第40話 義賊アルス


「ご存知の通り、アタシも『スネイル』にはちょっと借りがある身でしてね。そこへゴーマン家の奥さま自ら『スネイル』退治に出張ってらっしゃるなんて聞いたら、駆け付けないわけにはいかない――どうです? アタシにもひと口のらせてご覧なさいよ奥さま。ほらほら、クサリちゃんからも言ってあげて」


 ルゴシ=クチーナ――グイーグ国最強とも謳われる、A級冒険者にして金線級魔術師。以前負った傷はまだ完治してないらしく、杖を突き、シャツの腹のあたりにはコルセットと思しき段差が浮かんでいた。


 イゼルダが言った。


「いいわよお。是非お願いします――って、私が呼んだんだけどね」

「だははは。奥さま、それを言っちゃあいけない――で、そちらのお嬢さんは?」

「『キ=テン』の義賊だそうよ」

「へぇ――ねえ、お嬢さん」


 ルゴシが訊いた。

 ベッドの上のパメラに、


「もし、貴女がアルスって子と知己があるとしたらだ。これからアタシが話すことは1つのズルみたいなものでね。本当なら貴女がこれから先の人生のどこかで自ら手に入れるべき答えを、先走って得てしまうことになるのかもしれない――あなたの魂のためには、好ましくない手段によってね。2つの道行きがある。いますぐこの部屋を出てキ=テンに戻るか。それともアタシの話を聞いて、人生に一生消えない傷を負うかだ。さあ、どちらかお選びなさい」


と。


「話を、聞かせてよ」


 パメラは答えた。話を聞けば、心に傷を負う。では話を聞かず出ていったら、どうなるのか? ルゴシは言わなかったが、俺には分かる気がした。いつになったら消えるか分からない、不安を抱き続けることになるのだ。


 前世で、何度も見たことがあった。アイドルが不祥事を起こす。オタクが、運営やアイドル本人をネットで糾弾する。もちろんそんなことをすれば、アイドルも、そしてオタク自身も無傷でいられない。その先にどんな答えを得たとして、誰も得しない。それでも止めない。不安だからだ。何かが曖昧なまま続いていくことへの不安。それを振り払うためには、たとえ自分を傷付けるようなものであっても、答えを求めるしかないのだ。


「頼むよ。聞きたいんだ――あたしは、どんな思いをしたっていい。アルスがどうなったか、知りたいんだよ」

「ああ、そう」


 パメラの答えを聞き、ルゴシが頷く。うつらうつらしてるミルカを、イゼルダが部屋の外のウィルバーに渡し、ベッドに座る。その横を叩いて、俺にも座るよう促した。「アタシは、立ったままの方が楽なんで」窓辺まで歩いて、振り返るとルゴシは言った。


「2ヶ月前。いや、あれはほとんど3ヶ月前に近かったかな。人探しの依頼を受けたんですよ。少年――某国の高貴な血に繋がる御方のご落胤ってやつでね。ハジマッタ国に留学に来てたんだが、これが行方不明になったんで探して欲しいと。で、何故アタシにそんな依頼が来たかっていうと――だははは。某国とハジマッタと我が母国の関係性から来る話で、長くなるからここでは省こう」


 そして調査を始めてすぐ、ルゴシは掴むことになる。少年が、夜な夜なキ=テンの街を騒がしている、アルスという名の義賊であることを。


「で、アルスが『スネイル』に目を付けられてるらしいって話も一緒に仕入れたんでね。『スネイル』と繋がりのある奴隷商を洗うことにしたんですよ。アルスって子は、相当な美形だって噂になってたらしいから。『スネイル』が自分のところの商品として仕入れようとしたのか。それとも、そういう発注・・が『スネイル』にあったのか。どちらにしてもアルスを拐ったのが『スネイル』なら、奴らが持ってる人を扱う経路・・・・・・を使わないわけは無いだろうってことでね。奴隷商を調査してたら、ちょっと揉めてしまって――このザマってわけなんですが」


 言って、ルゴシはコルセットを叩いた。俺がルゴシと出会ったのは2ヶ月前、王都に向かう途中でだった。その時、ルゴシは重症を負ってたわけだが、それにはそういう背景があったわけか。


『スネイル』傘下の奴隷商の屋敷に忍び込み、ルゴシは商品にんげんの出入りを調べていた。帳簿を魔法でコピーし、自分の屋敷にいる情報解析の専門家に精査させていたのだという。それを、各地の奴隷商に対して行っていたのだ。


 そしてグイーグ国にいる奴隷商の屋敷まで、アルスと思しき商品にんげんの流れを追ったところで、酷い目に遭わされてるエルフの少女たちを発見。彼女たちを連れて逃がそうとしたところで『スネイル』の構成員と戦闘になり――


「話を聞く限り、アルスって義賊はかなりの腕を持ってて……それは、アタシが捜索を依頼された少年とも一致する。となると、奴隷商ごときに捕まったっていうのが、ちょっと信じ難くなる。そうですねえ……ツミハ流忍術の免許皆伝っていったら分かりますかね?」


「分かる分かる」


 答えたのは、イゼルダだけだった。


「……冒険者でいえばB級くらいの実力はあったはずです。相手がどれだけ強かったとして、勝てはしなくても逃げるくらいは出来たはずなんですよ。まあもっとも、奴隷商の用心棒に半殺しにされて命からがら逃げてきたA級冒険者ってのもいるわけでしてね。アタシも『スネイル』と揉めるのは初めてじゃなかったですが、あのとき相手にした用心棒やつらは、それまでの『スネイル』の構成員やつらとは段違いの能力ちからを持ってた」


「強くなったってこと? それも、突然」


「そうです。3ヶ月前、突然『スネイル』の構成員が強くなった。全員ではないでしょうが、ここぞって拠点に数人づつは置ける程度に。で、そういう奴らにぶちあたってアルスは――」


 捕まったというわけか。

 扉がノックされた。


「奥さま――」


 ウィルバーが、アドニスを連れて入ってきた。

 そして、その後ろには。


「夜分に、失礼いたします。押収された資料につきまして、調査の結果をご報告いたしたく参じました」


 ハジマッタ王国法力軍第4師団『武装僧兵ガンボーズ』筆頭、コレア=ベッピダー。

 彼女が、紙束を抱えた部下を従えていた。


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