第32話 幹部を縛り首


 しかし、すぐにキリッとなり。


「残りは?」


 馬車に追い付いてきたウィルバーに、イゼルダが訊いた。


「幹部が1人――アラミス殿が対応中です」


 そう答えながらウィルバーが示したのは、人名と住所が並べられた書類だ。名簿と言ってもいいし、チェックシートと言ってもいいだろう。王都にいる『スネイル』について、どうやら以前から調べはついていたらしい。並んだ名前の、ほとんどにチェックが入っていた。きっと、死亡が確認された者に違いない。


 御者台にウィルバーを乗せ、再び馬車が走り出す。向かう先は、アラミスのいる場所。アラミスは、ダンジョンでミルカに会った時、側にいた男だ。ひと目見て『もげろ』と俺は思った。冒険者ギルドのギルマスもアラミスを嫌っていた。そんな俺たちの嫉妬や嫌悪感と同じだけ女性にもててそうなイケメンだった。彼の顔を思い出し、いま改めて思う。もげろ。


 3回角を曲がったら、アラミスが見えた。


 彼が対峙してるのは、なるほど幹部と言われれば納得するしかない、武張った大男だ。俺は、瞠目を余儀なくされる。ネタとかコスプレでなく、袖を破ったジャケットなんてものを着てるワイルドなガイを、まさか現実に見られる日が来るだなんて!


「うお、うお、うおおぅ。待てやこらああああっ!!」


 憎いほど軽快なステップで逃げるアラミスを、男が豪腕を振り回して追いかける。そしてその後を追う、『黒い代行者ブラック・サブスティチュート』の黒い影。


「当たらないぞ! ほら! もっと来い!」


 大振りなフックをかわし、小走りで距離を取る。そうやって逃げることで、アラミスは男を動かし、男が影に追いつかれるのを防いでいるのだった。


 どうやら、男をいますぐ殺すつもりは無いらしい。

 尋問して、情報を得たりするんだろうな。


(ん、そういえば……)


 残ってるのは幹部――アラミスを追いかけてるあの男だけなのだから、『黒い代行者ブラック・サブスティチュート』を使う必要はもう無いんじゃないだろうか。そんなことを考えてたら、ミルカが言った。


「『黒い代行者ブラック・サブスティチュート』は、途中で止められないんです。お母さまの『前払いでOKアドバンス・ペイメント』はそんなことないのに……未熟故ですわね。お恥ずかしい限りです」


「じゃあ、あの男――わざわざ生かしてるってことは、後で尋問とかするんですよね?」


「そうよお。でもこのままじゃ、ちょっと難しいかな――ねえ、クサリちゃんならどうする?」


 と、イゼルダの無茶振り。

 もっとも俺も、アイデアが無いわけではない。


「後で、仲間にしたりとかは?」

「訊くだけ訊いたら、これ・・かな」


 親指で、首を掻っ切る仕草――だったら、あれ・・でいいか。

 御者台のウィルバーに、ちょっとお願いだ。


「では、行ってきます!」


 俺は、馬車を飛び出した。


「ご、ごのやどおおおおおおっ!!!」


 路上では、男のパンチがまたも避けられ――るかと思われたのだが。

 アラミスが、姿勢を崩した。


 拳を振り上げながら、男が足元の石を蹴りつけたのだ。普通なら、蹴った足の方が跳ね飛ばされそうな大きな石だ。しかしそれが、真っ直ぐな軌跡でアラミスの顔面へと飛んだ。男の、剛力故だった。


「ぬわわっ!」


 ほとんど転がる勢いで、避けるアラミス。その顔の脇を、石が通り過ぎる。そして鼻から10センチも離れてない真正面に、男の拳。次の瞬間、アラミスの顔が真っ赤に染まった。悲鳴が上がる。


「おおおおお、おれ、おで、おでの手がぁあああああっ!!」


 男から距離を取り、アラミスが顔を拭った。袖にべったりと着く血と肉片は、彼のものではない。男を見た。男の、手首から先が消えていた。『爆破』のイメージを込め、俺が木剣で叩いたからだった。


 黒い影が、すぐそこまで来てた。


「飛んでけええええっ!!」


 今度は、尻を叩いた――『暴風』のイメージで。黒い影が、飛び付く寸前だった。男が宙を飛ぶ。2階くらいの高さで。そして着地したのは、20メートルほど先の路上だった。更に、立ち上がろうとする男を――


「ぼうぇええええええっ!」


――男の首を、ロープが締め付ける。ウィルバーが放った、投げ縄だった。俺の依頼した通り、ロープの反対側の先は走り出す馬車へと繋がれ、たちまちピンと張ると、男を引きずり始めた。つまり馬車と同じスピードで、黒い影を置き去りにする。


「これで『黒い代行者ブラック・サブスティチュート』に追いつかれずに済みますわね!」


 窓から顔を出すミルカは嬉しそうで、夜目にもキラキラ輝いて見えるほどだったのだが、一方、俺はといえば煩悶していた。迷ってしまったのだ。ミルカに、サムズアップして見せるかどうか。


「ふっ、ふざ、ふざっけんなよおお!!」


 首を締める輪を、男が無事な手で掴む。子猫が潜り込んだみたいに盛り上がる筋肉。いまにも、ロープを引きちぎらん勢いだ。


 かつん、と。


 両手の木剣を打ち鳴らし。

 俺は、走った。


 強化された身体能力で、馬車に追いつき、飛び乗る。

 馬車でなく、男へと。


 男の腹に乗り、剣を振った。

 右肘、左肘、右膝、左膝――4回だ。


「え? ええ……ふええ?」


 男は、不思議そうな顔だった。街路に置き去りにされた自分の両手両足が、どんどん離れて小さくなっていく。そんなのを見せられて、自分に何が起こったのか、逆に分からなくなってしまっているのだろう。


 両肘両膝を斬り落とされて、痛みも無い。実感なんて、まるで無いに違いない。切り口は『氷結』のイメージで凍りつかされている。


 だが、ここからだ。


 馬車に引きずられて、ずる剥けになる尻と背中。耐え難い痛みが奴を襲うのは、これからだ。


 尋問に、適した時間が訪れる。

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