#10 VS 隆介【宣戦布告】




4名様でぇ〜〜〜〜す。と店員さんに案内されたテーブル。ふぅ。窓際で見晴らしがいいぜ。晴天で、冬の空は青くて清々しいなぁ。



と、顔を戻すと、萌々香ももかとヴェロニカの視線がぶつかり合い、デッドヒート寸前。俺の目の前に隆介が腰掛けて、「最近どうしてた?」と空気を読まずにいてくる。



「相変わらず。フリーターだし、全然だよ。隆介は?」

「隆介くんは、独立するんだよね? 広告代理店を辞めて、声優のプロダクション立ち上げるんだよね〜〜。ほら、広告代理店の伝手つてもあるから、うまくいくと思うの」

「萌々香。あんまりバラすなよ。春輔はずっとプロダクション入社目指していたのに、可哀そうだろ」

「だからさハル君。隆介くんの立ち上げる会社に入れてもらいなよ。そうしたら、夢が叶うじゃん。声優だって、あたしだけじゃなくて、大先輩から人気のアイドル声優までもう引き抜きに成功してるんだから」




言葉が出なかった。



俺は、ずっとアニメが好きで、声優さんたちの人材育成や、イベント制作にたずさわりたいと思っていた。それこそガキの頃からの夢だ。声優になるよりもそういう仕事がしたいって漠然ばくぜんと思っていた。




でも——。




「入れてやるよ。親友だろ。お前が苦労していたのは知っているし、夢がデカイことも知ってる。よく話してたろ。もっと身近で触れ合えて、子どもたちに夢を持たせることができるようなイベントがしたいって。それやろうぜ。僕とお前で」



頭に血が上っていくのが分かる。握りすぎた拳がいてぇぇぇ。



俺は——今思えば、俺は自分の無力さにムカついていたんだ。

ちょうど半年くらい前だったか。隆介と飲んだんだ。



「俺から……いくつの物を奪うんだよ。隆介、お前は……俺の語ったイベント内容をそのまま企画し、制作しただろ。画期的なイベントの開催ってネットのニュースに流れていたときは……さすがに目を疑った。だけど、それも俺が悪いって思ってた。だって、就職もしていない奴が話した内容だもんな。アツい気持ちだけじゃ、企業はってくれない。分かってる。分かっているけど。悔しかったんだ。俺にできないことを、お前は簡単にやっちまう。どんなに俺にアイディアがあっても、お前に勝てない」



大学にいたときも、せまき門だから止めておけってキャリアサポートセンターのお姉さんにも言われたっけ。でもさ、努力と気合さえあればなんでもできるって思っていたんだ。



悔しいよ。やっぱりもっと良い大学を出て、口が達者でしたたかで、賢い奴を欲しいのかな、企業って。どの会社も俺を受け入れなかった。面接でビジョンを話せっていうから、詳細に話したのに、「それは夢物語だね」って切り捨てられた。

どんなに考えて頭をひねって、面接を受けても全部ダメ。

いっぱい勉強して身体を壊して、入院するまで努力しても届かなかった。




だから、俺はすべてを失うんだろうな。足りないのは頭か。それとも努力か。資質かもしれない。




「ごめん。隆介に当たってる場合じゃないよな。ごめん。なんだかとげのある言い方だった」

「ああ、いいよ。それで? 一緒にやるか?」

「やろうよ。あたしももっとがんばるから。ハル君——」




バンッ!! とテーブルを叩いたのはヴェロニカだ。




「待って。ハル君からこれ以上何をるつもり? まず、葛島隆介。あなた大手の広告代理店を新卒で入って、またたく間に幹部まで上り詰めたわよね。それって実力かしら?」

「い、いきなりどうした? えっと、君の名前は……」

「モブキャラ村人Aよ。本名は名乗るほどの者じゃないわ。それでどうなの?」

「ちょ、ちょっといきなり失礼じゃない? そんなの実力に決まっているじゃない?」

「そうね。寝取った上司の奥さんから『ある秘密』を聞き出して、それをネタにゆすりを働いた挙げ句、社会から抹消したことも実力のうちよね?」

「……え? 待って、失礼なこと言わないで。隆介くんがそんなことするはずないじゃないッ!?」

「単なる噂だろ? しかし、社内で僕に嫉妬した同僚が流したデマを知っているなんて、すごいな」

「確かにその上司も迂闊うかつだったし、今回は追求しない。そういうことにしておきましょう。それで本題に戻るけど、ハル君は今すごく傷ついている。その理由は分かるかしら?」

