#04 * 自分勝手過ぎる女



どこかしこもにぎわってやがるぜ。街は電飾でいろどられて、キャロルがあちこちから聞こえてくるんだから嫌でもクリスマスを肌で感じちまう。

俺はさ、過去のことを思い出して、ああだこうだって感傷的センチメンタルになるのはカッコ悪いって思う——いや、思っていた。



寝取られてあんな別れ方するとどうしても思い出しちゃうわけよ。

んでもって、あんなことがなかったら今頃、どんな生活をしていたとか、クリスマスに向けてケーキを予約したり、プレゼントは何にしようって考えたりしていただろうなって。



まだ白井萌々香のことが好きなのかって?



さすがにもう吹っ切れたよ。ただ、傷跡がうずくように心の中で萌々香がジクジクしている感じだな。恋愛的感情とは違う、なんていうのかな。

怒りとも、憎しみとも違う。





——ああ、寂しさだ。





なんで俺じゃなくて隆介なんだろう? とか。答えは分かりきっているのに、どうしても考えちゃうよな。

自分のことを否定されたみたいでさ。

うん、そう。普通にフラれたなら諦めが付くけど、寝取られたっていうのは結構効くんだぜ?



だからって、ヴェロニカ達に甘えはしない。

だって、寂しいからヴェロニカ達にすり寄るとかって男らしくねえじゃん。

でも、ヴェロニカ達にはクリスマスだし、プレゼントあげたいな。

世話になっているし。



良い奴らだしさ。



ショウウィンドウに飾られるマネキンとかまでクリスマス仕様かよ。

どこ見てもカップルばっかり。

そりゃあ、そうだよな。

クリスマスイブまであと2日だもんな。



裏路地に入ってようやくアパートが見えてきた。

手袋してくれば良かったぜ。かじかむなぁ。



ん? 誰だ? 俺んちの前で——は?



「あ、ハル君おかえり!!」

「……お前何してんの?」

「何ってハル君が帰ってくるのを待ってたんだけど?」

「……なんで?」



なんで、なんでこの期に及んで萌々香が現れるんだよ。



「何の用?」

「……ちゃんと別れてきた」

「え? 誰と?」

「隆介くんと」

「この前は、フリーだ、って言ってなかったっけ?」

「フリー同士だったよ? でもそういう関係を終わりにしてきたの」



え、えっと……フリー同士で関係持っちゃうとか、何?

その感覚は俺の中にないけど……っていうか、もしそうなっても、ちゃんと責任とって付き合うなりするけど。その前に、恋人がいたらそういう関係にならないのが普通なんだと思うけど?



ただ、世の中にはいろんな思想と思考の持ち主がいるから……一概には言えないのかもだけど……。

どうなのそこ?



「ああ。そう。じゃあ、分かった。俺は寒いから中に入る。またな」



鍵を開けてっと。蝶番ちょうつがいが壊れそうなんだよな。ドアがきしむし、油が切れたように重い。

扉を開けて、靴を脱いでっと……ん?



「お前、なんで入ってきてるの?」

「ちょっとだけお話しない?」

「話すことなんて何もないから」

「本当にちょっとだけ、ちょっとだけでいいから。それに寒かったの。外で1時間くらい待ったんだからね」

「……分かった。コーヒー飲んだらすぐ帰れよ?」



本当はこのまま帰したほうがいいんだろうけど。本当に寒そうでさ。唇は紫色だし。少し可哀そうかなとか思っちまった。男ってそういうとこあるだろ?

