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「……ジンについて何も言わなかったけれど、それって、つまり……」
「私の姿は、砂原家の子どもたちにだけ見えるのだよ」
なぜだか自慢げにジンが言った。そして小さく付け加えた。
「猫にも見えるようだな」
フカシギがいなくなったので、ジンは元気を取り戻したのかなと耕太は思った。
「ということは、うちに居候するにしても、親に知らせる必要はないってことね」
芽衣が言う。ジンは頷いた。
「そうそう」
「それは話が少し簡単になるかもしれないわね。ここは私とその家族の家で、私以外の人間には姿が見えないのだとしたら、つまり、私の了解だけを取ればいい……」
「芽衣!」耕太は芽衣に呼びかけた。「居候させてあげようよ! だって、魔物だよ! 魔界から来た王子だよ! 滅多に出会えるもんじゃないよ! それに僕らに夢を見せてくれるっていうんだ!」
「うーんそうね……ところで、ご飯はどうするの?」
芽衣の質問にジンが答える。
「多少は食べなくても大丈夫。魔物は頑丈なんだ。それに人間界の食べ物は我々の栄養にはならない。食べたところで意味がないんだ。ただ、食べられないわけじゃないぞ」
「そうなの。だったら、ご飯はいらないわね」
「いや、食べられないわけじゃない」
「意味がないって言ったじゃない」
「意味はないけど、食べられないわけでは」
「次の質問なんだけど」
「だから、食べられな」
「僕が自分のご飯を少し持ってくるよ」見かねて、耕太が口を出した。「僕もひもじいのは嫌だから少しになっちゃうけど、それでもいいのなら」
「ありがたい。うん、生命維持に特に必要はないから、量はちょっぴりでいいんだ。ただ、人間の世界の食べ物というものも気になるからな」
ジンがたちまち笑顔になった。芽衣がため息をつき、話を続けた。
「他にも訊きたいことはあるのよ。着替えはどうするの。あと、お布団も。来客用の布団が多少あるけど、なんて理由をつけて使えばいいのかわからないし」
「着替えは魔界から持ってくる。布団も」
「あ、あと、歯ブラシも持ってきてね。ご飯食べるんだったら、歯も磨かなきゃでしょ」
なんだかお母さんみたいだな、と芽衣を見ながら耕太は思った。ジンは聞き分けのよい息子よろしく、わかった、と素直に言っている。
「お風呂はどうするの?」
芽衣の質問は続く。ジンは少し考えて答えた。
「お風呂は……まあ多少入らなくても大丈夫だろう」
「駄目よ、入らなきゃ。うちで暮らすんだったら清潔にしてね」
「でも私は他の家族には見えないから。見えないものが風呂に入ってるなんておかしいだろう?」
「一緒に入ればいいじゃない。耕太と」
あっさりと芽衣が言った。耕太はきょとんとして芽衣を見た。
「僕と?」
「そう。私とではないわよ。私は絶対! 嫌ですからね!!」
耕太は考えた。ジンを見る。背が高くがっしりした身体つきをしている。おそらく……一緒にお風呂に入ると狭いだろうな。耕太は考え、言った。
「一緒に入るんじゃなくて、順番に入るのはどうかな。ジンが入っている間、僕が脱衣所にいればいいよ。少しお風呂が長くなるけど、変には思われないと思うよ」
「じゃあそうしましょう」
芽衣が納得した。これで訊きたいことは大体終わったらしい。あと他に何かあったかな、と首をかしげている。けれども特に何も出てこないようだ。
「つまり、私はここで暮らしてもよいって、ことだな」
ジンが明るく二人に言う。耕太は芽衣を見た。ここは芽衣の家で、耕太の家ではないから、決定権は芽衣にあるのだ。
「うーんまあ……いいでしょう」
芽衣がしぶしぶ言った。ジンがますます明るい顔になり、笑う。その笑顔が魅力的だと耕太は思った。顔立ちがいいからかもしれない。
それともこれも魔法の効果なのだろうか。
ジンは幻を見せることしかできないと言っていたけど、魔界の生き物には最初から、人間を魅了する能力が備わっているとか……。
けれどももしそういうものがあったとしても、芽衣には効いていないようだ。
芽衣は冷ややかにジンを見つめ、言った。
「修行なるものが何か知らないけど、私たちに迷惑かけないでね」
「かけないよ! むしろいい思いをさせてやろう。どんな夢が見たいか決まったか?」
「え、えっと……」
耕太は悩む。たった一度切りなのだ。どの世界に行きたいだろう。大いに迷ってしまう。
「私は結構よ」冷ややかなまま、芽衣が言った。「ただの夢じゃない。くだらない」
「くだらなくはないよ。魔法で作られた、きっと壮大な夢……」
「そのうち気が変わるかもしれないぞ」
鷹揚にジンは言った。けれども芽衣は表情を変えない。
耕太はどんな夢を見せてもらおうかと再び悩み始めた。
――――
お昼ご飯はおにぎりだった。耕太は小皿に一つおにぎりを乗せると、さっそく離れで待っているジンのところに持っていった。芽衣も後からついてくる。
「ご飯だよ」
なんだかこっそり生き物でも飼ってるみたいと思いながら、耕太が声をかける。寝転んでいたジンはぱっと起き上がった。
「ありがたい」
そう言って、笑顔でおにぎりに手を伸ばす。耕太が申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、一つしか持ってこれなくて……」
「いいんだよ。生命維持のために必要なわけじゃないんだから」
そう言って、ジンが一口二口とおにぎりを食べる。ふと、動きが止まった。笑顔が消え、どこか、情けなさそうな表情になる。
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