第11話 何もしてないのだが……?


 どうやら、俺はこの街では、勇者ジャスティスとしてかなり有名人らしい。

 まあ、勇者なのだから当然か……。

 ようやく、その視線にも慣れてきた。

 なぜだか道を歩くたびに、俺は見られているような気がするのだ。

 俺たちは今、宿へ向かって歩いていた。

 勇者である俺は、どうやら街で一番のホテルに泊まっているようだった。

 あやうくアランのせいで、その宿泊費を払えなくなるところだったが……さきほどのクエストでまた金が手に入ったから、問題はなさそうだ。

 まあ、ラフィアというメンバーが増えたから、そこは手続きをしないといけないかもしれない。

 人数でいえば、アランが抜けているから同じなんだけど。


 と、そんなことを考えながら、俺たちが歩いていると――。

 ――ドン!

 前から歩いてきた男性と、俺がぶつかってしまう。

 相手はひょろひょろの優男で、俺とぶつかった拍子に、地面に尻もちをついてしまっていた。

 俺はというと、さすがの主人公体型ということで、その場にずっしりと立っている。

 だから俺は、その男性に手を差し伸べた。

 ぶつかったのだから、俺にも非がある。

 それに、起き上がるのに手を貸すのは、当然のことだと思ったからだ。

 だが、男性は、俺が手を差し伸べた瞬間。


「ひ、ひぃっ……!? も、申し訳ございません! 勇者ジャスティスさま……!」


 などと叫んで、目を閉じ、腕で自分の顔を庇う動作をした。

 あれ……?

 なんでこの人、こんなにビビッているんだ……?

 まあ、気の弱そうな人だから、かな……?

 俺も前世では、こうやってびくびくとしていたっけ……。

 そして、上司に気を使って、頭をぺこぺこ下げていたっけな。

 だからまあ、この男の気持ちもわかる。


「大丈夫だ。俺はなにも怒ってなんかないよ。それより、けがはないか……? ぶつかってしまって、悪かった」


 だから俺は、精一杯の優しい声色で、そう言った。

 そう、アランにもしたのと同じようにだ。

 すると、男性は驚いた表情で俺を見上げた。


「あ、あの……勇者さま……怒っていないって本当ですか……!? お、俺……てっきり、殺されるのかと……」

「はぁ……? そ、そんなことしないって……」


 この男性はどこまで卑屈なんだろうか……。

 俺はただ、優しく手を差し伸べて、起き上がるのを手伝おうとしただけなんだが……。

 まさか俺が殴ろうとしているとでも思ったのだろうか。

 だったらかなり被害妄想が過ぎる。

 まあ、なにか事情があるのかもしれないし、まあいいか。


「とりあえず、起きろよ。俺はなにもしない」

「あ、ありがとうございます! さすがは勇者さまだ……、お優しい……!」

「お、おう……」


 あれ……俺は何もしていないのだが……?

 なんでこんなに感謝されているんだろう。

 人にぶつかっておいて、感謝をされたのは初めてだ。

 男性は、なんども俺に頭を下げながら、去っていった。


「はぁ……なんだったんだ? あの男。俺が勇者だからなのか?」


 俺は怪訝な顔をしながら、そう独り言ちた。

 すると、マチルダが。


「まあ、ジャスティスらしくない振る舞いよね……。私も、びっくりしちゃった。意外とああいう優しいところも、あるのね……」


 と、なぜか顔を赤らめながらそう言って。

 俺に腕を絡ませて、くっついてきた。

 おいおい……俺って普段どういうイメージなんだ?

 もっとクール系の主人公なのかな?

 だとしたら、俺には演じ切れそうもないな。

 まあ、俺は俺らしくいればいいか。

 結局は俺が主人公なんだから、好きに生きればなるようになるだろう。


「マチルダは人聞きの悪いことを言わないでください」


 と、ユリシィたんがマチルダに対抗して、俺の反対側の腕をからめとった。

 そして、明らかにユリシィの巨乳に、俺の腕が押し付けられている。

 っていうか、むしろ挟まれている……!?


「私は、ジャスティスが本当は人にやさしくできる子だって、知っていましたよ。当然じゃないですか、だって勇者に選ばれるくらいのお人ですよ? それをマチルダは、ぜんぜんジャスティスのことをわかっていませんね……? 呆れた……」


 どうやらマチルダとユリシィはバチバチににらみ合いをきかせている。

 困ったなぁ……。

 両手に花な状況は嬉しいけど、仲良くしてもらいたいものだ。

 まあ、俺が主人公なんだから、そのうちハーレムルートになるだろう。

 これだけヒロインが序盤から出てきているんだから、きっとハーレムものに決まっている。

 そして、そんな俺を取り合う二人のようすを見てか、ラフィアまでもが俺に引っ付いてきた。

 俺の両腕はふさがっているので、後ろから、首に腕を絡めるようにしてやってきた。


「ジャスティス……私も……仲間はずれ、いや」

「うお……!?」


 俺の背中に、ラフィアの胸が押し付けられる。

 そして、ラフィアが全体重をかけるものだから、さらにその感触が強くなる。

 右にも、左にも、そして後ろにもおっぱいに挟まれて、さすがは主人公。

 役得ってやつか。

 これが主人公じゃないわけないもんな……。

 ますます俺の確信は、ゆるぎないものになる。

 だって、物語のわき役に、こんなハーレム展開はゆるされない。

 もしそんなモブキャラがいたら、俺はすぐに読むのをやめるだろうね。

 物語ってのは、主人公が活躍してなんぼだからな。

 誰も、敵役やモブが美味しい思いをしているところなんて、見たくないだろう。




 

 ――ジャスティス・ルークのカルマ値が、上昇しました。





「ホッホッホ……これはかなり面白いことになっておる!」


 神は興奮して、手を叩きながら言った。

 天使は困惑しながら、たずねる。


「ど、どど……どういうことなのでしょう……!? な、なぜ、ジャスティスはこんなにも褒められているのです……!?」

「それはじゃな、普段の行いのせいじゃろうな。あれじゃ、ヤンキーがたまに優しくすると、褒められるみたいなもんじゃなぁ」


「そ、そんな……理不尽な! 普段から優しい人が褒められるべきです!」

「まあ、そうじゃが……ジャスティスの中の日本人、彼は普段から優しい人間じゃったぞ……?」

「た、確かに……そうですけど……」


 カルマ値の低い人間が行うことと、高い人間が行うこと、同じ行為でも、受け取る側にとってそれは、まったく違った意味を持つ。

 この世界とは、そういう理でできているのだ。


「さあて、これからのジャスティスの快進撃に期待じゃなぁ」

「いいんですかねぇ……。今のジャスティスの中の人……基本的に善人なのでとんでもないことになりそうですけど……」


「ホッホッホ! とんでもないことけっこう! ワシはそれが見たくてこの仕事をやっておる! ジャスティスよ、行けるとこまで行ってくれ! まだまだ楽しめそうじゃわい」

「って……神様ぁ! そんな動機不純です!」


 今回も天界の神は、この展開にご機嫌なのだった。

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