス仕様の猫耳カチューシャだと。しかもボタンを押すとピコピコ光りやがるッ!!

こ、これを着けるのか!!



「ねえねえ、どう〜〜〜似合う〜〜?」

「ぶはっ。ヴェロニーは似合いすぎ。やばいな」

「ほら、頭下げて。はいっ! うんうん、ハル君もカワイイ〜〜〜っ!!」



わーい!! 



これで夢の国の住人の仲間入りだ〜〜〜ヴェロ猫たんも、あそこのこっちをうらめしそうにながめている村人Aネズミたんも、俺を通りすがりに舌打ちしていった村人B垂れ耳ワンたんも、みんなフレ〜〜〜〜ンドっ♪

さあ、みんな踊ろう〜〜〜♪。

コミカルに歌おう〜〜〜♪

さあ、君も一緒にっ♪ って。



違ッ!!!




く、屈辱だ。こんな耳を……な、なにッ!?

どいつもこいつも帽子やらカチューシャやら、何かしらの被り物をしている人ばっかりじゃないかッ!!


むしろ、獣人のほうが少ないだとッ!?

男も女も……マジか。

こ、これが『この世界レズニー』の常識ッ!?

つまり、これが夢の世界の中で生き残る、唯一の免罪符めんざいふという奴なのかッ!!



「4800円になりまーす。メリークリスマスっ! いってらっしゃいっ♪」



……4800円。



ピコピコ猫耳……元を取るために家ではしばらく付けて過ごそう……。

ま、まあ。ヴェロニカにすればそんなの駄菓子を買うくらいの感覚なんだろうけど。



その後、ファストパスの時間が来て、テラーオブビルというホテルの中の、呪われたエレベーターのアトラクションに半ば強引に乗せられた。座席に座らされて入念にベルトの確認……。

な、なんで? 単に夜景見るアトラクションじゃないのかッ!?




グングン上がっていくわけ。

き、聞いてねえぞ。お、おい。お、お、おい。

途中階に停まったと思ったら、このビルのオーナー? らしき人が呪いの人形にエレベーターから突き落とされたぞ。

な、なに見せられてんだ……俺たち!?




「!?!?!?!? ヴェ、ヴェロニー? な、なんだか激しく嫌な予感がするんだけどっ!?」

「あははっ!! 楽しい〜〜〜〜テーマパークデートってこんな感じなんだね〜〜〜はやく落ちろ〜〜〜〜落下っ!!」




と、とんでもねえことを口走ってやがる。俺を殺す気だ。俺をこのアトラクションで心臓麻痺させて殺す気だっ!!!

って、ヴェロニカッ!?

座席から手を離すなよ。ばんざ〜〜いっ!! やっふ〜〜〜!! してる場合じゃねえだろ。

これ、絶対に落ちる系のアトラクションだよな?

ヴェロニーも死ぬぞッ!!



チーン。



最上階で窓が開いた瞬間の夜景が……ヴェロニカの瞳に映った。

キラキラして。口が少しだけ開いて……スローモーションを見ているみたいだ。彼女が「わぁ〜」って感嘆して。


本当にキレイだ……美羽。



「ハル君、見て。すっごくキレイ」

「あ、ああ。本当だ。キレ——うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」



と、とんでもねえ殺戮さつりく兵器かと思った。しかも何度も突き落とされて、瀕死のところをまた上昇させられて。その都度心臓と胃が浮いたからね?



ハル君楽しいね、きゃあああたのしいいいいいいいさいこおおおおおおおおおっ!

もう一回乗ろうよぉぉぉぉぉ。



はい、お断りします。



「こんなに楽しいなんて思わなかったなぁ。ハル君、今日はあたしのワガママに付き合ってくれてありがとうねっ♪」

「いや、最後の落下は大ダメージだったけど、楽しかった。ショーも少しだけ観られたし、花火も。俺、最近暗いことばっかりだったからさ。その分、すげえ夢見させてもらったわ」



カワイイお土産も買った。

ヴェロニカは、シナモンとリオン姉と魅音さんにたんまりとお土産を買っていたけど……爆買しすぎて持ち帰れず。宅配便で送るとか……本当にいつも豪快なんだよな。




閉園間際まで遊んで、いよいよ帰宅の時間だな。




「ハル君、ここでも一枚写真撮ろっ!」

「あ、ああ……」



地球儀の前に座らされて……ヴェロニカがスマホをかざしたんだけど……



え?



