5
「盗み聞きをするなんて、趣味がよくないわ」環は、白い顔の男に声をかけた。「逃げないのなら放してあげてもいいけど」
「逃げませんよ」
「じゃあ、フカシギ、放しなさい」
環に言われた通り、フカシギは男の身体の上から手をどかした。男は渋い顔をして、立ち上がった。服の乱れを直している。
フカシギはみるみる縮んでいった。というより、元の大きさに戻ったのだ。普通サイズの猫。尻尾の短い、どこにでもいるごく普通の三毛猫が、ちょこんと畳の上に座って、こちらも服の乱れを直すかのように毛づくろいをした。
「……あの……この人は誰……」
非常に混乱しながら、耕太は環に尋ねた。けれども答えは環からではなく、直接男から返ってきた。
「わたくしはサミアと申します。殿下の――あなたがたが、ジンと呼んでおられる方の従者でございます」
「あ、そうなんだ……」
ジンは魔界の王子だった、と耕太は思った。だったら、従者くらいいるかもね。ひょっとして、ジンの布団などを持ってきたのもこの人なのかしらん……。
「あの! おばあちゃん!」
耕太は環を見た。祖母はどこまで知っているのだろう。そもそも祖母は何者なんだ? 「おばあちゃん、魔物がいるって言ったけど、それがさっきこの人が言ってたジンって魔物で、それで……」耕太はそこで言葉を失い、祖母をじっと見つめた。「おばあちゃんって――何者なの?」
「私は魔法使い」堂々と環は答えた。「あなたのひいおじいちゃんも魔法使いだったでしょ? 娘の私もそうなの。そして」そう言ってフカシギに目をやる。フカシギは毛づくろいをやめて賢そうな瞳で環を見上げた。「これは私の使い魔のフカシギ」
「う、うん……」
曾祖父だけでなく、祖母も魔法使いだった。まあ魔物がいるのだから、魔法使いだっているのだろう。
それも複数。あまり珍しくないのかもしれない。
「おばあちゃんは……ひょっとして、ジンを知ってるの?」
「知ってるわよ。今うちに居候している綺麗な顔をした男性の魔物でしょ」
「ジンのこと、見えるの?」
「見えますよ。私は魔法使いだから」
拍子抜けしてしまう。何を言えばいいのか、何から尋ねればいいのかわからず、少しの間、耕太は黙っていた。けれどもすぐに大切なことを思い出す。
「おばあちゃん! ジンは――ジンは悪いやつかもしれないんだ!」
「悪い方ではございませんよ」
横からサミアが口を出した。けれども耕太はそれを無視する。サミアはジンの従者なのだから、もちろんジンの肩を持つだろう。
「ジンはひいおじいちゃんを亡き者にしようとしていて、それはひいおじいちゃんの体内にある魔力が必要だから――ああ、でもさっき考えてたんだけど、なんだか話がおかしくて――」
「私の父が、昔、魔界の王子と仲良しで別れ際に魔力をもらった話は知っているわ。でもそれは父の体内にはないのよ」
「……へ?」
「ないの。最初はあったんだけど、父はそれを取り出してしまったの。身体の外にね。父は魔法使いだからそういうことができたのよ。魔界の王子は――いつでもすぐにその力を使えるようにと、体内に埋め込んだのでしょうけど、この世界で生きてるとそんなに魔法を使う機会って、ないのよ」
「やはりそうだったのですか」隣で、サミアが頷いた。「わたくしどもの調査した通り」
サミアは大人しく座って、さりげなく耕太と環の会話に加わってくる。耕太はとりあえずサミアを無視して、環に尋ねた。
「じゃあ――じゃあ、その魔力とやらはどこにあるの?」
「箱に入れてしまってあるわ」
「じゃあ――それをジンに渡せば、ひいおじいちゃんは死ななくていいんだ!」
「そういうことになるわね」
耕太は笑った。目まぐるしくいろんなことが起こって、いまだに上手くついていけてないけど。でもジンはひいおじいちゃんの命を奪わなくていいんだ! これって、僕にとってもひいおじいちゃんにとっても、ジンにとってもいいことじゃないか!
「ジンにそのことをすぐ知らせて――」
「わたくしがお呼びしてきましょう」
サミアが言った。耕太はサミアを見て、おずおずと呼びかけた。
「――サミア、さん」こう呼ぶのが正しいのかわからないが、他にどう呼んでいいいかもわからない。「サミアさん、さっき、調査の通りって言ってたのは……」
「わたくしどもがこちらにやってくる前は、魔力はあなたのひいおじいさまの体内にあるとみなが思っていたのですよ。けれどもわたくしたちは、殿下ももちろん、あなたのひいおじいさまの命を奪うことにためらいがあった――。そこで何か他の方法がないかと調査をすることになり、そして判明したのでございます。魔力はすでに体内にない、と」
「そのことを、ジンは知らなかったようだけど」
面食らいながら耕太が言った。サミアは涼しい顔をしている。
「お知らせしていないのでございます」
「なんで?」
「そう――なんと申しましょうか、これは王となるための試練――父を助けるためには何者かの命を奪わねばならず、けれどもそれを拒めば父が亡くなるかもしれず、そういった葛藤の中にあって最良を模索しようとあがくことが、殿下の心を鍛えることになり――」
「いや、早く教えてあげたほうがいいと思うよ」
呆れながら耕太は言った。ジンも辛そうだった。悩んでいるようだった。なので早く楽な気持ちにさせてあげたい。耕太はサミアを見たが、相変わらず涼しい顔で、魔界人ってやっぱりちょっとこの世界の人たちとはずれたところがあるのかなあ、などと思った。
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