#05 シナモンルート……?
今日はシナモンちゃんとデートだ。なんて言ったら全国のシナモン・エンデューロファンにぶっ飛ばされるよな。
俺が無理言って連れ出したっていうのが実のところなんだけど。
「あ、ハルさ〜〜〜んっ! ごめんなさ〜〜いっ!!」
「うっは♡ 天使すぎ」
「な、なんですかっ!?」
「い、いやカワイイなって」
「ちょ、ちょっ!? お、お世辞でも、そ、そそ、そんなこと口走らないでくださいッ!! どこでヴェロ姉が聞いてるか分からないんですからね」
だ、だって。こんな天使、なかなかいないよ?
ちょっと早めに来て待っていたら、『改札から降臨する天使』なんて。もはや神話レベルもいいところ。誰もが振り向き、二度見するという……。その
それは……いつも以上にキレイというか、カワイイというか。
ああ、メイクだ。メイクをばっちり
ん。
なんでヴェロニカが聞いていたらまずいんだ?
意味が分かんないんだけど。
ああ、そうか。俺とシナモンが一緒にいるところを見られるとマズイから、静かにしろって意味なのか。
だって。今日はヴェロニカの……。
「クリスマスプレゼント選ぶの手伝ってもらうとかって、本当に申し訳ない」
「本当ですよ。って、でもわたしもちょっとだけ嬉しいんです」
「え? そうなの?」
「ええ。ハ、ハルさんと、ふ、二人きりで出掛けられるのって、なかなかないじゃないですか。ああ、ごごご、誤解されるといけないんですけど、その、ヴェロ姉の空気に呑み込まれずに、は、は、は、話せるのって、カラオケ屋さんから帰るとき以来じゃないですか。そういう意味で、ななな、なかなか落ち着いて話す機会がないなーって……お、思っていたので」
確かに。
スタジオとかでも、いつも近くにヴェロニカがいて、距離感を間違えた接し方してくるもんなぁ。
シナモンちゃんやリオン姉とゆっくり話す機会があんまりないかも。
「だ、だから、そういう、い、意味ですからねっ!!」
「あ、ああ。そんなに慌てなくても。分かったって」
シナモンちゃん、珍しく焦ってるなぁ。
そんなに
俺もシナモンちゃんと色々話したいことあったんだ。
「さて。せっかく川崎まで足を運んできたけど。俺さっぱりだわ」
「……わたしもです。東京でも良かったんじゃ……?」
「いや、絶対に見つかりたくないからな」
「……そうですか? わたしは、むしろ一緒に買いに行ってくれたほうが嬉しいですけど」
「……そうなの? こういうのってサプライズであげるもんじゃないの?」
「人によりますね。ヴェロ姉はサプライズのほうがいいですよ。だって、プレゼントは何が欲しいって
「絶対になに?」
「……想像にお任せします。生々しいので口にできません」
「生々しい……?」
なんでまた顔を赤くするかな。シナモンちゃん、今日はどうしたんだ。
それにしても、生々しいとはなんだ。
なまなま?
なまもの。
魚か?
年末だし、
それなら、こんなオシャンティなところじゃなくて下町あたりに行ったほうがよかったんじゃないのか。
「じゃあ、とりあえず、魚探すか……」
「魚……?」
とはいえ、レゾーネ川崎に魚……それも立派な鮭が売っているとは思えないんだが。
「わあ、可愛いですね♡」
「おお……このクソ寒い中、ダンスとは」
駅から直結している中庭で小学生たちがダンスを披露しているんだわ。
クリスマスのイベントか〜〜。可愛いな。
「ダンスいいなぁ。ハルさんは何かスポーツしていましたか?」
「……いや。とくに。そういえば、シナモンちゃんはなんでエンデューロなんだ? バイクで
「小学校のときのあだ名です……」
「え? そ、そんな
「フランス人形みたいな顔だって言われまして。フランスならエンデューロだろって。クラスの男子にバカにされて。ひどいですッ!! って、怒りましたけど。よくよく考えたら、エンデューロはオフロードバイクの大会で、フランスで有名なのはエンデューロよりもツール・ド・フランス。自転車の方ですよね」
ああ、その男の子はシナモンちゃんのこと好きだったんだな。きっと。
フランス人形って、基本的にどれも美少女だからね。
でも、気持ち分かるわ〜〜〜。
シナモンちゃんがクラスにいたら、もう男子大興奮だろうな……。
美少女の宿命ってやつだ。
「今はエンデューロって結構気に入ってます」
「な、なんで?」
「強そうじゃないですか」
い、いや。そうだけど。
子どもたちのダンスを横目に見ながら店舗に入ってキョロキョロ。
何が良いんだろうなぁ。
ヴェロニカの好みなんて見当もつかないぞ。あいつ、センスの
そこでシナモンちゃんに助っ人を頼んだわけだけど。
「ダメだ。すでに
「……もう。ヴェロ姉さんといい……お二人で同じセリフ言わないでくださいよ」
「え? なんだって?」
「いえ。なんでもありません。ほら、ヴェロ姉の好きなもの見つけにいきましょうよ」
おお、これは!! これなんか良いんじゃないか!!
