第50話 夢見る15歳



「どうでしょう? その可憐な歌と踊りで歓声の雨を降らす彼女たちを、こう呼ぼうではありませんか――『雨降らす乙女達レインメイカーズ』と!!」


 シンダリが、そう宣言した途端。

 一瞬、静けさが訪れ――なんてこともなく。


『レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ! レーインメイカーズ!』×たくさん。


 怒号のごとき連呼は、むしろシンダリの声に食い気味ですらあった。


(ああ……なんてことだ!)


 それを聞きながら、俺は慚愧していた。


 あれをしておけば良かった、これをしておけば良かったという想いが、次々と浮かび上がってきたのである。たとえば、メンバー一人一人の自己紹介とか。観客に促すためのコールとか。そういった準備をしておいた方が良いと分かっていながらも、そうしなかった。


 これがどういうことかといえば、腰が引けていたのだ。観客に拒絶される可能性を前に、全力を尽くすのを、どこか躊躇っていたのだ。それなのに、観客の熱狂を目にした途端『やっておけば良かった』だなんて――なんたる浅ましさ!


 羞恥にむっつりと赤面する俺を、どう解釈したのか。

 他のメンバーたちが、観客にも負けない大声で訴えてきた。


「「「「二曲目、行きましょう!」」」」


 お、おう……と、ついつい応じてしまいそうな勢いだが、ちょっと待て。メンバーたちを押し留めて、俺はシンダリに叫んだ。


「ここから、動かなくていいのか!?」


 観客から投げられた金は、全てイゼルダのところへと転移させられている。金が、馬車の周囲50センチの範囲に入るのと同時にだ。そういう結界が、馬車には張られていた。


 コレア――ハジマッタ王国法力軍第4師団『武装僧兵ガンボーズ』筆頭、コレア=ベッピダーが寄越してくれた、魔術師たちの仕事だ。この『アイドル錬金術』作戦について宿の作戦本部に連絡したところ、部下を派遣して、作戦の細部を固めてくれたのだった。


 宿の方を見ると、その上空に浮かぶ『壺』――スネイルという名の自然現象は、まだまだ健在だ。地上に伸ばす触手はかなり短くなったようだが、『壺』やそこから出た巨大な女の顔には、傷ひとつ付けられていない。戦況は、どちらも攻めきれず、イゼルダのやや優勢。そしてまだまだ先は長い、といったところか。


 つまり、金はまだまだ必要になる。


 観客から投げ込まれる金は、依然として止まないし、二曲目を歌えば勢いを更に増すだろう。だが、一箇所で集められる金には限度がある。だから、場所を移動した方が良いのではないか?――俺がシンダリにしたのは、そういう問いかけだった。


「しかし、この有様ですからねえ」


 シンダリが言う通り、馬車は身動きが取れない状態だ。シンダリの手配した人間が守ってくれてはいるが、押し寄せる観客に囲まれて、前進も後退もままならない。御者も、馬の興奮を抑えるのに四苦八苦していた。


 しかし、そこで手を挙げる人がいた。

 金を転送する結界を張ってくれている、コレアの部下の魔術師だ。


「いまこの馬車に張っている結界は、戦場での使用を想定した試作品です。本来の用途では、転移させるのは金ではなく、矢や石。敵から放たれたそれらを、そのまま敵陣の上にお返しするのを目的としています。そしてこれに重ねがけすることで、更に別の効果をもたらす結界がありまして――」


 魔術師に聞いた効果は、確かにいまの状況にぴったりだった。

 しかし――


「怪我人が出るな」


――そう問う俺に、魔術師は、こう答えた。


「コレア=ベッピダー筆頭からは、使用の許可を得ています」


 と。


 となれば、俺的にはOKだ。

 シンダリも、同じく。

 というわけで、新たな結界が、重ね張りされた。


 その結果――


「「「うわ~~。飛ぶ~~~」」」


――馬車の周囲の観客が、次々、放り投げられ出した。


 正確には、馬車の周囲50センチの範囲に入ったと同時に、2メートル程の高さに持ち上げられ、来た方向へと投げ返される。


 これが、新たな結界の効果だった。


 放られた観客に、放られた先にいる観客。どちらに怪我人が出てもおかしくないが、実際には、事前に危惧した程では無かった。転生後の俺は、強者として生きてきた。だから忘れがちだが、転生前の日本もとのせかいに比べ、この世界の人間は、ずっと頑丈で元気なのだった。逆に、わざと飛ばされてダイブを楽しむ奴までいる始末である。


 そして、馬車は進み出す。

 2曲目は、移動しながら歌うことになった。

 曲名は――


「では、聞いて下さい――『夢見る15歳』!」


 スマイレージの初メジャーシングルで、オリコン最高順位は、週間5位。日本レコード大賞で最優秀新人賞を獲得した名曲だ。


 シンセサイザーの前奏が始まった時点で、観客は大盛り上がりである。

 二番に入る頃には――


『ザッツ、サマーラブ! ザッツ、サマーラブ!』×たくさん。


――みんな、コーラスに声を重ねて来た。


 ますます激しくなるダイブ。

 馬車から離れた場所では、原初のサークルモッシュすら発生していた。


 そんな景色の中で歌いながら、俺は考えていた。

 次は、どこへ移動する?

 街中を練り歩くというのもありだ。

 しかし出来るなら、イゼルダの元へと近付きたい。


 そう思うのは、彼女の能力――『贈与物ギフト』が理由だ。


 目的を達成するために、必要な手順を割り出し、そのためにいくら必要か、金額を見積る。そしてその金額を払うのと同時に、それを行ったのと同じ結果だけ・・を実現する。


 それがイゼルダの『贈与物ギフト』――『前払いでOKアドバンス・ペイメント』だ。


 その際に割り出される手順は、状況によって異なる。例えば何かを両断するとして、そのときイゼルダが強力な剣を持っていればコストは安くなり、凡百の剣しか無いなら高くなる。


 そのときイゼルダが置かれている状況に、左右されるのだ。


 だから、俺がイゼルダの近くにいた方がコストが安くなるかもしれない。

 俺は、そう考えたのだった。


 そしてそんな考えに、も至ったかにように。

『壺』から、何本か。

 馬車へと、向かって来る触手があった。

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