頬に柔らかい感触。

ふわり香る甘い、甘いキャラメルの匂い。



かざしたスマホの中のヴェロニカが俺の頬にキスをしていた。



冷たい唇だったけど、吐息は温かくて。

瞳を閉じたヴェロニカの反対の手は……俺の手をギュッときつく握っていた。




ああ、ダメだよ……ヴェロニカ。

俺、もう……。




ぱしゃり。




「ハル君……えへへ」

「え、えへへじゃねえよッ!! こんな写真誰かに見られ——」

「じゃあ、二人だけの秘密♡」

「写真消すという選択肢は……?」

「ない。もう本体とクラウドの2箇所に保存したし」

「……悪戯いたずらがすぎるぞ。ったく。ああ、それと忘れないうちに」

「……え?」




渡したのはそんなに大きくない箱。




「な、なにこれ?」

「なにってプレゼントだろ。ほら、いつも世話になってるし」

「開けていい?」

「ああ。でも期待すんなよ」

「……わぁ。キレイ」

「すまん。気に入らなかったら転売してくれ」

「自虐的すぎ。だって、ハル君からなら何でも嬉しいよ」



シナモンちゃんと見つけた、ジャルシュチュワートの桜フレグランス。

桜の花に飾られた瓶で、中はグリッターみたいにキラキラしている。

絶対にヴェロニカが好きだって、シナモンちゃん言っていたけど。



「可愛いすぎっ!! ハルくんありがと〜〜〜」



でも……そのプレゼントはサプライズじゃないよな。

だって、小型カメラで見ていたんだろ? 中身知っていたんだろ。

シナモンちゃんの胸ポケットにペン型のカメラが仕込まれていたんのなんて……普通気づくだろ?

どうせ、俺がちょっかいを出さないか、シナモンちゃんのことが心配で見ていたんだろうな。



「ヴェロニカ……いや、美羽。今日は美羽って呼んでいいよな?」

「え……う、うん。かしこまってどうしたの?」

「そのプレゼントはあくまでも、いつも世話になっているからって意味で買ったんだ。だって、俺を雇ってくれて、いつも励ましてくれて……優しくしてくれて。いつもありがとうな」

「……うん」

「こっちが本命。そのフレグランスはシナモンちゃんと俺からの常日頃つねひごろからの感謝の気持ちってことにしといてな」



付き合ってもらったシナモンちゃんのご足労そくろうには悪いけど、言うなって口止めしておいたのにカメラまで仕掛けたんだから仕方ないよな。



次に渡したのは、少し大きめの箱。シナモンちゃんに言われて思い出したわけじゃないが、小学校時代には桜が好きだったよなって。

思い出せば、別れの日も桜が舞っていただろ。

俺にとっても、ハルには思い出が詰まっているからさ。




初めから……俺がちゃんと考えればよかったんだ。

ごめんな。シナモンちゃん、ヴェロニカ。

シナモンちゃんには今度埋め合わせしなきゃな。




スノードームの中で桃色の桜の花びらと純白が舞いはなやぐ、雪の積もる春。

桜の木の下で三人家族が花見をしているスノードーム。

ガラスの中で、両親と娘が楽しそうに桜を見上げている。




「……ハル君。あたし、こういう家庭をずっと夢見ていたんだ」

「あ、ああ。うん」

「うぅ……すごくキレイ。ハルぐぅぅぅぅんありがどう。あだじ、ぜっだいに、ぜっだいに」

「……な、泣くなよっっ」



いや、マジで。帰宅者の集団に、すげえ白い目で見られているじゃねえか。

テーマパークで大喧嘩して、彼氏に泣かされた彼女みたいな構図じゃねえか。

めっちゃ気まずいから。本当にやめれぇ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!




「これ、絶対に大切にするから……もう言葉にならないよっ」




いや、言葉にならないどころかメッチャ喋ってるし。っていうか泣くほどのものなのか。

ほら、顔がぐちゃぐちゃだぞ。ハンカチ、ハンカチと。あった。

拭いてやるからじっとしてろよ。ったく。



「……うぅぅぅありがとう。大事にするから。絶対に大事にするがらぁッ!! ああ、あだじもプレゼントがあるんだ」

「え? これって?」

「……手袋。ほら、いつもバイトに行くとき、手が寒いんだーって言ってたから」

「マジか……持っている手袋がボロボロで、買わなきゃって思ってたんだ」



外側が革で、中はモコモコ。絶対に温かいだろ。これ。



「これ一生大事にする。あれ、なんだろ。霞んで前が見えない。まさか美羽も用意してたなんて。あれ、おかしいな目頭が熱い」

「うぅぅ。二人じでばがみだい。なんでハルぐんまで泣いでるのよ」

「泣いてねえよ。うぅぅぅ」



俺って涙もろくて嫌になる。

でも、でもさ。憧れの人からプレゼントもらったらそうなるだろぉぉぉぉぉ。

まさか、ヴェロニカが俺なんかのためにプレゼントくれるなんて、これっぽっちも思っていなかったんだ……ぅぅぅぅ。



あ、鼻の頭に冷たいのが落ちたぞ?


見上げれば舞い散る粉雪。

ホワイトクリスマス?



「雪……キレイ」

「マジか……」

「えいっ」



くっつくな……ソーシャルディ……いや、今はくっついたほうが温かい……か。



しばらくそのまま。

そのままくっついて、イルミネーションにきらめく舞い散る雪を眺めて……美羽と二人。

空を見上げたんだ。




しばらく……ずっと。



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