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 二人同時に立ち上がり、窓に近寄る。はたして、網戸の向こうに人がいた。背が高く目が大きく綺麗な顔をした20歳前後の男で、その大きな目で、じっと二人を見つめている。少し険のある顔立ちだが、そんなに悪い人とも思えない。耕太と芽衣も黙ってその青年を見つめた。


 一体誰? と耕太は思った。知った顔ではない。芽衣の知り合いかな、と思って横を見るも、芽衣もまた戸惑った表情をしている。


「――あの、あなたは――」


 耕太がおずおずと声をかける。青年は落ち着いて口を開いた。


「はじめまして、人間ども。私は魔界のとある国からやってきた王子だ。しばらくこちらに住まわせてもらうぞ」




――――




 耕太は少しの間唖然とし、そして右腕の痛みで我に返った。芽衣が、ぎゅっと腕を掴んでいるのだ。身を寄せて、大いに慌てた顔をして、芽衣が言う。


「ふ、不審者よ! 不審者! どうすればいいの、どうすれば帰ってもらえるの……ここは警察に電話を……」

「お、落ち着いて! えっとまず携帯がどこにあるか……」


 このままくるりと向きを変えて二人して逃げ去ってもいいのではないかと思った。けれども、相手をあまり刺激してはいけないのかもしれない。ここは……相手の話を聞くべきなのだろうか。


 窓の外を見る。不審な男は、笑顔を浮かべている。友好的な爽やかな笑顔だった。いい人そう、に見える。さきほどの台詞はあきらかにおかしいが、けれども話が通じる相手に思える。


「……魔界の、王子、さん?」

「そう」


 男はさらに笑った。耕太は混乱しながら言った。


「えーっと……魔界の王子だという……証拠を見せて」


 ただの人間ではない、という証拠を。男は笑みを引っ込めて、少し首をひねった。


「王子であることを証明するのは難しいな。けれども人間でないことは証明できる。人間にはこんなことができないだろう?」


 突如、耕太と芽衣の周りに青白い火の玉が現れた。四つ五つとふわふわと浮いて、二人を取り囲む。芽衣が耕太の腕をつかむ手にさらに力を込めた。痛いと思いながら、耕太は声も出せず、火の玉を見つめた。


 そこに男の声がする。


「これは魔法で作った火の玉なんだ。熱くはない。やけどもしない。だからおびえなくてもよい。さて、これでわかってくれたろう?」


 現れたときと同じく、突然、火の玉が消えた。男が窓にさらに近づいて言った。


「私は修行に来たんだ。王になるための修行だよ。そして君たちに話しておきたいことがあるのだが……まあとりあえず、家に入らせてもらいたい」


 男は網戸を開け、窓に手をかける。どうやらよじのぼろうとしているようだ。けれどもなかなか上手くいかない。男の、戸惑った声がした。


「……意外と高いな、この窓」


「あの……」見かねて、耕太が口を出した。「向こうに離れの玄関があるからさ」そう言って背後を指差す。離れと母屋は廊下でつながっているが、それとは別に離れ専用の玄関もあるのだ。「そっから入ったら」


「ありがたい。そうさせてもらう」


 男が窓辺から離れるのを見て、芽衣がかみつくように耕太に言った。


「どうして! どうして余計なこと言うの!?」

「いやだって、窓から入るの大変そうだったから……」

「そうじゃなくて! そもそも入ってこられちゃ困るでしょ!」


 玄関の引き戸を開ける音がした。男が靴を脱いで室内に上がってくる。


 芽衣の呻き声が聞こえた。




――――




 とりあえず、離れの部屋で、三人で座る。謎の男、そしてそれに向かい合って、耕太と芽衣。謎の男は悠然とした態度で口を開いた。


「さっきも言ったが、私は魔界の王子。修行のために人間界に来たんだ」

「うん……」


 耕太は小さく頷いた。さっきの不思議の火の玉が脳裏に浮かぶ。人間ではない、というのは本当のようだ。あれが、何か種もしかけもある手品だったとは思えない。


「君たちの名前も知っている。君は砂原耕太」


 そう言って、男は耕太を見た。耕太が驚き、びくりとした。男は続けて、芽衣を見る。


「君は砂原芽衣」

「どうして僕らの名前を……」

「修行の場としてこの砂原家が選ばれたときに、調べておいた。まあこのくらい、魔物には簡単なことだ。ともかく、ここで私は王となるべく修行をしたい。そのために少しの間この家に住まわせてほしいのだ。といっても長いことではない。まあ数日程度かな」


 なんと言ってよいやらわからず、耕太は沈黙した。隣で、幾分平静な声が聞こえた。


「そんなんで修業になるの?」


 芽衣だ。多少、落ち着いたらしい。


「なるさ。時間じゃなくて、質だからね、大事なのは。無駄に時をかければよいというものではない。あ、そうだ言い忘れていたが私の名前は――えーっと、人間には発音しづらいだろうな、とりあえず、ジンと呼んでもらおうか」

「ジン」


 そう言って、耕太は先程まで読んでいた『アラビアンナイト』を思い出した。そしてくすりと笑った。

「ジンって、魔界の王子に合ってるかもね」


「どういうこと?」


 芽衣の問いに耕太は答える。


「ほらさ、アラジンと魔法のランプに、ランプの精が出てくるだろ。ああいった魔物のことをジンって呼ぶんだ。アラブでは」

「そうなんだ」

「そう、私は魔物だ」


 胸を張ってジンが言う。「しかも王子だから位の高い魔物だぞ」


「良い魔物?」


 芽衣が尋ねる。


「良いかどうか……うむ、そういった人間の基準では測れないな」

「じゃあ悪い魔物?」

「だから測れないと言ってるだろ」

「悪魔?」

「そんな風に呼ばれる我が仲間もいるかもしれないが」

「悪魔なら、うちにいれるわけにはいかないわよ」

「いや、悪魔じゃない。良い魔物」


 二人のやり取りを聞きながら、耕太はジンを見つめた。悪魔、ではない気がするなあ。悪魔はもっと恐ろしい見た目をしているんじゃないかしら。今まで悪魔を見たことがないから、ただの予想だけど。ジンはぱっと見たところ、普通の青年で――いや、ハンサムな顔をした普通の青年だ。

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