第41話 壺



 コレアが配った資料は、何箇所かに印を付けられた地図と、数字の並べられた書類だった。書類には、標題として人物や建物の名前が記されている。


「では、資料が届いたところで、話を再開させてもらいます」


 ルゴシが言った。


「さっき言った通り、アルスは『スネイル』配下の奴隷商を転々とさせられている。間違いなくこれは『洗浄』のためでしょうな。名前や出生地を書き換え、書類上まったくの別人に変えてしまう。そして移動した先の奴隷商でも同じことを行い、また次の奴隷商でも。通常はどんなワケありの奴隷しょうひんでも3ヶ所程度で済ますところを、アルスの場合は8ヶ所でやってましてね。ここまで書き換えを繰り返すと、彼の居場所を探すのも、彼が本来なんという人物だったか辿るのも、ほぼ不可能になる――文字通り、彼の人生の痕跡を洗い流してしまうというわけです。アタシの場合は『スネイル』の帳簿から何とか足取りを掴めたわけですがね」


 資料の表紙を指差し、彼は続けた。

 それは、マタ=ドナリの地図だった。


「結論から先に言いますと、現在いまアルスがいるのは、|ここ

《・・》です。このマタド=ナリに、アルスはいる。帳簿を見た限りでは、1ヶ月前マタド=ナリここの奴隷商に運ばれて以降、他所の街に移動はしてない。じゃあ、マタド=ナリの奴隷商にガサ入れすれば見つかるかっていったら――」


「1ヶ月……」


 誰かの呟きに、頷いてルゴシは続けた。


「そう。1ヶ月というのは、余りに長すぎる。だって、2ヶ月で8ヶ所移動したんですから。そのあとの1ヶ月間、他所の街に行ってないっていうのは、これはもうこのマタド=ナリで買い手がついちまったと考えるべきでしょうな。で、どこの誰がアルスを買ったのか? それが、今日手に入った資料で割り出せたってわけです――では、お願いします」


 そこから先は、コレアの説明になった。


「本日押収した資料から、マタド=ナリ内での『スネイル』の人、物、金の流れは、おおよそ把握できました。ルゴシ=クチーナ氏に教授いただいた『スネイル』の帳簿の読み解き方が無ければ、ほぼ不可能であったと思われます。ありがとうございます」


「いえいえどういたしまして」


「資料からの情報により、マタド=ナリにおける潜在的『スネイル』協力者、拠点とされている施設が割り出されました。『スネイル』が新たな幹部を送り込んできたとしても、以前のように蔓延ることは防げるでしょう。この資料の活用により、ハジマッタ王国が得られるものは計り知れません」


 資料の2枚目を見るよう、コレアは促す。2枚目も地図だったが、こちらはマタ=ドナリではなく周辺国も含めた広範囲の地図で、日付と矢印がいくつも記されていた。


「そしてここから先は、おそらくハジマッタわれわれには無用――活用する術のない情報となります。ご覧頂いてる資料は『スネイル』がある品物・・を移動させた記録になります。マタ=ドナリを出発し、各地にある『スネイル』の拠点を転々として、最後はマタ=ドナリに戻っている。この移動が始まったのが、半年前」


「アタシを痛い目にあわせた奴隷商のところが、3ヶ月とちょっと前ってところでしてね――で、その品っていうのが」


「『壺』です。押収した資料には、壺としか表記されていませんでした。しかし、別の資料と合わせてみると――3枚目をご覧下さい」


 3枚目も地図だった。2枚目と同じ地図で、日付と矢印が記されてるのも同じ。でも数は少ない。比べてみると、2枚目の日付と矢印を、いくつか抜き出したのが3枚目のようだった。


 コレアが言った。


「3枚目に記されているのは、各地の『スネイル』拠点で会議が開かれた日付です。幹部主催で――『スネイル』のボスも参加する会議です」


 ということは――


「『壺』とボスは、一緒に移動してるってことですな」


――ルゴシが言った、その時だった。


 俺の中で、像が結ばれた。

 同時に、声が甦る。


『ボスは……『スネイル』は、マタド=ナリにいる。少なくとも、俺らがボスに会うのは、いつだってそこだ。丸いテーブルに俺らを座らせて、目を瞑らせて、ボスがその周りを回って……』


 丸いテーブルを囲んで『スネイル』の幹部たちが座っている。

 テーブルの真ん中には『壺』が置かれている。


 ルゴシが言った。


「アタシの考えではね、その『壺』こそが『スネイル』という組織のボスであるところの――スネイル本人だ」

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