第39話 ビーエル
何故? 何故? 何故?
俺の頭の中に『何故?』が渦巻いている。
俺とミルカの眠る部屋を、窓から覗いていた『忍者』。
俺が捕まえて床に抑え込んだそいつに、イゼルダが言った。
「あんたは『スネイル』の敵。こっちも『スネイル』の敵。だったら、一緒に戦いましょうって?――ちょっと、お話しましょうか?」
そしてイゼルダはミルカを起こすとベッドから追い出し、代わりに『忍者』を横たわらせた。棒立ちの人間をそのまま横にしたような、そのまま絵に描いたら観察力不足を指摘されそうな寝姿だ。上からシーツをかけても、それは変わらない。
(何故だ……)
話を訊くだけなら床に押さえつけたままでいいのに、何故ベッドに? それは顔を覆うマスクから除く『忍者』の目からも伺えた。何故、何故、何故、何故…………でも、こいつが大人しくベッドに寝てる理由は分かった。
それは、殺気というのとは違うかもしれない。
だけど『逆らったら何かされる! 何かは分からないけど』と無言で理解させられるプレッシャーが、イゼルダから発せられてるのは確かだった。
で、本題だ。
イゼルダが訊いた。
「『スネイル』の敵って、どういうこと?」
さっき『
『忍者』が言った。
「『仲間』が……『スネイル』に捕まっている」
話を聞くと、こうだった。『忍者』のやってることを、簡単に言うなら義賊だ。私腹を肥やす役人やそれに繋がって甘い蜜を吸う商人の屋敷に忍び込み、盗んだ財貨を貧民街でばら撒いてたりしていた。
だが、彼らが普段活動しているのは『
「この街に、『スネイル』の幹部が集まっているから」
「ああ。それはそうなるよね」
と、イゼルダ。今回、ミルカが構成員、イゼルダと俺が幹部という分担になったのは、幹部の家を燃やして『スネイル』の犯罪の資料が失われるのを避けるためだった。『スネイル』の情報を集めるなら、『
「じゃあさ、協力しようよ。幹部の家から出た資料を、一日かけて精査してるから。今夜中には、ト=ナリやキ=テンでもガサ入れが始まるんじゃないかな――で、クサリちゃん。どう? この子」
「嘘は言ってないです」
『鎖』で読み取る限り、『忍者』に嘘を吐いてる気配は無かった。嘘を吐いてるかどうかは、まず色彩のイメージで『鎖』から伝わり、その後から、具体的な映像や言葉がモザイクアートみたいに流れ込んでくる。『忍者』から流れ込んで来たその名を、俺は、意図せず呟いていた。
「ビーエル……」
そんな名前が『忍者』から伝わってきたのだった。
「………」
それを聞いた『忍者』に、反応は無い。
ただ、まっすぐ天井を見上げてるだけだった。
●
『忍者』の名は、パメラ。キ=テンを拠点に活動する冒険者。それが、彼女の表の顔だ。自己申告だから、もちろん偽名である可能性は高い。しかし、冒険者ギルドの
アルス。
それが、捕まったパメラの仲間の名前だ。詳しく聞いてみると、仲間というよりはライバルに近い関係だったらしい。パメラが忍び行った先に、何故かアルスもいることが多く、先を越し越され、時には共闘することもあった。
そのアルスが姿を消したのが、3ヶ月前のことだった。最後に会った時、明け方の街を見下ろしながら、彼は言ったのだという。
『いつか
その日より後、アルスが姿を現すことが無くなり、パメラや仲間の義賊が不審に思い始めた矢先、飛び込んできたのだという。アルスが『スネイル』に捕らえられたらしいという情報が。
なるほど、と俺は思う。
あれが、そうだったのかと。
『ビーエル』という名前と共に流れ込んできた映像――あれが、そうだったのかと。パメラの記憶にある、端正な少年の横顔。彼こそがアルスであり、ビーエルでもあったのだ。
気付くと俺は、パメラの額に手をあてていた。彼女が、何故そうしてくれたのかは分からない。パメラは全身の力を抜き、目をつぶった。俺の『鎖』のことは、彼女は知らない。だがそうすることで、俺が彼女の記憶を探る作業に、協力してくれた。
『鎖』で、パメラの記憶を探る。
アルスの記憶だ。彼が使う技術。そこから窺える、彼が受けてきた教育や訓練の種類とレベル。屋根から屋根へと飛び移る身軽さは、体術と魔道具の組み合わせだろう。もし学校でアルスと俺が同じクラスだったら、卒業までろくに話したりすることは無かっただろう。アルスとパメラも同じだ。アルスには、ある種の人間を遠ざけ、同時に目を離せなくさせる不思議な輝きがあった。
引っかかったのは、3ヶ月前という、アルスが失踪した時期だ。その時期が、俺の記憶の中の何かと繋がろうとして、そして繋がる前に、部屋のドアが開かれた。
「言ってくれなきゃ困るよ。アタシがなんでこんなザマになったか、知らないわけがないでしょうに。まあ、呼ばれなくても来たきゃあ来ますけど。ほら、来てるでしょう? 来た! アタシが! ほら来た!」
そう言って入ってきたのは、A級冒険者にして金線級魔術師。
ルゴシ=チクーナが、だははと笑っていた。
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