第48話 大きな愛でもてなして


 自然と合一し、エネルギーの奔流と化した『スネイル』。

 それが、いま街の上空に浮かぶあの『壺』だ。


 だから『壺』を滅しようとするなら、それは嵐や津波、大地震に対峙するのに等しい。そんなものに、どうやって立ち向かう? どんな剣や魔法が、それを可能にするのか。答えは、イザベラの能力ちからだった。


前払いでOKアドバンス・ペイメント


 イザベラのこの能力は、金さえかければ、どんなものだって斬り倒すことが出来る。どうやって? それは分からない。彼女のこの能力は、ただ望んだ結果だけを、彼女にもたらす。


『壺』から街に向かって伸ばされる、無数の手。


 あれが地表に触れたとき、街には何が起こるのか。だがその前に、斬り落とされている。だらりと下げた剣を振り上げることもなければ構えることすらしない、イザベラによって。彼女の『前払いでOKアドバンス・ペイメント』によって。


 手を斬る手を斬る手を斬る手を斬る手を斬る。延々とこれを続けていけば、やがて『壺』を成すエネルギーは潰え、消滅することだろう。だがそれには、見合っただけのコスト――金が必要だ。


 イザベラの足元には、金貨の詰まった袋が並べられている。転移の魔道具によって運び込んだものだ。『前払いでOKアドバンス・ペイメント』で試算したところによれば、『スネイル』討伐のため国が準備した予算内で、『壺』を滅することは十分可能らしい。


 しかし、ここは外国だ。


 作戦のためとはいえ、国の金を持ち出すには限度がある。加えて作戦後、使った金の用途を報告させられることを考えると、いくらイザベラが公爵夫人といっても、容易に経費と認められるとは考え難かった。


 そこで、こういうことになった。

 現地調達だ。

 有力な両替商であるシンダリに、俺は言った。


「出してくれないか? いまお前が出せるだけの金を」


 いまは単発で『手』を斬ってるだけのイザベラだが、最終的には、巨大な『壺』そのものを両断するつもりだ。そしてそのために必要なステップとして『クサリおれがシンダリから金を調達』というのがあったのだった。既に説明された通り、俺が関係するステップは俺が実行するしか無い――今夜の襲撃作戦で俺の担当がシンダリの屋敷になったのは、そういうわけだった。


「ふむ……この屋敷には、それほど現金は置いていない……と、表向きは言っておりますがね」


 シンダリが言った。

 ざっと『鎖』で調べたところだと、おそらく――


「お気付きでしょうが、この屋敷には複数の隠し部屋がある。そこに現金が分けて置かれてはおりますし、その金をあなたに差し上げるのもやぶさかではない。私には、あなたがそれをどう使うのかは分かりません。ですが、何に使おうとしているのかは分かる。そして、これは金で金を稼ぐ人間の勘ですが――足りない。この屋敷にある金だけでは、恐らく足りない」


 頷いて、俺は訊いた。


「では、どうすればいい?」


 シンダリは――


「私にお任せ下さい」


――と、頭を垂れた。


 ●


 彼らにとって、今夜はどんな夜なのだろう。

 この街の、住人にとっては。


 まずは午前3時、4つの雷撃が落ちた。

 撃たれたのは、この街の大立者――『スネイル』幹部たちの屋敷。


 朝の騒ぎと関連付けて、何が起こったか察した者も多かっただろう。

 そして、空に現れた『壺』。


 俺がシンダリの家を出ると、深夜だというのに、街では騒がしい声が行き交い、人々が街路にたむろしていた。


 空の『壺』を見上げ、口々に好き勝手なことを言い合う人々。どさくさ紛れの押し入り強盗を警戒して、店の前で目を光らす商店主。冒険者ギルドの前には、おそらくパーティーなのだろう武器を携えた4,5人のグループが、いくつも集まっていた。


 そんな彼らが、揃って胡乱げな目を向けている。


 俺にだ。いま俺は、馬車に乗って街を移動している。車内の椅子ではなく、屋根に乗って。馬車は普段は乗り合いに使われてる大型で、その屋根も広かった。屋根には俺だけでなく、女性が四人乗っている。


 シンダリの館の、メイドさんたちだ。


『お任せ下さい』――そういった後、シンダリはこう続けたのだった。


『その御姿を、みせつけてやるのです。舞台は、私が用意します。そこであなたが歌い踊るのですよ。そうしたら、その可憐な姿に皆が金を投げて寄越すでしょう。大丈夫です。この街の人間は弁えている。こんな素晴らしいものを見せられて金を払わずにいるなんて出来はしません。こんな時でも?――どんな時でもです』


 というわけで……


 シンダリの屋敷にあった現金を転移の魔道具でイザベラのところに送りつつ、俺はその準備をした。メイドさんたちの中でも特に勘の良いという四人に、歌と踊りを教えたのだ。


「『もてなして』の部分で笑顔忘れない! もっと楽しそうに! お客さんが真似したくなるように!」


 前世でよく聞いた、アイドルの曲だ。不思議なことに、とっくに忘れたどころか暗記しようとした憶えすらない歌詞や振り付けを、俺は精細に思い出すことが出来た。教えたのは2曲。稽古に使えたのは1時間程度だったが、みんなしっかり憶えてくれた。


 そしていま、俺とメイドさんたちは、馬車の屋根に作られたステージで、人々からの奇異の目に晒されている。独特な熱が、体の奥に灯るのが分かる。命をかけた戦いなら、これまで何度も経験している。でもこれからすることには、それとは全く別のものがかかっていた。


 だからいま俺は、この人生で初めての類の緊張をしているのだ。

 それは新鮮な、どこか心地よい昂ぶりでもあった。


 メイドさんたちから向けられる、視線。始まりの合図を待っている。それと彼女たちの呼吸を背中で感じながら、俺は言った。


「いくよ――1曲目! 『大きな愛でもてなして』」


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