「あのぉ。その魚の、それも
「え……だ、だってナマモノ……生……生じゃんかよ……」
「な、生? え? どういう——な、なんで落ち込むんですかッ!? あ、も、もしハルさんが、どうしてもそれがいいっていうなら、それでも……ほ、ほら、気持ちの問題ですし」
秋刀魚のバッグ——約30センチ——を手にしてブンブン振り回しても天使なのね……シナモンちゃん。
「いや、止めておく」
「ほっ……」
それにしても視線が痛いな。俺みたいな
ギロチンの刑。民衆の嫉妬が怖い。怖すぎる。
「ハルさん、これっ!! これがいいです!!」
「……それ、おっさんの食い物」
「え……ひ、どいです。すごく美味しいのに」
「わ〜〜〜〜〜ごめんごめん。つい心の声が漏れちゃったよ。ごめん。俺も、なんなら俺も中身はおっさんだから好きだし? ああ、酒と一緒に食うと止まらないんだよな。うんうん。分かった、分かったって」
雑貨屋にあたりめなんて置いておくなよな。増量特大あたりめって。しかも、訳のわかんねえPOPを
なにが『あたりめ(笑)』だよ。なんで(笑)なんだよ。
その隣に『つまみの堕天使』って貼ってある。
はぁ!? こっちは本物の天使連れてんだよ。ふざけんな。ばかッ!!
ブービートラップもいいところだ。忘れそうだったが、この天使の中身はおっさんだ……間違いない。
「分かった。シナモンちゃんのプレゼントはその『増量、特大あたりめ』でいいのな。安上がりだな」
「え、ちょ、ちょ、だめです〜〜〜〜〜ってプレゼント期待しているわけではないですけど。いや、えっと。ま、待ってください。あたりめは好きですけど、プレゼントとしては。だ、だって冗談のつもりだったのに。うわぁぁぁん。ひどいですぅぅぅぅぅうぅぅぅぅハルさんのばかぁぁぁぁ」
「ご、ごめん。冗談のつもりだったんだけど」
「うぅ……って、泣きマネ上手でした?」
マジでビビった。本気で泣かせたかと思った……。からの、テヘペロが可愛すぎ。
しかし、この雑貨屋、見ていて飽きないなぁ。
まあ、ここでプレゼントを買うのは無理だろうし、そろそろ移動するか。
で、服やアクセサリーを見たけど、シナモンちゃん
理由は……。
「そんなの送ったら毎日着込んで、寝るときは抱きしめちゃって取り返して洗濯するの大変なのでやめてくださいっ!」
だそうだ。アクセサリーは、すぐに失くすからダメだって。
「アクセサリーを失くしたときの喪失感が凄すぎて、1年くらい立ち直れなそうなのでやめてくださいッッッ!!」
じゃあどうすれば。
「ヴェロ姉は、ああ見えて、ロマンチストですよ。特に雪と桜が好きなんです。桜の季節はいつも桜の木の下で
で、見つけたわけよ。もう、奇跡的に。とんでもなく喜びそうな奴を。箱に入れて包装してもらうとして。
すげえキレイだし、シナモンちゃんも「わぁ〜〜〜いいなぁ」ってじっと眺めるくらい。うん、これならきっと喜んでもらえるはず。
「シナモンちゃん、ちょっとここでカフェラテでも飲んでて?」
「え? ハルさん? どこに?」
「ちょっとトイレ」
「は、はい」
カフェテラスにシナモンちゃんを残して。
今のうちに、さっき目星をつけた店に。
さっきチラッと見たところ、シナモンちゃんは手荒れが酷いっぽい。なんだかんだで持ち回りのはずの家事を一人でやっちゃうんだろうな。
リオン姉はともかく、ヴェロニカはあんな調子だし。
俺だって、ヴェロニカが料理するところなんて見てられないしな。
「ありがとうございました〜〜〜」
包装された袋を店員さんから受け取りシナモンちゃんの元へ……。
って、ナンパされてんじゃないかーいッ!!
