7
そこに突然、サミアが現れた。無から急に姿が出てきたのだ。耕太は「ひゃっ!」と言って、身をすくめた。サミアの後からまたも誰かが現れる。ジンだ。
「ジン!」
耕太は立ち上がってジンのそばに寄った。「ジン、えっとね、もうサミアから教えてもらってると思うけど、ひいおじいちゃんは死ななくてよくて……」
「ああ、サミアから聞いたよ」
現れたときは硬い表情だったが、耕太を見てジンの顔がほころんだ。「よかった。これで私の父は助かるし、私も君の曾祖父に手をかけずにすむ」
「うん」
それに――そうだ、このへんてこなループの原因も明らかになったのだった。耕太はジンに話した。芽衣が魔法使いだということ。そして芽衣の魔法によって、自分たちは8月28日にいるのだということ。
「そうか、彼女だったんだ――!」耕太の話を聞いて、ジンは言った。「芽衣だ。彼女は最初から一緒に夢の中にいた。恐らく彼女の魔力によって私の作る夢の世界が不安定になり、上手くコントロールできない出来事が起こっていたんだ――」
「それで、芽衣は大丈夫なの? 僕らはこのループから抜け出せるの?」
耕太は環に訊いた。環は耕太を安心させるようにほほえみ、言った。
「抜け出せるわ。芽衣も大丈夫。私がなんとかしましょう。夜になれば――芽衣が寝てしまえば少し隙ができるわ。そこから彼女の夢の世界に入りこんで、問題を解決しましょう」
耕太は呆気にとられて黙った。夢の世界に入るって――おばあちゃんも魔法使いなんだ。魔法使いだから、そういうことが簡単にできるのかなあ。
けれども、希望が出てきた。ループから抜け出せる。そして、ジンのほうの問題も解決した。全てがすっきり片付いて、上手くいきそうだ。耕太は嬉しくなった。さっきまでの嫌な気分がどこかに行ってしまった。
「ジン」耕太はジンを見上げた。さっきけんかしたばかりなので少し照れくさい。謝っておくべきだろうか。けれども――なんだか恥ずかしい。
そこで耕太は別のことを言った。
「あのさ、天ぷら持っていったんだけど、僕が食べちゃった。ごめんね」
「いや、いいんだよ」ジンが笑った。相変わらず魅力的な笑顔だった。「昨日すでに食べてるし」
この世界の人間の好意や愛情というものが、魔界の人間にとって魔力になるんだ。耕太はジンの笑顔を見ながら思い出していた。ジンは魅力的で――それはそのほうが魔界人の得になるからそうなのだろうか。上手いこと罠にかけられているようなものなのだろうか。
でもそれでも別に構わないかな、と耕太は思った。気持ちが大らかになっている。それにやっぱり、ジンのことが好きなのだ。
「あの! お腹空いてない!?」
耕太は昨日、ジンが元気がないのは空腹が原因ではないかと考えたことを思い出したのだ。元気のない理由は判明し、それは空腹のせいではなかったのではあるけれど、耕太は一応、そう尋ねてみた。
「おなか?」ジンが腹に手をあてて首をひねる。「いや、空いてない」
「でも、こちらに来てからあまり物を食べてないし」
「魔物は多少食事を抜いても大丈夫な生き物だし、人間界の食べ物は空腹の足しにはならないから――それに、魔界の食べ物を時々サミアに持ってきてもらってたんだよ」
「そうなんだ」
ほっとして、と同時になんだかおかしくなって、耕太は笑った。ジンも笑う。二人で一緒に笑って、けんかをしたことが洗い流されるようだと耕太は思った。
そうした後、ジンは真顔になり、環に尋ねた。
「私の父が置いていった魔力はどこにあるんだ?」
「箱に入れて閉まっているわ。明日になれば――この事態が解決して、無事、29日になれば、あなたに渡しましょう」
「ありがとう」
環の言葉に、ジンは安堵の笑顔を向けた。
明日になれば――。環のこの言葉を、耕太は頭の中で繰り返す。明日になるのかな? ちゃんと29日がやってくるのか――。ううん、大丈夫。きっと、おばあちゃんがなんとかしてくれるはずだ。
小柄な環が、いつになく頼もしく見えた。
――――
夜になり、就寝の時間となる。今日、判明した事柄を、耕太は兄弟たちにさっそく話した。ひいおじいさんのこと、ジンの父親のこと、そして芽衣のこと。おばあちゃんは魔法使いで、僕らを救ってくれるということも。
だからもう、心配することなんてないのだ。眠って起きてみれば、29日になっている。兄弟たちは、そしてジンも布団に入り、いつも通り、みんなすぐに寝ついてしまう。
けれども耕太はそうはいかなかった。目が冴えている。
暗闇で目を開ける。おばあちゃんは大丈夫だって言ってた。僕はおばあちゃんを信じてる。だから――眠ってしまえばいい。なのに眠気がやってこない。
耕太は目を閉じた。芽衣はなんで時を止めたのだろう。おばあちゃんもわからないって言ってた。理由は明らかになるのかな。それにしても芽衣ってすごいな。元々、勇敢でしっかりしてて落ち着いてて、すごい女の子だなって思ってたけど、まさか魔法使いだったなんて。それもこんなに力が強い――。
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