「……さあな。失恋でもしたか?」

「萌々香さんあなたに心当たりは?」

「……ごめんなさい。あたしのせい? ですよね?」

「素直でよろしい。では、そんな二人が立ち上げる会社に入って、ハル君は幸せになれるのでしょうか?」

「待て。恋愛と仕事は別物だろう? それは社会で常識だぞ」

「常識……。恐れ入りますが、では私生活におけるモチベーションや精神的安定が仕事には無関係だと? 仕事における精神的な負荷が私生活をむしばみ、その人の人生を狂わしてしまうとなれば、人はなんのために働くのでしょう? その逆もしかり。一概には言えませんが、感情のコントロールは必ずしも仕事を含めた生活全般には必要なことなんじゃありませんか?」

「公私混同されてもな。割り切って働くのが社会人だろ?」

「では、業務外で人の感情をもてあそび、廃人寸前になるまでしいたげられた上司にもそのセリフを言えますか? そうなってまでも、割り切って働けと? あなたと同じフロアーで同じ空気を吸えと? もし、あたしの言葉に何も感じないのであれば、あなたを徹底的に糾弾きゅうだんします。いいですか? あたしは本気です」

「……彼女さん。あなたとは平行線のようだね。それで、春輔、どうだ?」



難しいことは分からない。ただ、俺は——。



「すまない。隆介。俺は仕事にいた」

「……は? バイトだろ? どうせ」

「ああ。でも、特別なバイトだ」

「バイトに特別もクソもあるかよ。いいから、俺のもとで働けって。夢なんだろ?」

「パーティー・ライオット」

「なに? 人気Vtuberがどうした?」

「パーティー・ライオットの雑用をすることになった。俺は、彼女たちとやってみる——やってみたい。ずっと彼女たちのチャンネルが好きだったんだ。もし、彼女たちがいなければ、前に話したイベントも思いつかなかった。だから——」

「あ、あ、あの、あのパーティー・ライオットに? もし知っているなら紹介してくれ。どこの事務所にまだ入ってないんだろ!? 今、どこも欲しがっているんだ。チャンネル登録数もうなぎのぼりじゃないか。まだまだ伸びるんだ、彼女たちは、だから頼むッ!! ヴェロニカだけでもいい。だからッ——」

「隆介には悪いけど紹介はできない」



正直、誰にもプロデュースなんてして欲しくないし、たとえ、それがヴェロニカたちのためになるとしても。俺は——ただ、彼女たちを独占したいだけなのかもしれない。

今のまま、ありのままの彼女たちを見ていたい。

ごめん。誰のためでもない、自分自身の欲望なのかもしれない。



ヴェロニカが俺のそでを引いた。そして、「帰ろう」って。



「すまん、食欲なくてさ。俺、こいつらと飯を一緒に食うのは無理っぽい。ごめんな。ヴェロニカ。腹減ったよな」

「ううん。大丈夫。言いたいこと言ってすっきりした。帰ったら今夜はパーティーだからさ。美味しいもの作ってもらおうね。シナモンに」

「ああ。金ないけど出世払いでな」

「ああ、それとさぁ。葛島隆介。言ってなかったけど。あたし嘘ついた」

「……なに?」



帰ろうとしていたヴェロニカが立ち止まり振り返った。



そして。



「あたし。モブキャラなんかじゃないんだ。実はパーティー・ライオットのシナリオ担当。その名も」




——キャラメル・ヴェロニカ。その人だから。




名刺を数十枚、宙に放り投げた。




ひらりと舞う名刺はいつかの桜の花びらのように。

『キャラメル・ヴェロニカ』の印字の下に書かれた宣戦布告の手書きの文字と、いびつな♡にヒビを入れて。



「ま、待って、待ってくれ。頼む。今までのことは謝る。もし、こいつをどうにかしたいなら好きにしていい。だから」

「え。ちょ、ちょっと隆介くん、どういうこと」




萌々香を今さら返されても。俺、踏ん切りついたし。




「行こっ♪ ハ〜〜ル君♡」

「ちょ、ちょっとヴェロニーってばよ」



だ、だからあからさまに恋人みたいに腕に抱きつくなって。あいつらに勘違いされたらどうすんだよ。ったく。




ポカンとする隆介と萌々香を横目に、無視を決め込んで店の外に出た。





この日、ヴェロニカは葛島隆介に宣戦布告をした。


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