第53話 ライブの後、スネイルの今後
俺が戻った後も――
「「「「「はなをぷーん! はなをぷーん!」」」」」
「「「「「ザッツ、サマーラブ! ザッツ、サマーラブ!」」」」」
「「「「「オーイエーオーイエー!」」」」」
――ライブは盛り上がり続け、近辺の店が観客相手に酒や飯を売り始めると、もう流れは止まらず、町中で飲み会が始まってしまった。
もう、グダグダである。
その間、俺たちの上空では、切り刻まれた『壺』――『スネイル』の残滓が、やけにねっとりした、失敗した綿あめみたいな雲となって浮かんでいたのだが、それもやがて虫に食われた葉っぱみたいになり、無数の欠片に分かれ、明け方近くの空に滲み、最後はほんの数秒で消え失せてしまった。
ライブは、既に終わっている。
あちこちで酔っ払いが肩を組み、輪となって踊り始め、俺たちが作った盛り上がりなのに、俺たちはもう必要なくなってしまった。だから、ライブもざっくりと終わることが出来た。
いま町に流れているのは、酔っ払いたちの歌声。それから芸人たちがあちこちで鳴らす笛や太鼓の音だ。
既に俺たちは、転移の魔道具を使い、馬車から移動していた。
『
シンダリに促され、俺とメイドさんたちは、ベッドに座っている。シンダリ自身はといえば、壁に背中を預け腕組みしていた。
シンダリの表情には、静かに覚悟を決めたような気配が浮かんでいた。一方、メイドさんたちはといえば、夢の現実を知った声優志望者みたいな顔になっている。
転移の魔道具を用意したのは、ハジマッタ王国の寄越した魔術師だ。だからシンダリもメイドさんたちも、ここがどこなのか知らない。
もちろん、俺は知っている。
ここは、作戦司令室のある宿『
その、一室だ。
そわそわするメイドさんたちに挟まれ、俺は、ぼんやりと考えていた。
どうして、思いつかなかったのかと。
ライブが終わったいまになって、ようやく気付いたのだ。
俺には、『鎖』を使って他人の身体を操る能力がある。
その能力でメイドさんたちを操れば、練習なんてしなくても、どんな曲だって歌い踊らせることが出来たんじゃないかって。
その可能性に、俺は全く気付いていなかったのだ。
どうしてだろう?
答えは簡単だ。アイドルとは、そういうものではないからだ。俺は口パク容認派だが、それとこれとでは話が違うのである。だから、たとえ即席でもアイドルを作るとなった時、身体を操ってパフォーマンスさせるという発想が、
と、そんなことを考えてる間にどれくらい経ったのか。
そろそろお茶でも欲しくなった頃合いで――とんとん。
ドアが叩かれた。
訪れたのは、慇懃な白髪の中年男――ウィルバーだ。
継続して、イケオジモードである。
「クサリ様。シンダリ殿をお連れするよう、奥様が」
というわけで、メイドさんたちを残し、俺とシンダリは作戦司令室へと向かった。
ところで、俺と入れ替わりに部屋に入った人物がいるのだが、それが誰だったかは、また後で話すことにしよう。
●
俺たちが作戦司令室に入ると、イゼルダとルゴシが会話していた。
あたかも俺たちが来る前から会話してたようで、でも実際は俺たちが来たのを察して話し始めたのが見え見えの、非常にわざとらしいタイミングで。
「『スネイル』は、どうなるのかしらねえ」
「まあ、無くなるなんてことは無いでしょうな。『スネイル』は、犯罪組織の集合体です。『スネイル』本人が去ったとしても、その繋がり自体は残されるでしょう」
「次の頭は?」
「『スネイル』には何人か子供がいますから。彼らの中からいずれは、という形で担ぎ上げるんでしょうな。とまれ『スネイル』が大陸南側に手を伸ばすようなことは、しばらく有り得ません」
「勢力維持で目一杯?」
「それもありますが、組織っていうのは、何かやるべきテーマがあれば間が持つというか、それだけでなんとかなってしまうものなんですよ。おそらくは『スネイル』の子らによる後継者争い――これが今後数年の『スネイル』のテーマとなるでしょうな」
「ふ~ん。で、あんたはどうするの?」
いきなり、イゼルダが訊いた。
シンダリにだ。
あらかじめ、答えを用意していたのだろう。
シンダリは、ノータイムで答えた。
「『スネイル』との関係は、もう断つしかありません。私が『スネイル』に任されていた仕事は『壺』のことだけじゃない。私の仕事が無ければ『スネイル』は血の流れをせき止められた様になってしまうでしょう。いずれは手足を腐らせていくだけです。しかし、私の仕事の重さに対して、私という人間はそうでもない。ボスがいなくなっても『スネイル』が続くのと同様、私という人間がいなくなっても、私の任されていた仕事は、他の誰かを据えることによって継続出来る。新しい役割を与えられると、人間というのは、必要も無いのに何かを変えたがるものです。そういう誘惑にかられてしまう。次に『スネイル』の幹部になるだろう人物を何人か知っていますが、その誘惑に勝てそうなのは、一人か二人。そして、誘惑に負けた人間がまず手を付けるのに適当な位置にいるのが――この私というわけです」
前世の日本なら、シンダリみたいな存在は、企業舎弟と呼ばれていた。それと同じ意味の言葉が、この世界にもあるようだった。ルゴシが訊いた。
「『白い指先』というのは、そういうもんですな。しかしいまの話だと、『スネイル』と袂を分かつというのは、そのままご自身の事業を手放されるってことになると思うんですが――今後は?」
ルゴシの問いに、シンダリが答えた。
これも、あらかじめ答えを決めてたとしか思えない即答だった。
「ひとつ、考えている事業があります。もしかしたらこれは、これまでこの世界になかった、全く新しい事業なのかもしれません。方法としては、以前からあったものの焼き直しと言えるかも知れませんが、それによって見える景色は、まさに新しい世界が開けたとしか言いようの無いものになることでしょう」
「――で?」
イゼルダが促した、その時だった。
ノックとほぼ同時に、ドアが開いた。
「聞いていただけますか!? 私、提案したいことがあるのです!!」
そう言いながら入ってきたのは、ミルカだった。
彼女の背後には5人。
あからさまに焦った様子のウィルバーと、メイドさんたちがいた。
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