第1-6話 月下の戦い

 私は辰哉たちの最後尾につき、家の近くにある公園に向かう。周りの家には未だ明かりがついており、ちょくちょく街灯もあるため住宅街の道はこんな夜中でも明るい。とは言え私は夜目が効くのであまり意味は無いのだが。

 今、私の左手には髪の毛と同じ菜の花色の鞘をした刀が握られている。前にいるチンピラたちは私のことをさっきからチラチラ見ているが、その目を盗んで出現させたものだ。私は喧嘩には自信があるっちゃーあるのだがステゴロは苦手だし。これは【狐刀「菜の花」】であり、私のためにお母さんが狐の里の鍛冶屋に作らせたものだ。んでこれは中学生の時から愛用している。まぁ刀とは言え特殊な作りのため普通の人に傷は負わせないので大丈夫だ。


「ここみたいだな、公園は。結構広いなー」

「見た感じ誰もいないし、思う存分暴れられそうだぜ」

 チンピラの中でも大柄な方の男が両手を打ち付けつつ気合を入れている。他のメンバーもカンカンと鉄パイプを地面に打ち付け……って鉄パイプまで持ってきてるのか。何というか、もはやここまで行くとおおごとも何もないような気が……もしかして本来はこういうので脅して金を奪う予定だったのだろうかと考えるとさらに嫌な気分になる。


「こんな女っこ、俺が一撃で沈めてやりますよ」

 相手の中で一番大きい体格で最も筋骨隆々な男が舐めた口調で見下してきた。この男、身長190センチくらいない?こいつもサッカー部なのか、どっちかといえばラグビーでは……と思ったけど私の学校にはラグビー部はないんだった。しかもよく見たら手にメリケンサックまではめている。被弾したらひとたまりもないだろうが、なに、被弾しなければ何も問題はない。

「そう?やれるもんならやってみたら?」

 私は未だに舐められているようなので逆にタンカを切ってやる。


 私は公園にある遊具も木も何もない広場に向かって歩き、鞘に収まった刀を左手に持ち自然体になる。すぐに刀を抜けるような姿勢ではないが、この姿勢は敵の攻撃をかわしやすくそこからカウンターに繋げやすいってお母さんが言ってた。

 妖力の制限は既に外れているし、耳尻尾を出してさらに出力を高めなくてもたぶん十分勝てるだろう。


「そういえばあいつ、あんな模造刀なんて持ってたか?しかもあれ、かなりいい見た目してんじゃん」

 やっぱりいきなり刀を持ち始めたことに不審に思われたようだ。何もないところからいきなり出したと分かるといろいろ面倒なことになりそうなので、無理筋でもごまかしてやる。

「い、家の玄関に置いてあったのを持ち出してきたんだよ。夜だからよく見えなくて見落としてたんじゃないの~?」

 正直こんな明るい色の刀を見落とすことなんてないと思うが、どうだろう。

「おっ、そっか」

 あっ、意外とごまかせた。私の刀を不審に思った男が刀から目を離す。


「まぁいい、ぶっ飛ばしちまえば同じだ!」

 さっきの筋骨隆々な男がこっちに向けてこう言い放った。

「そうだな。あの模造刀ごと心もへし折ってやるぜ!」

 辰哉も彼に合わせてこう言い放ってきた。いくら模造刀とは言え金属をへし折ろうなんてどんな剛力よ。これはいくらか気をつけないといけなさそうだ。


「行くぞオルルァ!」

 メリケンサックの男がこう言い放って右腕を引きながら突っ込んできた。そしてよく見ると丁度いい感じにこの男が他のメンバーから孤立している。それを見た私は刀を鞘から抜き、両手で握って正面に構える。これはお母さんが高校生の時に剣術の師匠から習ったらしい型で、どちらかといえばタイマンの戦いに向くらしい。つまりこの男のような孤立した相手を倒すにはうってつけだ。


「どりゃぁ!」

 男がこう叫びながら左下からフックを放ってくる。とても強い風を纏うほどの強力なフックだが、受けきれないほどではない。

「よっと」

 私は刀を横に構えてパンチを受ける。その衝撃で体が少し後ろによろめくがすぐ立て直す。

「なかなか強いパンチだね。言うほどはあるよ」

「褒められても何も出ねぇぞ!まだまだ行くぞ!」


 私をボクシングのような強烈なフックの連撃が襲う。しかしパワーに全振りしているためか連撃のスピードがなく、その間隔はガードをしてから体勢を立て直すのに十分なくらいだ。ただガードの際に衝撃を逃がすのを怠ると最悪後ろにすっ転んでしまいそうだ。お母さんからしっかり剣術を学んでおいて良かったと感じるのと同時にこの男のパンチ力に驚愕する。念のため妖力を目に集めて正体を見破ろうとするが、彼の妖力は彼が人間であることを示している。


「へへん、あいつ宮下の強烈なパンチにビビってますぜ」

「なんとかこらえてるみたいだが、体勢を崩したところに顎に一発入れてKOだ。倒れた後はどうやっていびってやろうかな~」

 そんな会話がメリケンサックの男、宮下というらしい、の向こうから聞こえてくる。ここまで言われちゃやられる訳にはいかない。ここからは反撃の時間だ。


 ガキーン!

