3

 場所は離れだった。耕太が本を読んでいると、いきなり翔が入ってきてそう言ったのだった。


「恐竜?」


 なんのことやらわからず、耕太が翔を見る。


「そう。ジンが夢を見せてくれるって言っただろう?」

「ああ、それか。それで恐竜の世界に行くんだね」

「そう!」


「いいなあ……」本を閉じ、耕太は想像した。太古の不思議な生き物がいる世界……背の高いシダ類、裸子植物、その中をゆっくり歩く巨大な爬虫類……。


「恐竜の背中に乗りたいんだよ!」


 勢い込んで翔が言う。


「いいね! それ!」

「翼竜の背中がいい!」

「僕もそれに乗りたい!」

「耕太はもうトラの背中に乗って空を飛んだだろ。話は聞いたんだ」

「ああ、そうだったね。すごく素敵だったよ……」


 耕太は思い返した。よい夢だった。とても楽しかった。ジンは素敵な贈り物をくれたのだ。


「で、今から行こうと思う」


 翔の言葉に耕太は少し驚いた。


「早いね」

「だって俺たち、ここにあまりいれないんだよ。明日慎一たちがやってきて、その次の次の日には帰らなくちゃいけない。慎一も祐希も夢を見せてもらうとして、それができるのは一日に一回だから……。つまりほぼ、今日しかないじゃん」


 そうなのだった。夏休みは終わりに近づいているし、長々と芽衣の家にいるわけにもいかない。耕太はふと悲しくなった。ジンとはそんなに長く一緒にいられないのだ。


 ジンも修行は数日程度だと言っていた。ほんの短い期間だ。魔界に戻っても――また時にはこちらに来てくれればいいのになあと思う。それが可能なのかどうかはわからないけど……。


「ということで準備しようぜ!」


 翔が明るく言った。


「なんか準備することあるの?」

「野外活動に相応しい恰好をしよう。せめて長ズボンをはくとかさ」


 二人とも短パン姿なのだった。


「芽衣にも声をかけてこなくちゃ」


 そう言って、翔は部屋を出て、耕太もまた着替えのために座敷へとおもむいたのだった。




――――




 砂原家の庭に、子どもたちとジンが集合した。8月の昼下がりで、太陽がぎらぎらと照り付けている。濃い短い影が足元に落ちて、セミの声が降り注ぐ。


 そばには石で囲まれた池があり、鯉が泳いでいた。砂原家自慢の和風庭園なのだった。池のまわりは地面を盛り上げちょっとした山のようになっており、耕太はこの庭をぐるぐる回って遊ぶのが好きだった。けれども今は庭で遊んでいるときではない。


 芽衣も着替えていた。長袖長ズボンで、上はベージュ、下はダークグリーンだ。


「ほんとは迷彩柄にしたかったんだけど。だって、探検にいくんでしょ」芽衣は言った。「でも持ってなかったからこれにしたの」


「ヘルメットとかも必要かもしれない」


 それを聞いて耕太が言った。


「一つ持ってるわ。かぶる?」

「ううん、いい」


 恐竜の世界に行くといっても、夢なのだし、そんなに危険な目に合わないと思うのだ。


 翔は食べ物と飲み物を持って行かなければならないと主張した。そこで芽衣がリュックと水筒を出して、その中におやつと麦茶を入れたのだった。そのリュックと水筒は翔が持っている。


 ジンはいつもと同じ、シャツとズボンのシンプルな恰好だった。ジンが、進み出て、手のひらを翔に差し出す。


「じゃあ、夢の世界に行こうか」

「うん!」


 翔が頷いた。ジンの手の平の上に、翔が手を乗せ、さらに、耕太と芽衣も続く。あとは――前のときと一緒だった。耕太はまた、めまいを覚えたのだった。




――――




 気づけば森の中にいた。木はそれほど込み合っていないが、背が高い。がさがさとした幹が見える。足元にはシダの葉。


 日の光は先程までに比べるとだいぶ和らいでいる。木々が影になっていることもあるし、そもそも気温がいくらか低いようだ。けれどもじんわりとした暑さがある。不快になるほどではないが。


 セミの声は止んでいた。そういえば、恐竜の時代にセミはいるのかしらと耕太が考えていると、隣で声が聞こえた。


「すげー! ほんとに別世界にやってきた!」


 翔の声だ。ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。ジンが得意そうな顔をする。


「魔法の力はすごいだろう? ま、これくらい、なんてことはないが」

「それで、恐竜はどこだ!?」


 翔がきょろきょろと辺りを見まわす。けれども何もいないようだ。


「大きいのはこの森に入ってこれないかもね」


 芽衣が言った。「ほら、あの、大きくて首が長いのとか」


「竜脚類」


 翔が答える。


「そう、それね」

「ティラノとかも無理かも」


 耕太が言った。翔がいささか顔をしかめる。


「ティラノは……会いたいような会いたくないような」

「どうして?」

「怖いじゃん」


「これは夢の世界だよ!」耕太は笑った。「僕はトラに乗ったんだよ! ティラノだって、親切に背中に乗せてくれるよ!」


「そっか! じゃあ会いたい!」


 四人は歩き始めた。特に行くあてはないが、とりあえず、この森を出ようということになったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る