第49話 初ライブ!
『大きな愛でもてなして』
元々はアニメの主題歌だったが、発表された当時ならともかく、俺が異世界に転生する直前の2010年台後半には、C-uteの名曲としての認知がほとんどだった。
「大きな愛でもてなして」。そんな、曲名と同じフレーズの繰り返しで始まるこの曲だが、メンバーが舞台慣れしてないことを考慮して、今回は、ストリングスによるイントロを付け加えることにした。
異世界の街に響く、カラオケ。
鳴らしているのは、シンダリが手配した音響の魔道具だ。
カラオケを作ったのも、同じくシンダリの魔道具――ダンジョンの深層で発掘された、おそらく古代文明の異物だろうというその装置は、俺の頭の中から曲のイメージを吸い出し、音響の魔道具で再生可能なフォーマットでデータ化してくれた。
お察しかもしれないが、この魔道具を使えば、オケだけでなく歌が入ったデータを作ることも出来る。
そのデータを流して俺たちは口パクというのも考えたのだが、それはシンダリが許さなかった。俺自身には、口パクに対する抵抗は無い。アイドルに求められるスキルやパフォーマンスは、それとは別のところにあるというのが俺の考えだ。しかし拗らせると面倒な問題なので、ここは無駄に反論せず、シンダリに従うことにした。
『マタド=ナリ』は、決して小さな街ではない。
感覚としては、秋葉原の電気街くらいの広さと密度で建物が立ち並び、そしてその外縁に、インフラ補助のための施設や、流れ者や貧民の住み着く掘っ立て小屋が広がっている。
そんな街の全てを覆い、いま同じ音楽が流れ、空気を震わせていた。
シンダリ自身が用意した音響の魔道具は、
スピーカーを設置したのは、組織としての『スネイル』だ。どうしてそんなことを? 理由は、なんとなく察しがつくが、答え合わせは後日で問題ないだろう。
とにかく、いま、音楽が流れている。
ストリングスが、同じフレーズを繰り返す16小節。
轟音に身を浸しながら、口の中で、俺は繰り返していた。
「大きな愛でもてなして……大きな愛でもてなして……」
この16小節が終わったら、口ずさむことになるフレーズを。
みんなも、そうだった。
街が騒然とする中、悠然と街路を征く大型の馬車。
その屋根に立つ、なんだか微妙に布の面積の少ないメイド服に身を包んだ娘たち――俺たち。
向けられてくる無数の視線を感じながら、横目で頷きあう。
お互いの背中を撫で合い、息を整えて。
あと6小節、4小節、2小節。
そして――
●
ああ……
俺は、上手く歌えているのか?
ちゃんと、踊れているのか?
サビの後。
転んだ娘がいた。
いいから。
そんな、泣きそうな顔をしなくていいから。
いや――それでいいんだ。
泣きそうな顔で、でも立ち上がる。
そこに、お客さんは何かを感じるんだ。
それを見せるのが、
さあ。
俺の手を取って。
立ち上がって――うん。
笑って。
うん。
それでいい。
お客さんは、どうだろう?
馬車は、既に止まってしまっている。
前から、後ろから。
人々が集まって、馬車を囲んでいる。
馬車に近づけなくて、建物の屋根に登ってる人もいる。
なんだ、あいつ。
リズムに合わせて跳びながら、小便を漏らしてるオジさんがいた。
ああ、終わる。
最後の、繰り返し。
ユニゾンで、繰り返す。
大きな愛でもてなして。
大きな愛でもてなして。
大きな愛でもてなして。
大きな愛でもてなして。
4回、繰り返したら――
そしたら――
●
シンダリが、両手を広げて言った。
ヘッドセットのマイクに向け、群衆に声を放つ。
「歌姫の夜にようこそ! 今宵が初のお目見えとなる、歌舞の神が遣わしたる可憐な妖精たちに盛大な拍手を! 既に手が痛くなった方は称賛の声を! 喉も既に枯れたというのなら、それはそれでまた
気付くと、歓声の中、俺は号泣するメンバーたちに抱きつかれていた。
メンバーっていうか、シンダリの屋敷のメイドさんたちだ。
「「「「わらし、あだ、ごんな、うじ、びんな、ぶび、ぶぶび~」」」」
嗚咽と共に伝わってくるのは、彼女たちの身体の深い部分から生じてる震えだった。それがどんな種類のものかは分からないが、少なくとも、怖れからだけ来てるものではないと思えた。
彼女たちは、ほんの1時間前にシンダリに命じられるまでは、自分がこんなことをすることになるだなんて、予想すらしていなかったのだ。こんな大観衆の前で歌い踊り、しかもそれが熱狂をもって受け入れられるだなんて。
誰かが言った。
「まるで……雨みたい」
確かにそうだ。
観衆から、馬車に向かって投げられてくる硬貨が、まるで雨のようだった。
そんな、かき消されてしまいそうな呟きを、聞き逃さず活かすのは流石だ。
シンダリが言った。
「ああ、まるで雨のようだ……そう思いませんか? 皆さんの声援が、まるで雨のように降っています……そうだ! いいことを思いつきました。どうでしょう? その可憐な歌と踊りで歓声の雨を降らす彼女たちを、こう呼ぼうではありませんか――『
突っ込む間も無い、グループ名決定だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます