8

「さっきの夢は私だけの力ではないんだぞ」


 ジンが耕太に言う。「君の力も入っている。魔力とは少し違うが、けれども君が思い浮かべたものを私が魔法で形にしたんだ。耕太、君がいなければあの世界はなかった」


「でも……ジンがいなかったら、形にできなかった」

「うん、そうだな。だからつまり――二人で作った世界なんだ」

「へえ」


 耕太はなぜか照れてしまった。二人作った世界、か。なんだかくすぐったいような気持ちになる。ジンから視線を外して、なんと言っていいものかと迷っていると、芽衣の声がした。


「ごめんなさいね。その二人の世界とやらに私がお邪魔しちゃって」

「い、いや、芽衣、そんなことないよ」


 慌てて、耕太が言った。ジンも笑顔だ。


「そうだぞ、二人で作った世界ではあるが、二人だけのものじゃないんだ。ほかの人びとに開かれている」

「芽衣はどんな世界に連れていってもらうか、決めた?」


 耕太は尋ねた。願いを叶えてもらうのは一人につき一回だけ。耕太の番はもう終わったのだ。残念なことではあるが。


「決めてない。というか、結構だって言ったでしょ」


 芽衣はそっけない。たしかに、そんなことを言っていた。でも、さっきの夢の世界で楽しそうにしていたから、気持ちが変わったのかなと思ったのだ。


「そうだ、夢の世界に行けるのは一日に一回までだぞ」


 ジンが言った。そしてごろんと横になった。


「あの魔法を使うのはそれなりに疲れるんだ。しかもここ人間界では魔力に制限がかかってるし」

「ご、ごめんね……」


 寝転がったジンに耕太が言った。


「いいんだよ。すみかを提供してくれるお礼さ」


 耕太を見上げ、ジンがいたずらっぽく笑った。




――――




 夜になり、就寝の時間がやってくる。砂原家の一番広い座敷に、耕太とジンの布団を敷く。驚くべきことに、ジンは本当に寝具を持ってきたのだ。


 それがどこから現れたのか、耕太にはよくわからなかった。お風呂から上がって座敷にいくとそこにあったのだ。魔界の者が持ってきてくれたんだとジンは言った。


 さらに面白いことに、耕太たちが使っているのとあまり変わりのない寝具だった。天外付きベッドでも持ってこられたらどうしようと思っていたので、嬉しくもあったし、魔界の王子がこんな庶民的なもので寝るのかと思うと愉快だった。


「そういえば、すでに知ってると思うけど」


 耕太は言った。「僕には兄が二人と弟が一人いるんだよ」


 芽衣と自分の名前を知っていたくらいなので、それくらい事前に調べているだろうとは思う。が、耕太は一応、言っておくことにした。


 ジンは頷いた。


「ああ、知ってる。一番上が慎一しんいちで二番目が祐希ゆうき、そして末っ子がかけるだろ」


「そう」耕太は若干、魔物の調査能力に驚きつつ、「兄さんたちは夏期講習があって、弟はキャンプに行ってて、来るのが遅れてるんだよ。でも弟は明日、兄さんたちはあさってやってくる。そうするとこの部屋に五人が寝ることになるわけだけど――」


 そう言って、耕太は部屋を見まわした。


「でも広いからなんとかなりそうだね」


 耕太たちの父親の実家、芽衣たち家族が住む家は、古いけれども大きい。部屋数も多いし、この座敷のようにやたらと広い部屋もある。耕太はこの家が好きだった。もっと幼いときには狭いアパートに住んでいたので、芽衣の家が途方もなく大きく感じられたものだった。


 なんでこの家なんだろうな、と耕太はふと思った。ジンはなぜこの家に来たのだろう。いや、修行のためであるということはわかっているのだが、ここ、砂原家が選ばれたのには何か理由があるのだろうか。


 家が大きいからとか? いや、まさかそんなことはないだろう。


 後で訊いてみようと耕太は思った。別に今、すぐに知らなければいけないことでもないし。


「寝る前にちょっとトイレに行ってくる」


 そう言って耕太は立ち上がって部屋を出た。あとには、あぐらをかいて布団の上に座るジンだけが残される。


 ふいに、空間の一部が揺れた。ジンの少し斜め上。ゆがみ、何かが集まり、白い煙のようなものがゆらめき、そしてそれが人の形となった。


「サミア」


 ジンが声をかけた。人が、男性の上半身が、空中に現れる。白い顔をした、蝶ネクタイとスーツ姿の男だった。痩せて、生真面目な表情をしている。くぼんだ目は悲しそうにも見える。


「殿下。順調でございますね」


 サミアと呼ばれた男は、ジンに言った。ジンが笑う。


「そうだ。上手くいってるよ。あの少年は――実に簡単だった」


 ジンはさらに笑った。楽しくてたまらないとでもいうように。


 笑いながらジンは続けた。


「すごくよい子だよ。素直なよい子。私はあの少年が好きだな。けれども、少女のほうは……」


 笑いが消え、眉間に少し皺が寄った。「多少、難しいかもしれない。が、そのうちなんとかなるだろう」


 ジンの顔がまた明るいものになった。輝く目で、得意そうにサミアを見上げた。


「私は上手くやるよ。心配しなくて大丈夫。私は私に課せられた使命を、きちんとこなすことができるだろう」

「そうでしょうとも」


 サミアが言って、ジンに向かってお辞儀をした。


 少しして、耕太が戻ってきた。部屋にはジン一人だけだ。不思議な男はすでに消えていた。


 ジンは笑顔で耕太を迎えた。そしてもちろん――先程現れた白い顔の男のことは、一言も言わなかった。

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