砧と仙術


(一)


 子どもの頃から、お二人の仲睦なかむつまじい姿がうらやましかった。

おれは歳が近い松之助様をお慕いしていた。

このあたり女子おなごなど比べものにならないほど愛らしかった。

久しぶりにお会いした松之助様はふっくらとした丸顔から、面長おもながに変わられた。

背も高くなり、凜々りりしくなられたけれど、はにかんだような笑顔が相変わらず愛らしい。

でも、何やら目に光りが無い。

すぐにふさぎこんでしまうから、元気になっていただきたい。

おれは、松之介様が寂しがっているに違いないから、話し相手になろうと思い、秋重様に願い出て一足早く帰って来たのだ。


 今宵も松之助様とおれは、秋重様の部屋のしとねの上できぬたの前に座り、棒に巻き込んだ布を上から木槌きづちで「こーんこーん」と打っている。

秋も終わりに近づき、そろそろ寒い冬がやってくる。

秋の夜長に褥の上で男子が二人並んで砧を打つというのは、奇妙な光景かもしれん。

砧という道具は想像していたよりも幅が狭くて小さい。

腕や肩が時々触れ合うから、松之助様の熱が伝わる。

おれの胸の鼓動が聞こえてしまいそうだ。

今までは遠くから、物かげから見つめるだけだったのに、こんなに近づけるなんて夢のようだ。

時々、頬にかかかる松之助様のため息や、おれを見る色っぽい流し目に、体の芯が熱くたけってくる。



(二)


 三日目の夜、無言で砧を打つことに絶えきれず話しかけた。


「松之助様、この布はこれまでにどれだけ打ったのですか。すっかり柔らかくなっていますよ。何やら布が薄くなってしまったように思えます。穴があくのではないでしょうか」

「これまで何千回も何万回も打ったからな」

「力が強すぎるのではありませぬか。里の女子衆はもう少し手加減して打っているのでは」

松之助様の切れ長の目に濃いまつげが影を落とす。


「穴があいてもかまわぬ。わしは砧の音を兄上の耳に響かせたいがためにやっている。良い音を届けたい一心だ。秋の風に乗って都へ届くはず。砧の音にわしの想いが込められている。いや、待てよ。たしかに穴をあけてはいかんな。布が破れるのは不吉だ。夢が破れるということになる。兄上に砧の音を聞かせつつも、心地よく眠っていただかなければ意味がない。明日からは、別の新しい厚い布を打つことにしよう」

寂しげな笑みを浮かべた。


古里ふるさと軒端のきはしの松も心せよ、おのが枝々に嵐の音を残すなよ、今のきぬたの声添えて、君が其方そなたへ吹けや風」

朗々と松之介は歌った。


「松之介様も歌われるのですね」

「わしにも風流心ぐらいある」

「はい、この夕霧丸の心に深く染み入りました」


 風に乗せて砧の音を届けたいけれど、目覚めさせたくはないんだな。

なんと優しいお心づかいだろう。

こんなに想われている秋重様がうらやましい。

衆道とは、かくも一途なものなのか。

いや、松之助様は誰よりも純粋なのだな。


「わたしは春の都で、花の下連歌会という宴に行きました。そこで出会った法師が、遠く離れた思い人へ音や声を伝える仙術せんじゅつを教えてくれました。その法師は、明国へ渡って仙人修行してきたと申しておりましたから、おそらく効き目があるのではないでしょうか」

