第43話 襲撃VS襲撃



 マニエラ。

 それが『友人』の名前らしい。どこかで聞いた名前のような気もするのだが、俺の心のどこかの部分が、厳密に思い出すのを拒否していた。


「OK、マニエラ。建屋構造への侵食は順調みたい。強化が終わったら、魔力供給を宿側からに切り替えてくれる? この宿なら大丈夫。自前の機密保持結界を張るために、予備も含めて50000マギジュール相当の魔石を確保してるそうだから」


 通信の魔道具でイゼルダが話してる間も、宿は軋み、変貌を続けている。カーテンは色だけでなく質感まで変わり、虹色に煌めく金属板を、鱗状に繋げたような状態になっていた。加えて床には大小無数の魔法陣が浮かんでは消え、壁や天井からは詠唱とも呻きともつかない声が漏れ続けている。


 それが――


「ありがとう。この件へのあなたの『縁』は、これで絶ち切って頂戴。今日だけは屋敷でして・・もいいから。理由は後で話す。うん。察しはつくだろうけど口にはしないってことで。明日そっちに帰って、ひと寝入りしたら呼ぶから――じゃあね」


――ぴたりと止まった。


 同時に、部屋の中央に置かれたテーブルが輝きを放った。光は形を描き始め、俺の反対側に立つウィルバーが目を眇め何度か瞬きした頃には、精密な像を、天板の上に出現させていた。


「見ての通り、これはこの街の模型。立体的な地図とも言えるわ。中心のこれが、私たちのいるこの宿。今夜、魔法で得た街の情報はここに表示され、この地図を経由して街に魔法を行使することも出来る――ミルカ、今夜のメンバーの所在をお願い」


「はい。お母さま」


 初めてではないのだろう。ミルカは、慣れた様子だった。片手をテーブルに置き、もう片方の手には硬貨の詰まった袋。行使される――彼女の贈与物ギフトが。


黒い代行者ブラック・サブスティチュート


 それは、黒い人影の出現という形で顕れる。王都での戦いでは標的に抱きつき炎で燃え上がらせた黒い影だが、今回の使命は探索だ。部屋の中を見回すと、黒い影は、普通にドアを開けて出ていった。


 すると――


 テーブルの模型の、宿を示す部分に、緑色の光が点った。光からは線が出て、その先には、イゼルダ、ルゴシ、コレア、ミルカ、ウィルバー、クサリ、パメラと、この部屋にいるメンバーの名前が表示されている。


 続いて、宿から少し離れた建物に、4つ。

 そのうち1人は、アドニスだった。


「あたしの仲間だ。作戦の説明を受けてる」


 と、パメラ。

 アドニスは、作戦開始までにはこの部屋へと戻る予定だ。

 同じく宿から少し離れた建物に、3,4人でまとまったグループがいくつか。


「私の部下です。作戦開始5分前に、この宿へと到着する予定です」


 こちらは、コレアだ。その通り、彼女の部下たちは作戦開始5分前になると同時に宿へと着き、この部屋へと入ってきた。


「赤い点がそう・・だ。頼むよ」


 イゼルダに言われて、彼らはテーブルを覗き込む。地図では、宿の周囲の建物や街路の角に、赤い点が点っていた。合計で、30弱といったところ。しかしもう少し範囲を広げただけで、その数は倍以上になる。この宿に向けて、着々と集結しつつあるのだ。


 言うまでもないだろう。赤い点は『スネイル』構成員だ。ミルカの『黒い代行者ブラック・サブスティチュート』は、味方だけでなく、敵である『スネイル』の所在も、地図へと反映させているのだった。


 さて、では何故『スネイルかれら』はこの宿を囲んでいるのだろう? もちろん、襲撃するためだ。何故? 単純に、報復するためだ。彼らは、我々の襲撃計画を知らない。だから、こちらの襲撃作戦を潰しに来た、などというわけでは決して無い。


 逆だ。


 彼らの襲撃計画に合わせて、こちらも作戦開始時刻を午前3時と決めたのだ。『スネイル』が宿の襲撃計画を立てていることを知らせてくれたのは、別に動いてたパメラの仲間だった。それをウィルバーが裏を取り、午前3時に襲撃予定というところまで突き止めた――だからなのだ。


「はい。3時~。どうぞ!」


 イゼルダに言われて、コレアの部下たちが地図に指を伸ばす。半信半疑の、不思議そうな顔だった。指を触れさせたのは、襲撃対象の建物だ。3,4人ずつに別れて、一軒ずつ魔法を行使する。


「「「天雷、強弓の裁き、許されし御身に……ええっ!?」」」


 驚きは、まだ詠唱の途中だったからだろう。


 カーテンを開けて、ルゴシが笑った。


「ダハハハハ! いいですよぉこれ。アタシ好きですよ。清々しさすら感じる派手派手しさ! いやあ、いい……凄くいい!」


 光が、溢れていた。

 空が、真っ白になっている。

 ところどころで滲んだように見えてるのは、雲だろうか。


 コレアの部下たちの魔法が、地図を通して、窓の外の景色へと作用したのだ。

 しかも、本来の何十何百倍の威力となって。


 彼らが放ったのは雷撃の魔法。


 空から、白い手が伸びた。

 同時に、2本。

 もっとも窓から見えてるのが2本というだけで、実際は4本。

 手の伸びる先は、4つの建物だ。


 今夜の襲撃予定地を、太い光の柱の如き落雷が、打ち据えた。


 衝撃が、地面を揺らす。この宿はびくともしなかったが、宿に向かって走り出してた『スネイル』の構成員達が、揃って跳ね飛ばされたように転び、立ち上がることすら出来ず呆然となっている。


 そしてそんな彼らの後ろに、それが立つ。

黒い代行者ブラック・サブスティチュート』――ミルカの放つ、黒い影が。

 そして、彼らに抱きついた。


「燃えてるね~。じゃ、行こうか」


 黒い人影に燃やされる『スネイル』たちから、もう飽きたおもちゃにするみたいに目を離して、イゼルダが言った。


 コレアの部下に変わり、今度は俺たちが地図を囲む。

 俺たち――イゼルダ、ルゴシ、俺、アドニスとパメラ。

 片手に転移の魔道具を持ち、もう片方の手で地図に触れる。


 そして、数秒後。


 俺たちは、それぞれの襲撃予定地へと転移していたのだった。


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