第33話 首が締まれば喋れない


 こうして『スネイル』幹部の男を、馬車で引きずる恰好となったわけだが。


 指摘される前に、自分で突っ込んでおこう。首を締められれば、人は窒息する。当然、そうなれば尋問に答えるどころではない。いま男は――


「……おんご………おんご、おんご」


――田舎のお祖父ちゃん家にある用途が不明な機械とか、古い洗濯機みたいな音を喉から漏らしてる状態だ。首に巻かれたロープを引っ張って、気道を確保することすら出来ない。何故なら、俺が両手を斬り落としちゃったから。


 そもそも、どうして男を引きずり回してるかと言ったら、ミルカの『黒い代行者ブラック・サブスティチュート』から引き離すためだ。触れた途端に炎上死させられる黒い人影から男を遠ざけ、尋問するべく、馬車で引きずり回しているのだった。


「だったら、追いつかれなければいいってことよね。でも、馬車で引っ張ってる間は何も訊けないし……どうしよう? 凄くアタマの悪いこと言ってる気がする――私、自信ある。もし他人が同じこと言ったら『本末転倒』とか『一周回っちゃってね?』とか馬鹿にする自信あるわ」


 ぼやくイゼルダの意を察したのだろう。ウィルバーが馬車を停めさせた。言い忘れたが、いまだに俺は、男のお腹に立っている。急停止で揺れる体の上、バランスを取りながら、俺は訊いた。


「何から喋らせます?」


 馬車からの答えは、


「『スネイル』ってどんな奴?」


 だった。

 男に、俺は訊いた。


「『スネイル』って、どんな奴?」


 グエグエえずきながら、男が答えた。


「そ、そんな漠然とした質問、答えられるか! 抽象的な言葉を弄んでふわふわとした共感のキャッチボールを楽しむ、お嬢さま方の午後のお茶会じゃねーんだぞ! もっとも質問がどんなであれ、ボスのことなんて一言も漏らす気はねーけどな!」


 あれ? ちょっと見る目が変わった。こいつ、脳筋に見えて実は頭が良い? 酸欠の状態でこれだけ喋れるなんて、馬鹿じゃ無理っていうか、普段から相当アタマを回してなければ出来っこない。例えば癌の病床で長編小説を書き上げて賞を穫るような、それくらいの脳味噌の体力が必要なんじゃないだろうか?


黒い代行者ブラック・サブスティチュート』――黒い人影が、角を曲がって来るのが見えた。のたりのたりと、鈍い足取りで。俺たちがいる場所までは、あと数ブロック。


「お願いします」


 俺が手を振るのと同時、馬車が走り出す。

「おごごご……」

 男の首が絞まる。

 黒い人影を、引き離したところで停まる。


「『スネイル』ってどんな奴?」

「言わねえよ!」


 黒い人影が近付く。走る。停まる。


「『スネイル』ってどんな奴?」

「言わねえ!」


 走る。


「ごげっ! まだ、黒い人影アレ、近付いて、無……ぼべぇえええっ!」


 走る、停まる。走る、停まる。走る、停まる。走る、停まる……男がようやく情報を吐き出した頃には、俺たちは王都を出て、どこかの野原を走っていた。『月が綺麗だなあ』とか『風が気持ちいいわねえ』なんて言いながら『別に聞くのはこいつからじゃなくてもいいか』って感じになりつつあった頃だった。


「ボスは……『スネイル』は、マタド=ナリにいる。俺らがボスに会うのは、いつだってそこだ。でもボスの姿を見たことは、一度だって無い。ボスに会ったのがマタド=ナリのどこかも憶えていない。丸いテーブルに俺らを座らせて、目を瞑らせて、ボスがその周りを回って……だから、声しか知らねえんだ」


 男は、嘘を言ってなかった。『鎖』を男に触れさせて、奴の中に立ち上がるイメージを、俺は読み取っていた。こちらのイメージを流し込むより難しいが、心のガードが崩壊しきった今なら、そうでもない。


 男から得たイメージでは、確かに『スネイル』本人の顔は分からなかった。でも幹部たちの顔は分かった。それと、男が関わった中で、特に印象が強かった悪事の記憶。現在進行系で抱えてる案件。把握してる限りの、組織の展開図。


 最後に、俺は訊いた。


「お前、『スネイル』に何をされた?」


 真っ暗になった。遮断。男から伝わるイメージがゼロになる。一瞬で、男の心が閉ざされ、黒い霧のような障壁が立ち上がって来た。ゆっくりと、男が顔を振った。馬車を見ると「もう、いいわよ」。男を繋いでるロープを切り、俺は馬車に乗った。


 振り向くと、明るくなり始めた野原に、まっすぐと轍が続いている。赤らんで見えるのは、朝日のせいだけでは無いだろう。男の身体は、最初の半分の厚さになっていた。男を置き去りに、馬車が走り出す。反転して、王都へと。


 黒い人影とすれ違ったのは、走り出して最初の丘を過ぎたところでだった。

 俺は言った。


「あれ、弄られてますね――恐らくは、他の幹部も」

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