夕霧丸が目を輝かせて話す。


「何、そんなじゅつを知っているのか」

「はい、松葉を使います。試してみますか。もし、よろしければ支度したくととのえます」

「なんと、その術は誰でもすぐに使えるものなのか」

「はい、こちらの館には立派な古い松の木がありますし、今宵は月の輝く夜。まさに仙術を用いるのにはうってつけでございます」

「よし、頼んだぞ」

「はい、承知いたしました。ここに何か器はありますか。小さい器でかまいません。少し深さがあったほうがいいです」


 夕霧丸は月明りの下、夜の庭へ走って行った。

松の古木の下で、手を伸ばしてぴょんと飛ぶ。

何度も跳ねる影がうさぎのように見える。

とがった松葉を二十枚摘む。


 秋忠の部屋の片隅には宴で使う素焼きの小皿<かわらけ>が数枚置いてあった。


「兄がいた頃はこの部屋で月を愛でながら、二人寄り添って宴をしたものだ。過ぎ去りし日は、どうしても帰らない」

深いためいきをつく。


「お待たせいたしました。松之助様のお歳と同じ二十枚の月光を浴びた松葉を採ってまいりました。これを松之助様のあれに一晩浸します。そして丸一日に陽に当てて乾かします。その浸した松葉を燃やしながら、砧で衣を打つのです」


「なんと、そうすれば兄上の耳にわしの砧の音が届くというのか」

「はい、さようです。ここ九州から京都は遠いですから、砧の音をお聞かせするには仙術を用いるがよろしいかと思います」

「それもそうだな。ところであれに浸すとは、あれとは何だ。酒か」

「いえいえ、酒ではありません。あれとは、言いにくいのですが、えーと、松之助様の白い涙をこちらのかわらけに入れてください」

「白い涙とは、何のことだ」

「あの、よろしかったら、お手伝いさせていただきます。下帯を取って小袖をまくって、ここに仰向けに寝そべってくださいませ」


「無礼者、おまえはわしをはずかしめるつもりか。白い涙とは精水のことか。いくら又従兄弟またいとこでも許さん。わしに触れるな」

顔を赤らめながら怒る。


「いえいえ、まさか辱めるつもりなどありません。ただ、」

「ただ何じゃ」

「わたしは松之介様を幼い頃からおしたいしておりました。筑前一の美少年の親戚だと思うと誇らしかった。衆道の契りで結ばれた秋重様がいらっしゃるのは承知しておりますが、ただ一度だけでいいのです。わたしにも情けをかけてくださいませ。お願いいたします」


 部屋から逃げ去ろうとする松之介の腰に飛びつき、すがりつく。

二人は相撲でもとっているかのように、互いの帯を掴もうとしてしばらく揉み合っていた。

夕霧丸は見かけによらず強かった。

松之介は足をすくわれて、床にどすんとひっくり返る。

褥の上の砧も、だんと音をたてて倒れた。


「むっ、わしより体が小さいくせに見事な体術」

腹の上に馬乗りになった夕霧丸を、もがきながら悔しげに見上げる。


「松之介様、どうか一生のお願いです。今宵はわたしを秋重様だと思って御身おんみゆだねてください」

「何だと、歳若い者に身を委ねることなどできない」

そうは言ったものの、夕霧丸の激情に燃える目に射すくめられて、松之介は観念した。


「あい、わかった。もういい好きにしろ」

「ありがとうございます」


長い口吸いが繰り返された後、夕霧丸の手は執拗に松之助の体をまさぐり始める。

帯を解かれて下帯も外されて、あっという間に裸にかれた。


「松之助様、立派なお刀をお持ちですね」


松之助が、白い涙を搾り取られてぐったりと褥に身を投げ出していると、えもいわれぬ異国の花のような果実のような妖しい香りが鼻の奥をくすぐる。


「まさか、それは」

「都で手に入れた、香り高い丁字の油です。お好きですか」

「うむ、嫌いではない」

「それは、よかったです。たっぷり塗って差し上げます」

一寸ほどの小瓶を手に無邪気な笑顔を見せる。


松之助は仰向けのまま足を頭まで上げさせられ、体は二つ折りにされる。

「ひゃー、苦しい。わ、わしをどうするつもりじゃ。嫌じゃ、こんな恥ずかしい姿」


夕霧丸は容赦ようしゃ無く松之助を上から押さえつける。

「松之助様は砧で、わたしは木槌」














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