「あ、ハルさ〜〜〜ん。すみません。あの人がわたしの彼氏なので」
「こ、こいつが……」
「あんまり関わるのやめとこうぜ」
「ああ、いこうぜ」
ほっ……面倒が起きなくて良かった。
「シナモンちゃん大丈夫だった?」
「は、はいっ! 彼氏が超絶イカれ野郎でキレると硫酸水鉄砲乱射するサイコパスのIQ200のシリアルキラーもびっくりホラースプラッター愛好者なんですって言ったら若干引いてたから大丈夫です」
「……な、なんだって?」
「とにかく、ハルさんおかえりなさいっ!」
「シナモンちゃん、今日はありがとう。お陰で助かったよ。2日早いけど、渡しちゃうね」
はいっ! と渡したクリスマスカラーの包装紙。シナモンちゃんキョトンとしちゃった。
「こ、これは?」
「だから、クリスマスプレゼント。クリスマスイブはケーキ屋だし、クリスマス当日もケーキ売る羽目になりそうだから」
「……わたしが……ヴェロ姉よりも早くもらっちゃって……いいのでしょうか」
「大したものじゃねえんだわ。本当は、あっと驚くプレゼントあげたいところだけどさ。ちょっと、余裕がなくて。ごめんな」
「もう……ハルさん。ダメですよ」
「え?」
「いろんな女の子に優しくしちゃ……」
「そんなに優しくしている覚えはないけど……?」
「抑えるの大変なのに……ヴェロ姉どうしよう。わたし……」
「なんか言った?」
「ひゃあっ!? ああ、いえいえ、な、なんでも、なんでもないんですっ! プ、プレゼントありがとうご、ご、ございました〜〜〜〜すみません、すみません、わたしなんかがおこがましい……」
「ど、どうした? そ、そんなに大層なものじゃないからな?」
「あ、開けてもいいですか?」
「ああ。開けてみて」
袋を丁寧に開けて——ほら、テープとかで袋が破けないようにさ。そんで中を覗いて、一度俺の顔を見て、もう一回袋の中を見て取り出したのよ。
「ああ……ハンドクリーム。しかもセット。えぇ……ミソップじゃないですか。高級品ですよこれ……お金ないのにいいんですか?」
「それくらい買うのなんてなんでもないよ。ほら、家事とかって手荒れするじゃん。だからハンドクリームとかっていくらあってもいいのかなって。ああ、でも気に入らなかったらごめんな」
本当は金欠まっしぐら。投げ銭しなきゃ良かったって思うのは、信条に反するから絶対に思わないようにしてるけどさ……。
「……嬉しい。ハルさんって、よく見てるんですね。ちょっとびっくりしちゃいました。手荒れに悩んでいて、良いハンドクリーム買おうと思っていたんです……嬉しいなぁ……」
袋にハンドクリームセットの箱を戻して胸の前でギュッとしちゃって……俺がドキッとするわ。シナモンちゃんオーバーアクションだぞ。
その気がなくても俺を殺しに掛かってるな。くそ。可愛すぎて死ぬ。
死んでしまうぅぅぅぅッ!!
「ハルさん……」
「うん?」
「絶対にハルさん幸せになってくださいね。わたし……応援しますから。絶対。ね?」
「あはは。シナモンちゃんにまで心配されちゃうと……恥ずかしいな。でも、俺、がんばるよ。今度は、みんなに盛大にプレゼント配れるような社会人になるから……って言ってて恥ずかしいな」
「ううん。胸を張ってください。ハルさんはハルさんの良いところがいっぱいあるし、それを認めてくれる人も絶対にいるはずですからっ!」
シナモンちゃんの満面の笑みを見ていたら、もうね……胸いっぱい。
パーティー・ライオットの三姉妹はみんな……みんな良い子だな。
だめだ。最近涙もろい。
あれ、シナモンちゃんの胸ポケット……。
そうか、そういうことか。
なら、早く帰ってやらないとな。
その後、シナモンちゃんと駅で別れて一人帰る際、電車で泣いたのは内緒だ。
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