#04 俺を酒の肴にすんな〜〜うぅぅぁぁぁんっ



蒼乃あおのくん三番テーブルね」

「了解しましたッ!」




せわしなく働かなければいけない二一時。この時間からシフト入りとか地獄でしかない。

今日もヘルプで二時間のバイト。はぁ、金のためとはいえできればしたくないバイトその1。居酒屋チェーン店。



泥酔してふらつく客が邪魔だがここは俺の華麗かれいな身体さばきですんなり回避。カルーアミルクとカシスオレンジ、それに鬼ころしのグラスをこぼさないようにバランスを取ってトレイを頭上に上げた。



「キャハハハ、すみませ~~ん、注文いいですか~~?」

「申し訳ございませんが、お手元の端末タブレットからお願いします~~」



異様なテンションの客をあしらうのは慣れてきたけど、どうも酒の場というのは好かないなぁ。働いているから余計そう思うのかもしれないけどさ。



「おまたせしま——え?」




うはぁぁぁぁ!!




バイト先に来ちゃダメだって。あり得ない。あり得ない

心臓バクバクだし、酒なんて飲んでいないのに顔は火照ほてるし。

トレイに乗ったグラスのどれも震えて零しそうだし……。




三番テーブルに着くと、見覚えのある顔が一人……二人。三人目は初対面だけど、顔を見れば誰だか分かってしまう。



なにこれ、怖い。



決してアニメ顔ではないけれど、全員、P・ライオットのそれぞれのキャラに似すぎていて怖い。



「やっほぉ~~~ハル君っ♪」

「い、いらっしゃいま……せ……」



ヴェロニカが顔を真っ赤にして、腕をピンッと伸ばして空になったジョッキをかかげていた。その隣でヴァーミリオン姉さんが頬杖ほおづえいて呆れている。

そして、パーティー・ライオットの妹役。その名も『シナモン・エンデューロ』が申し訳無さそうに「ちょ、ちょっと、その呼び方は……」とヴェロニカの肩に手を置いていた。



「お、おまたせ致しました……カシスオレンジのおきゃ、おきゃきゃくっさ、ま?」

「はいは~~~いっ! あたし! ハル君のヴェロニーちゃんですおっ!」



異様なテンションのヴェロニカの前にカシスオレンジを置こうとすると、まるでハイエナが獲物を狙うごとく俊敏な動きで俺の手からグラスをひったくり、一気に飲み干した。



マジか。



「ぷはぁ~~~れれれ?」

「れれれ?」

「れれれれ?」

「? ええっと、申し訳ございません。ご注文の品のほうを。鬼ころしをご注文のお客様?」

「私だ」



予想通りヴァーミリオン姉さんだった。通称リオン姉。鬼ころしのグラスをテーブルに置こうとすると、俺の手から丁寧にグラスを受け取る。割とタプタプに入っているのに全く零さないし、揺れない。でも、目はわっているなぁ。



「ヴェロ姉が……もう一杯とい、言ってます」

「え? そんなこと言っていましたか?」

「はい。お酒……に酔うと通訳が必要なんです」

「かしこまりました。あ、カルーアミルクです」

「ありがとうございます」



ツインテールの童顔。つぶらな瞳で低身長。それでいて、人見知りで泣き虫。

っていう設定のキャラ。ヴェロニカと同様に超絶美少女。

それにしても、とても人見知りには見えないなぁ。エンデューロは呼びづらいので一般的にシナモンちゃんと呼ばれている。

まったく酔っていない。シラフに近いとみた。



「おいっ! ハルきゅん! れれのれれえはれれんれまでれれんれ?」

「すみません、意味が?」

「今日の……バイトは何時までなのだ? と言っています」

「今のでそれが分かるとか」



今日のシフトは23時まで。金曜の夜だし忙しいけれどヘルプだしなぁ。用事があるとか言えば強引に上がれるだろうけど。でも、なんでそんなこといてくるんだろう。



「23時までですけど?」

「れれんれ、れれえ」

「上がるまで待つから」

「ハルきゅんのうえぇぇ気持ち悪い」

「ハル君のうえぇぇ気持ち悪い」

「れれん、ろれれろれろろろれれられれれられ」

「ごめん、吐きそうだけどがんばるから聞いて」



いやいやいや。待って。なにこのやり取り。ヴェロニー酔いつぶれる五秒前じゃん。会話が成り立っていないのに、訳すシナモンちゃんもすごいけどさ。

がんばらなくていいから水飲んで。ほら。



「あ、ありがとう。うぇっぷ。お水をいただいたら回復してきた」

「ソレハ、ヨカッタデスネ」

「よし、飲みなおしにいくよぉっ!」

「「「おーーっ」」」




なにこのノリ。静かだったリオン姉さんも、シナモンちゃんもヴェロニーに合わせて拳を振りかざしちゃってさぁ。



「むっ! ハル君は?」

「ま、待って。俺、なんでハル君って呼ばれているの?」

「だって、蒼乃春輔あおのしゅんすけくんでしょ。しゅんすけのしゅんを読み替えて、ハル君しかないでしょうよ」

「いや、そうじゃなくて」



萌々香ももかがそう呼んでいたけど、それにはエピソードがあるわけで。俺が幼馴染にそう呼ばれていたのを話したら、萌々香はそれを採用してしまっただけの話。

もしかして、それを知ってバカにしているのか。



「なぁ~に? ネットられハルくんっ♪」

「やっぱりバカにしてるっ!!」



うわああああんッ!! 



どいつもこいつも俺をNTRってバカにしやがって。俺より先にバイト入りしていた同期の子なんて話してもないのに、「先輩、寝取られたんですか?」ってストレートに聞いてきやがった。誰が言いふらしているんだろ。



「蒼乃すんしゅけは、先日ネットられて大変だったのです。それを祝し——じゃなかった。しのんで献杯けんぱい。きぇんぱぁぁぁぁぁいッ!!」

「「けんぱーーーーい」」

「おいッ!! 犯人はお前かッ!!」



ひどい。人の不幸を酒のさかなにするなんて人でなしのすることだ。違いない。しかも献杯って俺は故人かっつうの。




ていうか、ヴェロニカなんてグラスが空じゃねえか。



*



ただ、後から考えると、このとき、ヴェロニカ達はを笑い飛ばそうと必死だったんだなって思うんだよな。

だって、そうだろ?

感情が剥がれたら、過去なんて笑い話でしかないんだからさ。

それを知ったのはずっと後の話。

この頃は、に振り回されっぱなしだったな。


今は感謝しかないけど。

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