第1-2話 桜の花にまみれて

 私は奏さんと別れたあと、荷物を持って教室棟2階に歩いてきた。確かにあんな写真を見せられちゃ断ることも出来ない。いつ撮られたものか分からないけど、私も一般人に見られないように油断せずに気を引き締めなきゃ駄目だね。とりあえず帰る前にどんないじめが行われているかが分かりそうなものを2年1組の教室に行って集めることにしよう。それによってどこまで罰を与えれば良いのかが変わってくるし。


 2年は1~5組が理系、6~7組が文系という区切りになっている。1年生のうちは文理で分かれていないので、3月のうちに文系と理系どちらに進むかを答えてその後にクラス分けをする形になる。


 さて2年1組の教室に入るとそこには誰もおらず、みんな部活に行ったり家に帰ったりしていることが分かる。ふと時間割を見てみると「物理」とか「化学」とか「数学Ⅱ」とかの教科が踊っている。私は1年のナントカ基礎とか数学ⅠAですら危うかった(一応勉強はきちんとしていたので補習に呼び出されたことはない)のだから基礎が取れたものとか数学Ⅱとかは私にはとても難しそうだ……。


 さて学くんや辰哉の席を探したいのだけど、どこにも目立った感じの席が見当たらない。漫画とかだと机の上に「バカ」とかなんとか書かれてたり花が置いてあったりとか分かりやすいけど。辰哉はいじめを気づかれないようにするのを重視しているのだろう。


 さて、依頼を思い返してみると、いじめを大事おおごとにせずにやめさせるって、そんなのいじめている人全員を学校裏に呼び出してボコボコにして「もうやめろ」って言うぐらいしか浮かばない……けどそんなことしたら別の意味で大事おおごとになってしまうなぁ。とはいえ私には交渉ができるような頭の良さはない。いや、交渉になったら奏さんが間に入ってくれるかなぁ。

 と思っていると私の目の前の席に何か白いものが入っていることに気づいた。気になったので見てみると、それは白い便箋で、表面に「学へ」と可愛らしく小さい文字で書かれていた。これは……学くんへのラブレターってやつ!?そう思った私はすぐに元の席に戻した。私がこんなものを読む訳にはいかない、このことは忘れてしまおう。


 ちょっと待った。とするとここが学くんの席なのだろうか。そう思い再び机の中を覗いてみると、中にはルーズリーフを入れるファイルが残っており、その表紙には「数学Ⅱ 大森学」と書かれていた。やはりここは学くんの机だ。とはいえ私の机とは違って変なものは入っていない、せいぜいこのファイルとルーズリーフの束くらいだ。ここをこれ以上探っても意味は無いと思い椅子をしまって離れる。


 そういえば後ろのロッカーはどういう感じになっているだろう、と思い教室の後ろを見てみる。この学校の個人用ロッカーは扉付きであり、盗難が発生しないように3桁のダイヤル錠で鍵がかかっている。このダイヤル錠は年度の終わりに一旦解除され、年度の始まりに全員で一斉に番号の設定をすることになっている。一応番号を忘れた時のために鍵でも開けられるが、その鍵は担任の先生しか持っていないのでなるべく番号を忘れないほうが良いだろう。私も番号はスマホに保存してある。

 教室の後ろにあるロッカーもきれいなもので、落書き1つない。そういえば番号とか教えてもらってないし私が開けられるものじゃないしそっとしておこう。

「ここに来ても収穫なしか。じゃ今度はサッカー部に行ってみようかなぁ」

 私はそう独り言をしてサッカー部の方に向かった。


 この学校にはメインの教室が入っている教室棟・文芸部の部室になっている物理実験室や情報の授業などで使われるパソコン室などが入っている実習棟の他に運動部の部室が入っている部室棟がある。ただ私は運動部ではないので部室棟に入ったことはあんまりない。

 私はそこに入りサッカー部部室の場所を確認してそこに向かった。壁の上の方にかかっている時計を見ると今は午後5時過ぎ、もう部活は終わりの時間だ。


「お邪魔しまーす」

 サッカー部の部室の扉を開けて中に入ると、そこにはこれから帰るところらしき5人の部員がいた。しかしその中には2人の姿はない。

「あれ?見かけない顔だけど、入部希望かい?申し訳ないけど仮入部は来週からなんだ、顔は覚えておくからその時にまた声をかけてくれるかな?」

「いや、この子は待夜さんじゃないか?体力テストで凄まじい成績を出したにも関わらず文芸部に入っている変人」

「なるほどこの人が待夜さん、話は聞いたことがあるぞ」

 運動部には顔を出したことなかったから知らなかったけど、私はその中ではそんなふうに言われてるの?傷つくなぁ。


「いきなりお邪魔してすみません、この中に…(どうやって聞こう、あっそうだ)…高附さんはおられますか?私は新聞部に雇われた者ですが」

 嘘は言っていないが、勝手に勘違いしてくれれば万々歳だ。ついでにそれっぽく見せるために私は鞄からシャーペンと生徒手帳を取り出す。

「あぁ、彼なら今日は予定があるからって1時間前に帰ったよ」

「そうですか、あっでしたら」

 私がそう言いかけたとき、奥にいた人がベンチの上にあったハンカチを取り上げた。

「これ大森さんのハンカチじゃないか?ほら、タグに『大森』って油性ペンで書いてある」

 学くんのハンカチ!これがあれば彼に話を聞く大義名分が出来る!


