4

「道が歩きやすくよかったわね」


 芽衣が言う。芽衣の言葉の通り、細く歩きやすい道が、四人を導くように続いていた。「倒木を越えて、道なき道を行く、みたいなことにならなくて」


「本当。これってけもの道ってやつなのかな」

「それもあるかもしれないが、そもそもここは夢の世界なんだ。現実とは違うし、私たちに都合が良いようにできてるんだよ」


 しんがりからジンが声をかけた。先頭が翔、続けて芽衣に耕太、ジンという順番で歩いている。


「あっ! なんかいた!」


 翔が声をあげた。耕太が翔の視線を先を見る。シダの葉が、少し揺れているように思う。が、生き物の姿はなかった。


「さっき、なにかが通り過ぎていったんだよ! そんなに大きくなくて……」翔は振り返り、手で大きさを示す。猫くらいのサイズだ。「少し暗い色をして、毛が生えてた!」


「毛?」

「羽毛だったかも」

「羽毛恐竜!」


 耕太が声をあげる。「なんだろう、始祖鳥かな」


「始祖鳥は鳥だろ」


 たちまち翔が否定した。


「そうなの?」

「名前に『鳥』がついてる」

「まあそうだけど」

「名前に『鳥』がついてる生き物は鳥なんだよ」

「そうなのかな」

 

 そんなことを言いながら四人は歩いていく。次は芽衣が声をあげた。


「見て! 綺麗な虫がいる!」


 近くの木を指差す。ほかの三人もたちまちそちらに集まった。大きな木に、瑠璃色をした甲虫が止まっていた。セミほどのサイズの甲虫で、非常につつややかで美しい外皮をしており、宝石のように輝いている。よく見るとその中に、黄色や赤も混じっているような、不思議な瑠璃色だ。


 芽衣が感心したように言った。


「素敵ね」

「ブローチにするといいかも」


 耕太が言う。甲虫型のブローチも悪くないなと思ったのだ。実際にそんなものを見たことがあるような気もする。


 芽衣は首を振った。


「生きてるのはダメね。動いちゃうから」

「なんていう種類なんだろう?」


 耕太は翔を見た。翔は首をひねっている。


「中生代の昆虫には詳しくないんだよ」

「僕もだよ」


 耕太が言うと、ジンが話に入ってきた。


「これは翔の夢の世界だから。実際にこんな生き物がいたかどうかは関係ない。翔が思い描く世界が、ここに反映されるんだよ」

「ふーん、だったら、そろそろ恐竜に会ってもいい頃だけど」


 ジンが苦笑した。


「想像したものがそのまますぐ形になるわけではないさ。でも、会いたいと思っていたら、そのうち会える」




――――




「分かれ道だ」


 そう言って、翔が足を止めた。今までずっと一本道だったのが、ここに来て二股に分かれている。翔は振り返って言った。


「どっちに進もうか」


 少しの間、誰も返事をしなかった。芽衣が、沈黙を破って口を開く。


「せーので行きたい方向を指差すことにしましょ。せーの」


 翔とジンが右を、芽衣と耕太が左の道を選んだ。芽衣は首をかしげた。


「二対二ね。これからどうする?」


「それぞれが好きな道を進めばいいよ!」翔が明るく提案した。「俺とジンは右へ行く。芽衣と耕太は左」


「まあ、いいけど」

「森を出たところで落ち合うことにしようぜ」


 翔が言って、芽衣と耕太に手を振った。すでに右の道へと歩みを進めている。ジンがその後をついていった。


 芽衣と耕太が残され、そして、翔たちが選んだのとは違う道を歩き出した。しばらくは二人無言で歩く。そのうち、芽衣がぽつりと言った。


「よかったのかな」

「何が?」


 耕太が尋ねる。


「二手に分かれちゃったこと。後でちゃんと会えるのかな」

「会えるよ」


 たぶん、という言葉を耕太は飲み込んだ。芽衣に言われるまで気にしてもいなかったが、けれども少し不安になってきた。しかし、不安をいたずらに煽るのもどうかと思う。


 耕太は明るく続けた。


「前の夢で僕らがトラに乗ったときもジンとは離れたわけだけど、でもちゃんと元の場所に帰ってこれたよね。だから、今回も大丈夫だと思う」

「そうね」


 芽衣がほっとしたように笑った。


 耕太も笑顔になる。


「これは翔の夢なんだよ。そんなに怖いことは起こらないさ」


 芽衣が少し耕太のほうに近づいた。


「私じゃ残念?」

「何の話?」

「ジンとじゃなくて、私と一緒なことにがっかりしてるのかなって話」


「ああ……」そういえば、芽衣は僕が翔に嫉妬してると思ってるんだった。嫉妬――そういえばそんな気持ちになったこともあったけど、今はもうそんなことを考えてない。たぶん、ほとんど。


「全然。がっかりなんてしてないよ」

「そうなんだ」


 芽衣が笑った。どういう意図なのかわからなかったが、嫌な笑い方ではなかった。


「実がなってる」


 突然、芽衣が話を変えた。指差す先を見てみると、たしかに、一本の木に黄色い実がついている。小ぶりのミカンほどの大きさだ。けれどもミカンではない。


「ほんとだ、なんだろう」

「恐竜の時代にこういう植物あったの?」


 芽衣が木に近寄り、背を伸ばして実をもいだ。実はまだいくつかある。芽衣はとった実を耕太に渡した。耕太は実を見つめながら言った。


「どうだろう……。今ある植物でこの時代にないのって、結構あるよね。こういう実は……どうなんだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る