第42話 襲撃計画


「アタシの考えではね、その『壺』こそが『スネイル』という組織のボスであるところの――スネイル本人だ」


『壺』が『スネイル』。

 ルゴシの言葉の意味は、理由を聞いてみれば、明快そのものだった。

 

 資料を見る限り――


「いま『壺』は、はマタド=ナリ内の数カ所を転々としているようです」


――コレアの説明では、何人かの貴族と商人の共有財産という形にされ、移動には馬車が使われているらしい。


「『スネイル』の、組織内部での物の移動には、配下の貸し馬車業者から月極で借りた馬車が使用されています。驚いたのですが『スネイル』は、業者の持つすべての馬車の移動距離や発着地を記録させ、集めた情報を、経営の戦略決定に使用しているそうなのです」


「ほお」


 と、イゼルダが感心したような声を漏らした。

 他の皆も、多かれ少なかれ同じ様な反応だ。

 経営に、営業活動で得たデータを活用する。

 前世では普通だが、この世界では、まだまだ珍しいことらしい。


「へぇ……」


 これは、ルゴシの声だった。

 ただ向ける先が、皆とは違っていた。

 俺を、見ていた。


「『スネイル』って、やることが緻密なんですね」


 俺も驚いて見せたが、遅かっただろうか。


 俺は幼女として、この世界で10年を過ごしてきた。その間に得た知識で、この世界の常識というやつはおおよそ掴んでいるし、ものごとの感じ方も、それに準じている。


 しかし、このクサリという10歳の幼女にとって未知であったことについては、前世の俺の感覚が、そのまま顔を出してしまうようだった。


 結局、この話題については、

「ああ。まるで軍の作戦部みたいだ」

 というアドニスの言葉で終わった。


 ルゴシが言った。


「この馬車の運行記録を見ると、『壺』は、購入者たちの間を定期的に巡回している。もっとも実際に『壺』が馬車に乗せられてればの話ですがね――というわけでだ」


 ●


『壺』の購入者たちの住居を、同時に襲撃することになった。


 ●


「で――お嬢さん。アナタ、ご存知でしょう? メスイキって侯爵」


 ルゴシが訊いたのは『忍者』――パメラにだった。


「ああ……半年前、盗みに入った。薬物の横流しで儲けた金を、外国に分散させる直前だったんだ。それで一時的に絵や魔法具って形で奴の屋敷に集められてて――先回りしてたアルスに、全部かっさらわれたけどね」


 答えるパメラの目に浮かんだ色を見て、俺は、なんとも言えない気持ちになった。アイドルのライブの物販で、何度も見たことのある目だった。何かにすがる気持ちというのは、こういう風に人の顔に顕れてしまうものなのだ。『見ましたよ。財布に、1万円札入ってましたよね? だったら、あと10枚CD買えますよね? 5枚でもいいですから、買って下さいよ。買ってくださいよ……』そう言って服の袖を掴んできた少女を、俺は思い出していた。切実さと、痛ましさの記憶として。


 ルゴシが言った。


「話の流れでお察しでしょうが、その通り――アルスを買ったのは、メスイキだ。そしてこちらもお察し通り、この侯爵は『壺』の購入者の1人で、今夜の襲撃対象に入っている」


「アルスが、そこに居るんだね?」


「ええ、居ますよ。アルスが奴隷に堕ちたのは、メスイキからの注文があったからなんですよ。4ヶ月前――半年前に大金を盗まれた痛手を、なんとか乗り切ったって頃ですな。じゃ、参加確定ってことでいいですかね」


「もちろんさ」


 こうして、パメラも襲撃に参加することとなった。


 襲撃作戦の概要はこうだ。

 4ヶ所ある所有者の屋敷を、午前3時になると同時に襲う。


 1箇所目は、プルキデという商人。

 ここは、ルゴシが担当。


 2箇所目は、ナンバーキという男爵。

 ここは、イゼルダ。


 3箇所目は、シンダリという両替商

 ここは、俺。


 そして最後が、メスイキ男爵だ。

 ここはもちろんパメラと、彼女の仲間たちが担当する。


 残ったミルカとウィルバーは、宿のこの部屋に待機だ。偶然かどうかは分からないが、いまいるこの宿は、4つある襲撃先の、ちょうど中央に位置している。それを利用して、作戦司令室として使われることになった。


「どういう方なんですか?」

「うーん。だから……友達?」


 俺の質問を、イゼルダが誤魔化す。ルゴシを見ると、やたらと汗をかき、杖を持つ手を震わせていた。コレアも青ざめ、明らかに吐き気を催してるって顔だ。やっぱり、これは凄いことなんだな。


 宿全体が、軋んでいた。


 やってるのはイゼルダの『友達』で、その『友達』は、遠く離れた王都から、魔術で宿の構造を強化。更に全体を物理/魔術両用の防壁結界で覆っているのだという。


 そして襲撃の第一撃も、この『友達』が担当することになっていた。


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