第1-3話 Trust

 私は狐娘の母と人間の父を持つハーフってやつだ。そのため人の耳がない代わりに狐の耳と尻尾が付いているし実際にもふもふ出来る。(私たちは寝るときは抱きまくら代わりにしている)この尻尾は毎日寝る前に整えている自慢の尻尾だ。

 あと有事の時のために母から剣術を教わっているし、妖力電池(私がさっき空中で破いたのがそれだ)や御札の元となる紙と筆(妖力を御札用のインクに変換してくれる優れものだ)を懐に忍ばせている。

 そんな私を人に見せているのが縄と鈴の髪飾りである。これには耳と尻尾を幽体化させてごく一部の人以外には見えないようにする術と、人の耳を形作ったりズボンの尻尾穴を塞いだりする術、そして妖力の出力を抑えることで周りの人から正体を隠蔽する術が刻まれている。(まぁ正式には妖力回路っていうのを刻んでいるのだがまぁ似たようなもんだしどうでもいい)

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 さて、私は今学くんと一緒に教室棟2階にいる。あんなことをした彼が心配なのと、あのままいると通りがかった一般人に見つかってしまいそうなので空き教室に行こうということである。偶然誰もいなかったとはいえ自動販売機に近くて誰かが来ちゃいそうだし。もちろん耳尻尾は見えないようにしてある。

 2年1組の教室の前に来ると……都合のいいことに誰もいない。

「ここで良いかな」

 私たちは教室の中に入ると、それぞれ窓際の席に座る。ここは学くんの席じゃないけど……まぁいいだろう。


「ふぅ……ここに来たらとりあえず」

 私は懐から細長い紙8枚と筆を取り出し、妖力を込めた筆でサラサラと紙に書いていく。そして書き終わった紙を次々と教室の角に投げて貼り付ける。これは人払いの術であり、普通の人は8枚の紙に囲まれた空間内で起きていることを認知できなくなるし、その中に入りたいと思わなくなる。ちなみに万が一外し忘れても2時間すれば勝手に消えてなくなるから安心だ。


「さて、人払いも済んだことだし、学くん、なんであんなことしようとしたの?」

 私は再び狐耳と尻尾を出して尻尾を学くんに差し出し、彼に聞く。飛び降りなんてよっぽどのことが起きなければしないはずだと思うんだけど、そんなよっぽどのことがあったということなのだろうか。


「もふもふ…………彼女、なんだよ」

 彼は私の尻尾をモフりながらあまり言いたくなさそうに話しだした。

「彼女、がどうかしたの?」

「僕には彼女がいてね、いやいたんだよ。サッカー部の、今は2年のマネージャーで、何度も僕のことを気にかけてくれていたんだ」

 気にかけてくれた人、ねぇ。もしかしてその人が奏さんが言っていた人だったりするのかなぁ。


「その子が、……いややっぱ言えないな」

 私はそんな事を言った学くんの手をさっと取り、両手で包み込む。

「何でも言ってよ。私は誰にも言ったりしないからさ。しかも言ってくれれば全力で学くんのことを守るよ。実は新聞部から依頼を受けてね」

「えっ、新聞部から!?」

「大体のことはそこから聞いたよ」

 彼は下を見てゆっくりと話しだした。


「まぁ知ってるとは思うけど、僕はサッカー部のみんなにいじめを受けているんだ」

「うん」

 今は相槌を打って聞くだけに徹する。

「それでシュートの的にされたりとか、ノートを破かれたりはまだ軽い方で、ひどいときは勉強料とか部費とか言って家まで押しかけてお金を取ったりするんだ。僕の家は共働きで、お金だけはあるのが分かっているから親がいないときを見計らって来るんだ。」

「うん……」

 聞きながら私も気が滅入ってきた。ここまでひどいいじめがあったなんて、文芸部で聞いたときまで夢にも思わなかった。


「そして彼女の話に移るんだけど……いじめられている時に守ってくれたり、怪我の手当をしてくれたりした子がいるんだ」

「ほう」

「それで、今日の朝、下駄箱に彼女からのラブレターが入っていたんだ。それで放課後、部活を早めに切り上げて待ち合わせより早めに待ち合わせ場所に行ったら……うぅ」

 学くんの目から少しだけ涙がこぼれ落ちてきた。そこまで悲しい出来事があったってことか。

「それで、何があったの?」

 私はお母さんが子供をあやすような調子で話しかける。今言うことではないが、なんかこうすると母性をくすぐられる感じがする。

「その子が、いじめの主犯格である辰哉からお金をもらっていたんだ!その後聞き耳を立てていると『俺たちがいじめをしやすくなるようにしてくれてありがとうな』とか『私に恋心でも抱いているんじゃないのあの子、嘘だとも気づかずに』とか言っていたんだ!」

