#02 今思えばまさかヴェロニカがこんなに猫を被っていたとはッ!!
「えっと、な、なにそのキャンディ・ストラテジーって?」
「わたし達、パーティー・ライオットというVtuberユニットは、これまでチャンネル登録者を集めるために様々なおバカ動画やゲーム実況などをしてきました。まさか知りませんよね?」
「……あ、ああ。初耳だ」
んなわけない。帰宅すれば寝るまで観ているし、一本の動画を何回も見直すくらい好き。パーティー・ライオットのキャラクター三人はどの子もすごくかわいいし、作り込みも細かく、三人のキャラが立っている。
チャンネル登録者数が驚異の280万人超え。
「もうっ!! わたし達を知らないなんてっ! 怒っちゃうぞぉ♪」
「ふはぁッ!」
ヴェロニーがどこかにいた! ヴェロニーの声がした! それはもう、
「ど、どこにヴェロニーがッ!?」
「やっぱり知っているじゃないですか」
「……ふぁッ!?」
「だから、わたしがヴェロニーですって。ヴェロニカ。キャラメル・ヴェロニカ。お分かり?」
まさか、本当にあの『キャラメル・ヴェロニカ』なのか。キャラは当然カワイイとして、中身の声の人がこんな美少女なんてことある!?
それに、よくよく顔を
ああ、逆か。この子の生き写しがヴェロニーなのか。
うんうん。
って、納得している場合じゃねえぞ。
「な、な、ななななな」
「な? どもりすぎです」
「なななん、なんで俺の家に来たんだ? 他にも寝取られた奴なんていっぱいいるだろうに」
「考えても見てください。よし、寝取られた男の人を探そうって言っても、どこにいます? まあ、探せばいるかもしれないですが、あなたみたいな極端な、それも過剰演出で、分かりやすく、まるで映画かドラマ、小説のような、はっきりとした寝取られ人民がいますか?」
「ね、寝取られ人民って。ああ、いねえよ。そんな奴、そんなみっともない奴いねえよ。俺がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったし、ちゃんと就職して、きちんと働いて。もっと、俺がしっかりしていたら、
なにやら胸を押さえ始めたヴェロニカ。深呼吸してなにしてんだ?
「……ふぅ。やっぱり無理。ハル君に嘘なんてつけない。ごめんみんな。ヴェロニカは耐えられません」
ぼそぼそって何か言った。聞き取れないからもっとシャキッとハキハキ話してくれよな。
「小声すぎて聞こえないぞ。何か言った?」
「ああーいえいえ。独り言ですよぉ♪」
顔を上げると、ヴェロニカは薄く笑っていた。はにかんでいるというっていうのかな。
「ごめんなさい。正直に話します」
「……は?」
「あなたの恋人、白井萌々香を寝取った
「つまり、隆介を調べていたら俺に行き着いたってこと?」
「ちょっと違うけど。ええ。
やるせなす。やるせないなんて言葉では収まらない。また、ドス黒いヘドロのようなネバネバした感情が喉の奥でグツグツいっている。
「事実を伝えていいものか、苦心しました。でも、何かしら蒼乃さんの力になりたくて。それで蒼乃さんの家を訪ねようと歩いていたら、蒼乃さんが泣いていまして。その先に葛島隆介と白井萌々香がいたので」
「なんだよそれ。全部知っていたってことかよ」
萌々香が浮気をしているならもっと早く教えてくれてもいのに、なんて思ってしまったが、そもそも、そんな義理なんて彼女にははないよな。
それに、俺がちゃんとした一人前の社会人なら、こんなことは起きなかったのだろうし。
すべて俺が悪いんだ。
「そこで改めてお願いします。キャンディ・ストラテジーを遂行するに当たってあなたの協力が必要なんです」
「で、話が脱線しすぎたが、そのお菓子みたいな名前のそれはなんなんだ?」
「葛島隆介の『ある
隆介の奴、何をしたんだ。
親友だと思っている奴を
いや、萌々香を俺の彼女と知っていて寝取ったんだ。それが親友のすることなのか。
俺が逆の立場なら、どんな事情であれ、そんなことは絶対にしない。
だからといって、復讐して何になる?
萌々香の立場からすれば、就職できない俺に呆れて、一流企業のエリートである隆介になびくのはある意味当然なのかもしれない。
「悪い。俺、やっぱりそういうの苦手だわ。復讐とか誰かを
「えぇっ!? あたしのお願いでもダメなのっ!?」
「そ、そんなヴェロニーの声で迫られても……」
すげえ破壊力だ。ダメだ、脳が麻痺する。
「では、こう考えてみてください。もしここで葛島隆介をなんとかしなければ、あなたのような人が増え続けます。現に、ある人は彼のせいですべてを失いました。この本がすべてを物語っています。もし、考え直していただけるなら、ここに連絡くださいね」
一冊の本と名刺を置いて、ヴェロニカは立ち上がる。
「では、また」と軽くお辞儀をして履きづらそうなブーツを持ち片足立ちしている。
帰っちゃうのか。あのヴェロニカが帰っちゃうのか。
サインとか貰うべきか。
もっと話したい!!
「待て。夜道は危ない。送っていく」
「大丈夫です。わたしには腕利きのボディガードがついていますので」
「そ、そうか」
玄関のドアを開くと、スラッとした細身の、これまた美少女が立っていた。長い髪を一本に縛って、MA-1にタイトなジーンズを穿いた美女。切れ長の目に薄い唇。
ひと目で分かった。
チョコレート・ヴァーミリオン。
その中の人なんだ。間違いない。だって、彼女のキャラにそっくりだし。
本当に『パーティー・ライオット』なんだな。
俺、本当に中身の人に会っちゃったんだな。
「またね、蒼乃さん」
「ああ、気をつけて。ヴェロニカさんとヴァーミリオンさんも」
すると、ヴァーミリオンは口角を上げてこくっと頭を下げた。カワイイというよりもカッコいい女性。そんな感じ。
部屋に戻って、再びテレビをつけて彼女たちのチャンネルを眺める。サムネイルはどれも楽しそうな彼女たちが溢れていて。
そうだ、なんで本なんて置いていったんだ。
本を手にとって表紙を見ると、著者は『あくび丸』。その著者名をマッキーペンで二重線を引いて消した挙句、横に本名が書かれている。
葛島隆介だった。
『移りゆく季節に車輪を漕いで』
あいつ、この本の作者だったのか。
今年の春にドラマにもなった物語だよな!?
確かアニメにもなっている。
早速スマホで検索。
ヒロインの声は……白井萌々香だった。
これは、障碍者になってしまった主人公が、幼馴染のヒロインとともに移ろいで行く季節を過ごす話のようで、号泣するという話題作。
全然知らなかった。そういう接点があったなんて。
みんな大きな舞台に立っているんだな。
ひがんでいる場合じゃねえよな。俺も少し頑張らないと。
風呂にでも入るか、っていうタイミングでインターホンが鳴った。
ヴェロニカが忘れ物でもしたのか。
覗き窓も見ずにドアを開くと——。
白井萌々香が何喰わぬ顔で立っていた。
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