5

 触った感触はバナナに似ていた。簡単に皮をむくことができそうだ。芽衣は他にも何かないかと探しているのか辺りを見まわしながら、森の奥へと入っていった。そして、ふと、声をあげた。


「川がある!」


 耕太も芽衣の元へと駆け寄った。たしかにそこに小さな小川があった。簡単に跳び越えられそうなほど小さな小川で、けれども澄んだ水がきらきらと流れている。耕太は川に手を浸した。


「冷たい。飲めるかな」

「前の夢では、アラジンみたいな人にご馳走をふるまってもらったわね。あれは全部食べることができた。……ということは、ここは夢の世界だけど、飲食はできるのよね」

「お腹を壊すことはないと思うけど……」


 そう言って、耕太は手で水をすくい、口をつけた。ひんやりと冷たく心地よい感触が唇に触れた。おそるおそるほんの少しだけ、口内にいれ飲み込んでみる。変な味もなく、しゃっきりとしてするりと喉を通過していく。


「おいしいよ」


 耕太は芽衣に言った。もう一口飲んでみる。歩いたのでいくらか喉が渇いていたのだ。


 芽衣も隣にしゃがんで、水を飲んだ。二人黙って渇きをいやした後、芽衣が言った。


「実も食べられるんじゃない? 私もう一個取ってくる」


 芽衣が駆け出し、戻ってきて、二人そろって川のほとりに座って実を食べた。皮は思った通り簡単にむくことができ、中からやわらかい白い果肉が出てきた。やはりバナナに似ているが、バナナではなかった。甘いだけでなく、酸味とコクがあり、不思議な味をしていた。


「翔はおやつと水筒を持ってきたけど、こうして食料を現地調達できるんだね」


 食べ終えて、再び水を飲んで、耕太が言った。


「そうね」


 芽衣はまだ食べている。そして川の対岸にある木を見て、驚いて声をあげた。


「生き物がいる!」


 木の枝に何かがいて、こちらを見ていた。毛に覆われた、猫くらいの大きさの生き物だ。前足と後ろ足に羽毛のようなものがついている。尾羽もありくちばしもあるが、鳥というわけではない。前足には大きな爪がある。全体的にくすんだ色で、森の緑に隠れるように動きを止めている。


「羽毛恐竜!」


 耕太が声をあげた。けれども相手が逃げてはいけないと思い、すぐに声をひそめた。


「前に翔が見たのもこれだったのかな」

「この果物、食べると思う?」


 芽衣が食べかけの実を見て言った。


「どうかなあ……」

「おいで。食べる?」


 芽衣が小さな声で、実を差し出しながら言った。けれども謎の生き物はぱっと背を向けると、木から跳び下りてしまった。


「いらなかったみたい」


 芽衣ががっかりした声で言い、また実を頬張った。耕太は苦笑した。


「仲良くなるのは難しそうだね」

「翔は恐竜の背中に乗りたいって言ってたけど、できると思う?」

「さあ……でもこれは翔の夢なんだし」


 自分たちがトラの背に乗ったのだから、それも可能なように思うのだ。




――――




 一方、翔とジンは特別な出会いも発見もなく、森の中を歩いていた。


 翔は多少いらいらしていた。のどかで美しい森の中を、元の世界のようなうんざりするほどの暑さではない、適度な暑さの中を、のんびりと歩いていくのは悪くなかった。けれども自分はハイキングをしに来たわけではないのだ。


 恐竜の背中に乗るという、重大な目的があるのだ。


 道端のシダの葉を、歩きながら手折った。ひっくり返して裏を見る。シダの葉の裏には胞子がびっしりとついていることもあるが、そういったものはなく、綺麗だった。


 ジンと午前中にしていたゲームの話や魔界の話、翔の学校の話などをする。だいぶ歩いて疲れたので、木陰で休んでお茶を飲んだ。お茶は冷たく、持ってきてよかったと思った。


「恐竜、いないなあ」


 ジンもお茶を飲み、返された水筒のふたを戻しながら翔は言った。


「そのうち会うさ」

「そうは言うけど……。これは俺の夢なんだよな。強く念じていれば会うのかな」


 翔はぴょんと立ち上がった。十分休んだので、二人でまた歩き出す。ともかく、この森を出なければいけない。


 恐竜……。何がいいかな、と翔は思う。頭の中に、様々な恐竜を思い浮かべる。でも――あんまり怖いの嫌だな。


 怖い恐竜ねえ……まあ肉食は全て恐ろしそうだ。よっぽど小さなものはともかく。でもそういったものも群れでこちらを襲ってくるかもしれない。なんかそんな話がなかったっけ。小さな肉食恐竜の群れに襲われて、食べられるおじいさんの話。


 日が、少し陰った気がした。時間が経過して太陽が傾いたのかな、と思った。けれどもこちらに来てまだ少ししかたってない。たぶん、気のせいだろう。


 怖くないのがいい。と翔は思った。けれども、怖い恐竜のことを思い浮かべたので、意識がそちらに行ってしまう。大きなかぎづめ、太いきば。彼らにとったら、人間など、ただのちっぽけな食料だろう。


 目の端に、何かが揺れるの見えた。シダのしげみだろうか。風でも吹いたのかな。いや、違う。


 何かを踏む音も聞こえた。さらに、ぱきり、と、小枝が折れるような音。そして足音らしきもの。こちらをつけている。ひっそりと。何か、大きなものが――。


 といってもそれほど大きいわけではない。ティラノほどには。でも、子どもの背丈くらいはあるかもしれない。

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