#05 ヴェロニカ邸に連行される俺。



23時きっかりで終わった居酒屋バイトのヘルプ。そこからのカラオケって結構きつい。いや、憧れのパーティー・ライオットの中身の人とカラオケなんてうらやましい限りじゃんかって、一瞬でも思った俺。バカ。バカバカバカ。



Vtubeで披露している美声が聴けると思ったのに、それどころではない。ヴェロニーはともかくリオン姉さんまでへべれけに酔っ払って、仕方なく介抱する始末。

一人で立ち上がれなくなるような飲み方するなよなぁ。シナモンちゃんがリオン姉さんに肩を貸して、俺がヴェロニー。



いやさ。こんなこと考えるとヤバイやつに思われるかもだけど。



すげえ良い匂いするの。髪から。そりゃあ、酒臭さとか飲み会独特の臭いはあるにせよ、甘い匂いに脳が麻痺するって言ったら変態みたいだけどさ。

俺の肩から少し頭が出るくらいの身長だから、肩を貸すにも屈まなきゃいけなくて腰がきついんだけど……あれ?



「シナモンちゃんさ」

「は、はいっ!?」

「身長的に言ったら、俺がリオン姉さんに肩を貸したほうが合理的な気がするんだけど?」

「あ、え、えっと、それは、あのぉ」

「あ、もしかしてリオン姉さんって男に触られるとガチギレしてぶっ飛ばすとか?」

「ち、違います。そうじゃなくて。えっと。きっとヴェロ姉さんはハルさんに介抱されたいって思っていると思うんです」

「え? なんで?」

「ハルさんは覚えていないんですか?」

「な、なにを?」

「そうですか。なら、本人が話すまでわたしからは何も……」

「えぇぇぇ……」



気になる。ヴェロニカが俺に介抱されたい理由なんてあるはずがない。だって、こんな美少女——と思っていたら酒の席で23だと知らされる。シナモンちゃんは20歳。リオン姉さんは24。リオン姉さんはともかく、二人共童顔すぎ。JKかと思ったぜ。ってことで美少女と言っていい歳ではない気がするが、見た目は美少女三姉妹に違いない。

そして、こんなカワイイ子たちに彼氏がいないはずない。



そんな子にこうして触れているのははばかれるなぁ。美人局つつもたせではないにせよ、彼氏が登場して嫌な顔されるのが目に見えているよ。



「うわ、ヴェロニー抱きつくな。マジで。こんなとこ彼氏にでも見られたら、俺、どう謝っていいか分からんッ!」

「ああ、ヴェロ姉さん、そういう人いないので大丈夫です」

「……まじ?」

「ええ。『心に決めている人』がいるっていうのが口癖なので彼氏は作らないと思います」

「解決になってねぇぇぇ!! ヴェロニーに殺される、殺される。殺されるぅぅぅぅ助けてぇぇ」

「大丈夫です」



こんな眠らない街——繁華街の、ど真ん中で美少女を介抱するのって視線が痛いよなぁ。さっきから通行人にすげえ見られているし、ヴェロニーを見たあとの俺をさげすむ目が痛すぎる。まあ、逆の立場なら俺もそんな目で見そうだから人のことは言えないけどな。



「で、どこまでお送りすればよろしいでしょうか? お嬢様」

「あ、え、は、はいっ! 三つ隣の駅前のマンションです」



ふぁぁぁぁッツゥ!?



そうか。よく考えたら家まで送るのか。そこまで考えていなかった。っていうか、よくよく考えたらタクシー乗せて「気をつけて帰ってねぇ~♪」でよくね?

なんでこんな抱きつかれながら介抱しなきゃいけないんだ?

ま、まあ、嬉しいとか、性的興奮とかそういうことは……絶対にないんだからねっ!



「お、俺、このあと予定——」

「ダメですハルさん。予定なんてあるはずないですよね。このまま返したらヴェロ姉さんに縛り上げられて煙責めに遭って燻製くんせいにされちゃいますよぉ」

「なにそれ怖い」

「とにかく、家まで運んでください。あ、大通り出たらタクシー捕まえても大丈夫ですけど」

「な、なに……? もしかして」



家に着いた瞬間、怖い半グレお兄さんがぞっくり出てきて縛られて煙責めされた挙げ句、燻製にされて金をむしり取られるってプランか。まずい。



「はい、怖いお兄さんとかいないので大丈夫です」

「な、なんで俺の考えていること分かるの?」

「ヴェロ姉さんにハルさんのことある程度聞いていたのでなんとなく。それに聞いたとおりの人だったので、ちょっと興味湧いてきちゃいましたぁ♡」



居酒屋でのシナモンちゃんは、やはり人見知りしていたんだな。カラオケ屋以降、余裕を見せてきているどころか、俺の反応を見て楽しんでいるきらいさえある。



「あ、タクシーいますね! すみませーん」

「れれんれれ~~~タクチーのパクチーはあたしのランチー♪」

「いいから、寝てろって。意味分かんない歌、歌わんでいいから」

「ハル君らめらろ。あらしにころわりもらく、かろろらんてふくったら」

「なんて言った?」



シナモンちゃんは聞こえていなかったらしく、軽く頭を何回か振った。リオン姉さんを後部座席に押し込んで、横たわろうとする身体を押さえながらシナモンちゃんが乗り込む。次にヴェロニカをシナモンちゃんの横に座らせて運転手にドアを閉めてもらう。



ふぅ。任務完了。



これにて一件落着。逃走する準備はできた。振り返って駆け出そうとすると、「あ!! ハルさんのお財布がなぜこんなところにッ!?」と開いた後部座席のウィンドウからシナモンちゃんが叫んだ。



え? ええ? それって俺の全財産の4821円。それがなければ、寂しい年末を送ることになってしまう。それどころか、餓死してしまうかもしれない。



「返したくても、タクシーに乗っていただけないと、ほら、両脇に肉塊が転がっていて動けないので~~」

「言い方。ほら、手を伸ばして……」

「と、届きそうにありません。助手席からなら」

「……くっ」



やむを得ず乗り込んで財布を返してもらおうと手を伸ばすとドアが勢いよく締まった。



「お客さん、シートベルトお願いします」

「あぁ、はいはい。よしっと。着けました。安全運転でお願いしますね」



って、発車しちゃったよ。



「手が離せないので、家に帰ったらお返ししますね♪」

「……本当に半グレ」

「いません。ナイフでハルさんの指を持っていく怖いお兄さんも、嫉妬に狂いハルさんをドラム缶に入れてコンクリート詰めするような彼氏も。わたし達、みんな寂しいクリスマスを迎える予定ですから」

「怖いって」



2時間のバイトとはいえ、目まぐるしく働いた身体に揺れは心地よい。週7でバイトを入れている俺にとって、このタクシーの揺れの心地よさにあらがうことなどできない。落ちてくるまぶたを持ち上げようとも、瞳がそれを全力で阻止しようとする。




眠い。すぅ。すぅ……。



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