第44話 都会はおっかねえ
今夜の襲撃計画で、俺の担当はシンダリ。
『スネイル』と繋がりのある両替商だ。
その屋敷の前に、俺は立ってる。
転移の魔道具を収って見上げると、壁にはヒビが入り屋根も窓も拉げて外れかけてるといった有様で、外から見ただけで分かるほどガタガタになっていた。率直に言って、構造レベルで歪みが出てしまっている。
さっき落とされた、雷撃のせいだ。
屋敷には魔術防壁が張られていて、そのせいで火事にはならなかったようだが、叩きつけられた膨大な魔力はそのまま打撃力へと転化し、屋敷に巨大な拳でぶん殴られたような衝撃を与えたというわけだった。そして、それ以上に……
「…………」
俺は、絶句した。前世で故郷から上京する時、親戚の叔父さんなんかによく言われたものだ。『都会は怖い』『人間が住むところじゃない』って。幸か不幸かそれを実感する機会には恵まれなかったわけだが、転生した今になって、思い知らされていた。
「金だ! 金! どこに隠してる!」
「馬鹿! 屋敷に現金なんて置くかよ!」
「絵とか魔道具とか、金目のものに変えて隠してるんだよ!」
「こんな屋敷、ブッ壊しちまえ!」
「仕返しなんて無いさ!」
「どうせこいつら、お終いなんだ!」
「そうだそうだ! 仕返しするのは俺らの方だ!」
暴動というよりは『打ちこわし』と呼んだ方がしっくり来る。わらわらと湧いてきた男達が、屋敷に押し入っていた。
屋敷の主――シンダリという両替商。『スネイル』を後ろ盾に、悪どいこともやってきたのだろう。恨みも買ってたに違いない。しかしそれと同じかそれ以上に、男たちの顔から窺えるのは、日頃から溜めてきたのだろうストレスだった。早朝の騒ぎに加えて、いま落とされた雷撃。潮目が完全に変わったのを見て、水に落ちた犬は叩けと鬱憤ばらしに出たのだろう。
「うわあ……都会って、怖すぎ」
なんだかんだ言って、これまで暮らしていたダンジョン近辺というのは、田舎であり素朴であったのだ。冒険者がほとんどの、緩くだが統制の取れた環境ともいえた。だから、こんなことが起こることもなかった。細かいことを言い出したら切りがないが、暴動とは、極めて都会的な出来事に違いない。
イゼルダは、
両手には、すでに木剣。
破壊は暴徒に任せて探索に専念しようかと思ったが、そうも行かなかった。いきなり、木剣を振るうことになった。最初に入った部屋で、女が組み伏せられてた。三人がかりだ。三人とも殺した。
「逃げて……いや、連いて来て」
一緒に行動した方がいいか。女を連れて、部屋を出る。廊下の角を曲がったところで、飛びかかってくる男がいた。俺を、
それを、目的としたつもりは無い。しかし屋敷を探索するうち、俺の後ろには女たちの行列が出来あがっていた。残るはあと一部屋となったところで、俺は訊ねた。
「これで、全部?」
女たちが頷く。
「女は、これで全部?」
再び、女たちが頷く。
頷きながら、女たちは目の前のドアを指さしていた。
ドアを斬り飛ばし、俺は部屋に入った。
部屋には、五人いた。
ソファーに身体を沈める男が一人と、その両腕にしがみつく女が三人。
残る一人の男に、俺は訊いた。
「選べ――そいつを護って死ぬか、女たちを連れて逃げるか」
男の、首から上が消えた。
剣を抜きかけた姿勢のまま、男の首から下が倒れる。
俺は訊いた。
「シンダリか?」
ソファーの、男が頷く。
俺は女たちを部屋に入れて、ソファーの後ろに立たせた。
通信の魔道具で、イゼルダに連絡。
「シンダリを確保しました。自己申告ですが、嘘は吐いてません。ええ、はい。では、聞き取りに入ります」
そんな風に話す俺から、シンダリは何かを察したようだ。両腕から女を離れさせると、ソファーに座ったまま、身を乗り出してきた。金髪碧眼。オールバックの程よく筋肉のついた長身痩躯。年齢は三十代なかばといったところ。いつもなら『もげろ』と言ってるところだが、イケメン顔に滲んだ疲れに免じて、止めておいた。俺は訊いた。
「『壺』はどこだ?」
「下の階だ」
『鎖』で見る限り、やはりシンダリは嘘を吐いていない。
「待ってなさい」
と女たちに告げると俺の目を見ながら立ち上がり、扉を指さした。俺は頷く。シンダリが部屋を出る。その後を、俺も連いていく。階段を降りて、壁の前に立つ。さっき一度、通った場所だった。シンダリが言った。
「開けられるのは、ボスだけだ」
ボスとは『スネイル』という組織のトップであるところの個人――『スネイル』本人のことだろう。
俺は、ルゴシの説明を思い出す。
何故『壺』が『スネイル』本人なのか?
『壺』とは何か――ルゴシは、こう言った。
『『壺』とは『スネイル』の自意識の在り処なんだよ』
と。
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