第52話 はなをぷーん


 馬車が、宿の前もくてきちに着き――


 馬車ステージを後に、俺は屋根へと跳んだ。

 イゼルダの脇へと。


「お疲れちゃ~ん」


 言って、イゼルダがウインクする。

 その足元には、袋に入れられた金が、いまも転送され続けていた。


コストは、足りましたか?」

「ありがとう。後は、これだけでガッツリ斬れる」


 イゼリダが示したのは、腰からいくつもぶら下げた銭袋だった。


「というわけで跳ぶわよ」

「跳ぶって――あそこに?」

「うん。あそこ」


 イゼルダが顎で指したのは、『壺』からはみ出した巨大な『顔』だった。そこへ俺を連れて跳び、イゼルダは『壺』を斬るのだという。そして、そのためのコストは腰に下げた銭袋の金で十分――ということは、それ以外の大量の硬貨は、俺とイゼルダが『顔』へと跳ぶためのコストということか。


 目的を達成するために必要な『手順ステップ』を割り出し、そのためにいくら必要か金額を見積る。そしてその金額を払うのと同時に、それを行ったのと同じ結果だけ・・を取り出し実現する。


 それがイゼルダの『前払いでOKアドバンス・ペイメント』だ。そしてステップの中には、特定の条件を満たさないと実現不可能なものもあるらしい。


 今回の場合は、俺とイゼルダが『顔』まで跳ぶことが、その条件なのだそうだ。


 さて、ではそれはどんなステップなのだろう?

 訊ねる間も無く、既に跳んでいた。


 瞬きする間に、俺は、イゼルダに抱かれて宙へと移動していた。

『壺』の、半ばほどの高さだ。


 そこからは、10メートル刻みだった。

 一瞬ごとに、一瞬前より高い宙へと、移動する。


前払いでOKアドバンス・ペイメント』が成した、連続跳躍。

 見下ろす景色では、ライブが継続されていた。


 宿の前ということは、ほとんど『壺』の真下だ。

 なのに恐れることもなく、観客は馬車を囲み、ステージへと声を投げかけている。


 そして――


 恐れることもなく、というのは彼女たちも同じだった。

 彼女たち――ステージの『雨降らす乙女達レインメイカーズ』。


 俺抜きで、彼女たちは歌い踊っている。

『大きな愛でもてなして』でも『夢見る15歳』でもないその曲は――


「「「「はなをぷーん! はなをぷーん!」」」」


――『きら☆ぴか』の『はなをぷーん』。


『大きな愛でもてなして』と同じく、アニメ『きらりん☆レボリューション』の主題歌だ。他の2曲の後で練習を開始し、時間いっぱいまで粘ったが、人前で見せられるレベルにまでは仕上げられなかった――と、俺は判断したのだが。


「「「「まーる! さんかく! ながしかく!」」」」


 しかし、彼女たちは振り付けを間違えることも無く、自信に満ちた表情で歌い踊っている。


 成長したのだ、と気付く。


 初めてのステージの初めての数曲で、彼女たちはパフォーマーとして成長し、自信を手に入れたのだ。そしてその自信が、いまこの瞬間にも続く更なる成長の糧となっている。


 と、俺は思ったのだが。

 耳元で、イゼルダがこう囁いた。


「クサリちゃん……襲撃開始からちょっとして『前払いでOKアドバンス・ペイメント』のステップに『雨降らす乙女達あのこたち』へのレッスンっていうのが現れたのよ。専用の稽古場を用意して、講師を招いて……って。コストは金貨10枚。それ・・これ・・ってわけね」


 そういうことか……


 彼女たちのパフォーマンスは、イゼルダの『前払いでOKアドバンス・ペイメント』のおかげというわけか。


 それでもだ。


 それでも、やはり俺は彼女たちを称賛したい。

 それは、彼女たちが紛れもないアイドルであるということへの賛辞だ。


 彼女たちが、このステージに何をかけたのか?


 さっき考えてたそんなことは、オタクなら誰でも一度は考えるようなことだし、前世の俺も、何度も考えて自分なりの結論に辿り着いていた。


 でも、まるで初めて考える問題のように感じられたのは、俺がオタクでなく、アイドルとしてこの問題を解こうとしたからだ。


 だから、ステージを離れて見れば、すぐ思い出すことが出来た。

 かつて、オタクとして自分が出した結論を。


 アイドルがかけてるのは、自分自身だ。


 才能も、十分な練習時間も無い。

 予算も少ない。

 そんな状態でステージに臨む少女たちにあるのは、今日までの自分自身だけ。

 だから、それをかけるのだ。


 前世の俺は、オタクとしてそう考えていた。

 そして異世界でステージに上がり。

 結果、その考えは正しかったのか。


 分からない。


 ただ、ステージとそれを囲む人々を見ていたら。

 この世界を守りたい。

 気付くと、そう思っていた。

 こんな景色が、存在している世界を。


「「「「はなをぷーん! はなをぷーん!」」」」


 高度が上がるごとに、一度の上昇で跳べる距離は少なくなり。

 最後は1メートル刻みになったが、それでも十数回の跳躍により、俺たちは『顔』へと到着することが出来た。


 真っ白な、広い額へと。

 正確には、その上空へと。


「これが、最後のステップだからね」


 言って、イゼルダが俺を抱く腕を解いた。

 つまり、俺を落とした。


 最後のステップ。

 それは、俺を落とすことではないのだろう。

 俺の落下から展開する無数の未来。

 その中にある、『顔』を、そして『壺』を斬り刻む未来こそが手順ステップなのだ。


 そのステップが、どんなものなのかは、聞かされていない。


 しかし、俺は見た。

 幻視していた。


 そこでは、無数の自分とイゼルダが、『顔』と『壺』に向かって剣を振り下ろしている。


 いまこの瞬間から起こり得る、いくつもの未来。


 そして、それらの結果だけを取り出して実現させるのが、イゼルダの『前払いでOKアドバンス・ペイメント』なのだ。


 だから、俺が『顔』の高さにまで落下する頃には。

『顔』は、もうその場所に無かった。

『壺』もまた、然りだ。

 既に、それらは切り刻まれていた。


前払いでOKアドバンス・ペイメント』により実現した、手順ステップの結果として。


『壺』が霧散した後の宙を、俺とイゼルダが降りていく。

 これもまたステップに含まれているのだろう。


 高度100メートル以上からの落下、そして着地を、俺とイゼルダはなんの衝撃も感じずにやり過ごした。


 落ちた先は、宿の前。

 馬車の上。

 すなわちステージだ。


 ぎょっとした表情のメンバー達の真ん中で、俺は声を張り上げた。


「じゃ、次の曲いきます!――『大きな愛でもてなして』!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る