第45話 始原の魔術



 作戦本部となった宿で、ルゴシはこう言った。


『アタシの考えではね、その『壺』こそが『スネイル』という組織のボスであるところの――スネイル本人だ』


 何故『壺』が『スネイル』なのか?

 それについての、説明はこうだ。


『『スネイル』という人間は既にいない。奴は『人間を装った自然現象』。

 そして『壺』とは『スネイル』の自意識の在り処なんですよ。


 まずは――『始原の魔術』について、話さなけりゃならんでしょうな。


 人間・・の探求する、あらゆる魔術の体系が目指すところ。

 それは、超人――人を超えた存在となることです。

 もっとも、火や水を出したりする初歩的な魔法を使う時点で、既に人間を超えてるっちゃあ超えている。


 ではここで言う超人っていうのが、何を超えるかっていうとですな――ここです。ここ。我々の柔い肌を超えるのを目指してるんですよ。


 我々を包む、魔物や動物に比べたら、ずっと薄い『肌』。これを超えて、その外にある何もかもと一つになる――自然との合一こそが、魔術の目指す究極の頂なんです。


 で、ここで話の矛先が変わります。


 エルフです。


 エルフっていうのは、人間と違ってですな。最初から、自分の『肌』を超えてるんです。生身の身体を持ちながら、同時に自分の何割かを、常に自然と溶け合わせている。


 何割っていうのがどれくらいかって言うと、多くて1割か2割ってとこだと思いますが、これが、何かの拍子で、突然10割まで振り切っちゃったりもするんです。例えば、強い魔力に晒されたりなんてのをきっかけにね。


 ああ、そうだ。

 ここは、魔力や魔素についても話しておいた方が良いでしょうな。


 魔素っていうのは、この世にある何もかものもととなってる、素材みたいなもんです。そして、魔素を操る力が、魔力だ。


 自然も、我々人間も、すべて魔素で作られている。そういう意味では、わざわざ超えるまでもなく、自然も人間も同じだって言い方も出来る。


 でも、違う。

 何故か?

これ』です。


 この『肌』の内側に、自意識――自分が自分であるという意識が閉じ込められてるからこそ、我々はひとりひとりの人間として、存在してられるってわけです。


 ってとこで、話が戻ります。

 エルフです。


 人間われわれに比べて自然と自分の境目が曖昧なエルフが強い魔力にさらされるとどうなるか? 川っぺりなんかに建てられた、ちゃちな柵が洪水に流されるのと一緒です。境目なんて、あっというまに壊されてします。


 さっき言った『10割まで振り切っちゃったり』っていうのは、そういうことです。で、そうなるともうお終いです。そのエルフは、完全に自然と一体となって、エルフとしての自分――いや『自分』っていう意識すら保てなくなり、エルフとしての彼は、身体もろとも消滅してしまう。


 言い訳じゃありませんがね? 先日、奴隷商の用心棒ごときにアタシが深手を負わされたってのは、それもあるんです。アタシ一人ならね、ああはならなかった。強力な魔術をバンバン使っちゃって、へへんのへ~んってところですよ。


 でもまあ、一人じゃなかった。


 まだ子供のエルフを連れて、強力な魔術を使い、当然、強力な魔力に彼女たちを晒すことになったりしたら――『10割まで振り切っちゃったり』って恐れがある。そうなっちゃったら……ねえ? 何のためにアタシは来たんだって話でしょ。


 エルフもね、長いことこんな問題に付き合ってきて、策を立てなかったわけじゃない。


 魔術を、作ったんですよ。


 彼らが魔力の扱いに長けてるってのは、自然との境界が薄いからなんです。だから、身体を使うのと同じ様な感覚で、魔力を使っている。たとえば、そこのコップを手に取ったとしましょう。でもそのために使った力の、何割が筋力で何割が魔力によるものなのか、エルフには分からない。


 そこで、魔力の使い方を体系的な技術として確立し、意識的に魔力を使うことで、体の外と内の魔素を区別出来るようになり、自分と自然の境目を強固にして、簡単に自然の側へ引っ張られるないようにしようって考えたんです。


 そのために作られた最初の魔術が『始原の魔術』です。

 そう。

『宴会魔術』だなんて言って人間われわれが馬鹿にしているアレです。


 強力なことは強力だが、使い勝手が悪すぎて宴会芸くらいにしか使えない――だから『宴会魔術』っては言いますが、当たり前のことなんです。人間われわれよりずっと魔力の扱いに長けた、エルフが作ったものなんですから。


 だから、人間われわれは『始原の魔術』から模倣可能な部分だけをパクり、自らも習得可能な魔術の体系を作り上げた。一般に魔術と呼ばれてるものは、ひとつ残らずこれですな。『宴会魔術』なんて言ってる輩は、そんな経緯を忘れているのか知らないのか、それとも――まあいいでしょう。


 そうやって生まれた人間われわれの魔術も、あえて滑稽とは言いませんがね、洗練を重ねた先には『始原の魔術』がある。魔術師業界重鎮のお歴々が、あえて口にはしないことですが。


 つまりはです。


『始原の魔術』を挟んで、人間とエルフは向かい合っている。人間は、自然と合一するため魔術の根源である『始原の魔術』を目指し、エルフは自然に取り込まれるのを防ぐため、『始原の魔術』を身に着ける。


『スネイル』は、『始原の魔術』に辿り着いた人間です。

 そして、自然と1つとなった。


 かつて彼は魔術を探求する過程で、金を稼ぐため仲間を募り、仲間を護るために組織を作った。


 彼の名を取り『スネイル』と呼ばれるようになる組織をです。


『始原の魔術』を手にした彼は、ある結論に辿り着きます。

『いずれ自分は自然に取り込まれるのであろう』という結論をね。


 しかし、そうなれば仲間たちとも離れざるをえない。もう彼らを護れない。しかし『始原の魔術』を超えたその先へと到達したいと思う気持ちは止みがたく……


 そこで、彼は考えたわけです。自然と合一した後の自分を、組織の護り手として利用できる仕組みを作ればよいのではないのかと。


 それが、この街にある『スネイル』配下の屋敷――今夜の襲撃目標ってわけです。


『スネイル』は、自分がまだ人間であるうちに結界を作り、自然と合一した後の自分を、そこに封じ込めることにした。その結界が、4件の屋敷。


 そして『壺』は、『スネイル』の自意識を複写した魔道具。


『壺』に話しかけることで『スネイル』の幹部はあたかも『スネイル』本人と接しているかのように錯覚し、『壺』に依頼することで、自然と化した『スネイル』の強大な力を、組織のために利用することが出来る。


『人間を装った自然現象』っていうのは、そういうことなんです。


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