ただ、絶対に萌々香には情を移さない。それは決めている。



「ありがとう!! ハル君はやっぱり優しいんだね!」

「優しくなんかねえよ」




コーヒーはれてやるけど早く帰ってほしいな。




「ほら。コーヒー」

「ありがとう。あったかいなぁ」

「それ飲んだら帰れよ。俺は俺でやることあるんだからな」

「……うん。ごめんね。上がりこんで」

「ふぅ……」

「ねえ、あの話本当なの?」

「どの話?」

「P・ライオットの裏方をするって話」

「ああ、本当だ」

「すごーい!! ねえ、ヴェロニカちゃんってハル君とどういう関係? やっぱり彼女?」

「んなわけねーだろ。あんな子と付き合えてたら、今日もボッチなわけねえだろ」

「そっかぁ。可愛いのに。ハル君なら付き合えるんじゃない?」



幼馴染だった——とは、さすがに暴露しなかった。

話すのが面倒だし、それに萌々香には何の関係のないことだ。

これ以上、俺の聖域を汚されたくないし。



「ないない。ヴェロニカはヴェロニカで好きな奴がいるっぽいしな。きっと有名人とか、そんなとこだろ」

「そうなんだ。ヴェロニカちゃんと隆介君と何か関係あるの? なんだか彼女、挑発的だったよね?」

「さあ。俺は関係ないし、そこは知らない」



ヴェロニカにすれば、隆介のことは大嫌いだろうな。親愛なる姉の魅音みおんさんの物語をパクったんだから。三姉妹と美羽の血はつながっていなくても、きずなで結びついていることくらい俺にだって分かる。



「そっかぁ。じゃあ、ハル君はまだフリーってことで間違いないよね?」

「そうなるな」

「やっぱりクリスマスは独り?」

「だから、前にも言ったようにケーキ売りのヘルプだって」

「まさか一日中ってことはないよね?」

「……どうだろうな」



店長がご発注して……まさかの100個。……。


気づいたのが遅かった……。取り消しのできない12月も中旬を過ぎてからだもんなー……。

ケーキはナマモノだもんなぁ……。それも高級ケーキで、鮮度が重要とか。

それでクリスマス当日の朝にしか納品されないらしいし。

イブに街頭販売するしかないだろうって相談を受けたのが俺。

俺ならクリスマスは暇だろうからって。




なんで店長は俺がフリーになったこと知ってんだよ。




「100個も発注ミスがあってな……それで俺が売る羽目になってるから、一日中仕事の可能性が高いよな」

「じゃあ、クリスマスイブイブは空いてる?」

「イブイブってなんだよ?」

「23日。それなら空いてる?」

「……ああ、夜は空いてるな」

「じゃあ、夜食事でもしない?」



こいつの頭はいてんのかな。って思う。何かしらの事情があって隆介とラブホに行ったのだとしても、それを俺が目撃したことを知っているわけだ。

もし、萌々香が俺の立場ならどう思う?

もう会いたくないって俺は思うけど、萌々香は違うんかな?

感性が違う?

性格?

メンタルタフネスってやつ?

ごめん、俺はそこまではがねのメンタルになれない。豆腐メンタルだからさ。



「無理だわ。ごめん、俺はもう萌々香とは終わったって思ってるから。これ以上何も期待しないでほしいし、顔も見たくない」

「……そうだよね。でも、あたし……ハル君と交友関係を断ちたくないって言ったら?」

「そんなこと言われても」



本当は視界にも入れたくない。あの頃を思い出すことはあるにせよ、萌々香の甘い誘惑に乗ってしまったら、きっと。俺は——。



先に進めない。



「ごめん。自分勝手で」

「本当だよ。萌々香、俺が平常心を保っているうちに——」



キレないうちに。



「……出ていってくれないか」

「……ごめん。また来るから」




来なくていい。来なくていいから——。




……思い出って簡単に消せないんだぜ?

男って、感情——特に恋愛に関しては引きずる生き物だと思う。

今までは、ヴェロニカが俺を振り回してくれた。

だから、思い出なんて思い浮かべる余裕もなかった……。

でも、ヴェロニカはここにいない。




嫌でも思い出しちまう。部屋を見回せば、どれも思い出の欠片がこびり付いていて、簡単には落とせそうにない。

だから、思い出しちまう。




——まだ、俺が信じていた頃の萌々香を。優しかった萌々香を。




今年のクリスマスは外食だったけど、来年は家でひっそりとしようね。

うん、ハル君は何が好き? あたしはチキンかな。肉食だから。ピザも取ろうよ。

ケーキは別腹だから、大きいのでもいいよね。大好き、ハル君……。





——ねえ、キスしてもいい?





俺の部屋に残り香を置いていくな。

俺の思考に言葉を残していくな。

俺の……中に……思い出を置いていくな。





出ていけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!






でも、言葉が詰まって出なかった。必死に涙をこらえていたからさ。






萌々香は俺の顔を見るなり、振り返りもせずに部屋を出ていきやがった。

飲みかけのコーヒーカップをテーブルに置いて。




絶対に忘れてやるからな。

存在をすべて頭の中から消してやるから。

それにしても。






勝手な女だ。




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