「そのハンカチ、せっかくなので私に返させてください。えっと……彼は高附さんと同じクラスだとお聞きしているので彼に聞くついでに返そうかと思います。あっついでに洗っておきますよ」

「同じクラスの人は……みんな帰っちゃったか。仕方ないなぁ、じゃこれは待夜さんに任せるよ」

 そう言われて私はハンカチを渡された。青くてサッカーボールの柄が入っている。ん?見た目では分からないけどよく匂いをかぐと血の匂いがするな、これで血を拭くことがあったのだろうか。


「それでは、今日はありがとうございました」

「お役に立てなくてすまないね。それではまた」

 私はサッカー部部室の外に出てその扉を閉めた。


「さて……と」

 部室棟を出た私は左手に学くんのハンカチを乗せる。そしてその上に右手を重ね、静かに目を閉じた。正直彼のルーズリーフに対してやればいいと思ったが、ハンカチを見て初めて思い浮かんだんだから仕方がない。とりあえずその中にこもっている彼の残留妖力に集中し、それを元に周りの妖力を探る。すると、実習棟の3階に彼の反応がある。その方向に意識を向けたまま静かに目を開けると、反応を視界に留めたまま目を開けることができた。

「とりあえず学くんに話を聞いてみようか」

 と私はその方向に駆け出していった。


 彼の妖力反応を追っていくと、実習棟の屋上に続く扉にたどり着いた。この学校では屋上が常時解放されている代わりに屋上にある柵が結構高い。小中学校ではそんなことはなかったからこういうのも自由な校風というのだろうか。転校してきたクラスメイトも屋上が開いていることについては珍しいって言っていたし。


 とりあえず話をするためにガチャリと扉を開ける。すると飛び込んできたのは、私がいるところとは反対側の柵の向こうにいる学くんの姿だった。えっひょっとして飛び降……

 ――そう考えた瞬間、私は彼に向かって駆け出していった。


「ダメーーーーーーッ!!!!」

 私が駆け出し始めると同時に彼の体が少しグラつくのが見えた。こうなると妖力に制限がある状態では間に合わないだろう。そう考えた私は右の髪飾りに右の人差し指と中指をかけ、妖力隠蔽の術式を外す。そうすると体から周りに妖力が滝のように流れていくのを感じた。それにより私の足の速さが人知を超えるレベルまで速くなるが、しかしそれでもまだ速さが足りないように感じる。

 そこでもう一つ、妖力ポリゴンと体の一部の幽体化を切る。すると私の人耳が少しづつ光の粒となって消え、同時に頭の上に狐耳が、尾てい骨の辺りにもふもふとした尻尾がまるで蜃気楼のように現れる。両方とも私の髪と同じ菜の花色だ。

 妖力ポリゴンの維持に使われていた出力が自由に使えるようになったことにより、更に足が速くなる。そして柵の10メートル前までたどり着くと、それを越えるようにジャンプする。その天辺に両手を掛け、鉄棒の大車輪のように奥の方に跳ぶ。


 ここで下を見ると、学くんの足は屋上の角から離れようとしていた。ここまでになると屋上の端っこに立って引き戻すのは難しいかもしれない。となるとプランBだ。

 私は空中に妖力で足場を作り、それを下方向に勢いよく蹴る。すると一瞬で学くんが落ちる速さよりかなり加速する。彼を横目に見つつ、私はショートパンツのポケットから御札を取り出し、それをその切り取り線に沿ってちぎる。すると、その中に封じられていた妖力が私の体を纏う。私はその妖力をお尻の方に込めて集中すると、ポポポポポポポポンと8本の大きな尻尾が飛び出てくる。ただ私は一尾なのであくまでこれは本物ではなく、人耳を形成していた技術のちょっとした応用だ。ただ、うーんやっぱり人力でやると妖力のロスがでかいし負担も大きいなぁ。10秒持てば良いほうだがまぁそれでもクッションにするには十分な長さだ。9本の尻尾を纏った私はそのまま地面に向けて落下した。


 ぼふっ    ぼふっ

 私と学くんはともに尻尾の上に落ちる。私も地面に落ちた痛みはないし、見たところ学くんも怪我はない。あー良かった、と思うと同時にさっき出した8本の偽尻尾が光の粒となって消える。

「あー良かった、さっきはどうなることかと思ったよー」


 そう言い終わると同時に学くんが目を覚ます。

「ん……痛くない……」

 彼に関してなにか危険を感じ取った私は、彼の目の前に自分の尻尾を押し付ける。

「これでももふってて!放っておいたら何しでかすか分からないから!」

「うわっぷ!」

 それと同時に私たちのところに風が吹き抜け、桜の花が散り、私たちは花びらまみれになった。


「正体、隠しておきたかったんだけど。まぁ仕方ないか。」

 ――ということで私の正体は人間と狐娘のハーフだ。

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