「うおっ!」

 メリケンサック男のパンチを刀で受けるときに刀を強く押してやると、メリケンサックと刀がぶつかった衝撃が強まり、相手の体が少し後ろによろける。私の体もある程度後ろによろけるが、私の身体能力ならすぐに体勢を戻せる。

「決めてやろうじゃん?」

 私はそう言うと、相手が体勢を整える前に刀を鞘に納める。そして右腕に力を込めて刀を抜き放つ!

風切一閃かぜきりいっせん!」


 ――その一瞬の後。

 ジャキン!

「ぐぎゃぁ~~」

「うわっ、何だこの風圧は!」

 私がその場を動かずに居合を繰り出すと、刀の衝撃がメリケンサック男を襲い、その余波で生じた風圧が後ろでたむろしていた辰哉たちを襲う。そしてメリケンサック男は向こうに吹き飛んでいき、目を回して気絶してしまったようだ。


 私は刀を抜き放った姿勢から両手に刀を持ち正面に構える基本姿勢に戻る。辰哉たちは私とメリケンサック男を交互に見て唖然としていたが、おもむろに口を開いた。

「こ、こいつ何やりやがった?」

「わ、分からないでゲス……気が付いたらこいつが刀を抜いてて……宮下さんがこっちに吹き飛んできて……」

「キャラ付けの一環かもしれないけど、今どき語尾が『ゲス』なんて流行らないよ。さぁて、次は誰?」

 こう言いながら私は刀を右手に持ってまるで予告ホームランのように相手の方に向ける。かかってこなくて逃げるならそれでいいし、もしかかってくるならみんななぎ倒せば良い。


「あぁそうかよ、だったら全員でかかってやるよ!行くぞオラァ!」

 そう辰哉が音頭をかけると、後ろでたむろしていた全員がこちらに向かってきた。もちろんさっきの語尾が「ゲス」の人もだ。

 さて、正直この型はタイマンには強いのだが範囲が狭い攻撃や隙が大きい攻撃が多く対多数には使いづらい。そこで私は、刀を右手に持ち替え、前方に据える。この型はお母さんが昔とあるアイドルから習ったという型らしい。私はそれにはまだ半信半疑なのだが。


 相手の数は多いが、しっかり一人一人の動きを見ていれば何も問題はない。まず初めに攻撃を仕掛けてくるのは鉄パイプを持ってきた男だ。その男は鉄パイプを左手に、上段に構えて振り下ろしてくる。

「とりゃぁ!」

 私はその攻撃に対応して素早く刀を動かし、持ち手を左上、先を右下に持ってきて防ぐ。刀と鉄パイプがぶつかるカーンと言う音が公園内に小気味よく響く。

 防いだだけで終わる私の剣術ではない。金属がぶつかる衝撃で後ろにのけぞった体を戻す勢いを生かして、刀を翻し左下から右上に向かって斬りつける。

「てりゃぁ!」

 ボゴッ!

「うおっ!」

 刀の攻撃をもろに脇腹に受けた鉄パイプの男は右によたついたあと倒れた。

「まず一人だ!」


 その後ろには3人が向かってきていた。それを視認した私は刀を投げるような格好で手から離し、右足を高く上げる。そしてかかとを刀の鞘につけると同時に妖力でそれらを接着し、姿勢を低くして刀を地面に添わせながら一回転する。そして、相手の足元を払うようにローキックを繰り出す。

「足技・足払い斬り!」


「きゃあ!」「わぁ!」「ぎゃ!」

 足を払われた相手3人が一斉にすっ転ぶ。私の攻撃はそれだけでは終わらず、徐々に立ちながら浮いた相手めがけて右足で連続キックを繰り出す。そして最後に、

「足技・舞踏連閃!」

 強力な回し蹴りで相手を吹き飛ばす。回し蹴りが終わったそのままの格好で刀を右手で握り直して、次の相手に向けて姿勢を整える。

 ・

 ・

 ・

 その戦いはそのまま当然のように一方的になり、

「天蓋突き!」

 最後の相手を突きで打ち倒して戦いは終わった。

「つ……強え……」

 私の周りにはさっきまで散々ボコってきたいじめっ子たちが転がっている。見た感じ病院送りにはしてないはず……大丈夫だよね?一応初めに倒したメリケンサック男も既に意識を取り戻して、街灯に背を預けている。


「さて、これ以上痛い目に遭いたくなければさっさと家に帰ったほうが良いよ。それと、学くんはしばらくうちで過ごすことになったし、お母さんも弟もすっごく強いんだから、いじめなんてやめたほうが、いや、やめなさい」

 私が辰哉たちを見下す格好になったことで、完全に強弱ついた形になっただろう。とにかく、私たちが守っていることを示して彼らにはいじめを躊躇させよう。

「嘘だろ……お前の家は化け物揃いかよ……とにかく、みんなずらかるぞ!」

「あ、あぁ……」

 そう言うと辰哉たちは素早く公園から立ち去っていった。あとに残されたのは私だけだ。


「さーてと、早く帰ってお風呂入って寝よっと、夕方のこともあったし疲れちゃった」

 私も公園を立ち去ろうとしてふと空を見上げると、空には月が煌々と輝いていた。

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