「それは……酷い話ね」

「それを知っちゃったから屋上に行って」

 涙の量が増えてきたのを見て私はもういいよ、と彼の体をこちらに引き寄せる。

「もうそれ以上はいいよ、しばらくは私の尻尾に体を預けてて」


「うん、狐の同級生さん」

待夜たいや夕華ゆうか

「えっ」

「夕華さんって呼んで」

「……うん」


 さて、これからどうしようか。と思っていると、突然私のスマホが鳴った。開くとお母さんからメッセージが来ている。

『今日遅いけど、何かあったの?晩ごはんがいらなくなりそうなら言って』

 時間を見るともう6時くらいになっていた。いつもは5時半くらいに帰るから、そりゃぁこんなメッセージも送ってくるでしょうね。

「『もうそろそろ帰ります、ごはんは作ってください』、と」


 そういえば学くんとはSNSで友だち登録をした方がいいかなーと思い、スマホを開きつつ言う。

「学くん、とりあえずSNSで友だち登録しあわない?そうすれば何があってもすぐ連絡取り合えるし、会う約束も出来るしね」

「うん、そうだね。もう帰る時間だし、連絡先交換して帰ろう」

 しかし、そう言う彼の顔はちょっと下を向いている。


「どうしたの?そんなにしょぼくれた表情をして」

「実は僕の家、共働きで、しかも昨日から1週間位両親とも出張なんだ。そういえば昨日も辰哉に家まで押しかけられてたなぁ……」

 なんか嫌なことを思い出させてしまったようだ。すぐにフォローしないと……


「じゃさ、両親が帰ってくるまでうちに泊まったら?それに、学校に行きたくなかったら家で授業受ければいいし。寝る場所だけはないんだけど、それはどうにかなるって!」

 家に男の子を泊めるのには若干抵抗があるので少し顔をそらしながら言ってしまったが、って、私何を言ってるの!?フォローにしたって一人にさせたくないからって何て提案を……顔が真っ赤になってしまったのが自分でも分かる。

「ん、だったら一旦両親に連絡取ってくる。『いい』って言ったら夕華さんの家に泊まりに行くよ。ついでにいじめのことも言おう」

「えっ、あっ、うん、それが良いよ。って、いじめのことは両親は知らないの?」

「うん。二人とも仕事で忙しいかなと思って言ってなかったんだ。でも夕華さんの家に泊まって学校も休むんだったら理由を言ったほうが良いかなって。あっもちろん夕華さんの正体は隠すよ!」

 そう言って学くんはスマホに目を落とした。


 結果が出るまで待ちになってしまったので彼のことをじっと見る。こういう時は普段はスマホで遊ぶんだけど、何故か彼から目が離せなくなってしまった。目が髪で隠れていてよく見えないが、どっちかといえば小動物寄りのイケメンだ。なんか原初の庇護欲を掻き立てられそうな、そんな感じの男の子だ。


「良いって。」

「え?」

 さっきから学くんのことをじっと見ていたが、彼の言葉ではっと気づいた。やば、あんなにまじまじと見るなんて、私どうしちゃったのかな。

「待夜さんのところにしばらく泊まっていいって。それで学校を休むっていう連絡はお父さんからするってさ。自分でするって言ったのにね」

「そうなんだ。じゃまず君の家まで一緒に送るよ。目を離したら何が起きるか分かったもんじゃないから。そして準備が終わったら一緒に私の家まで行こう」

「そうだね。それじゃ一緒に」


 そうして立ち上がり2人で学くんの家に行こうとしたとき、彼は自分の席に目をやった。

「どうしたの?」

「そういえば、これの始末を付けなきゃいけないな」

 そう言い、彼は自分の席からラブレターらしきものを取り出した。そうしてそれを、

「こうしてやる!こうしてやる!(ビリビリ」

 ビリビリに引き裂いた。確かにあんなことを言われればそうもしたくなるよね。そうして破いたラブレターを彼はポッケにしまった。

「さて、あとはこれをゴミ箱に捨てるだけだ。それじゃ行こうか夕華さん」

「そうだね」

 そして私たちは帰路へと向かうのであった。

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