第31話 ギフトの制限


 こうして、王都にある『スネイル』の拠点は壊滅した。

 だがイゼルダの話によると、まだ終わりではないらしい。


『スネイル』の強みは、その復元力だ。


 商店や宿、貴族の屋敷。『スネイル』は街のあちこちに構成員を送り込み、身分を偽らせている。そして拠点に何かあった場合は、それらの人員を足がかりに、速やかな活動再開を目指すというわけだ。


 拠点を潰した次は、そういった潜伏者を狩る段だ。

 これも、やるのはミルカの『贈与物ギフト』だった。


黒い代行者ブラック・サブスティチュート


 黒い人影が、王都の方々へと散らばっていく。

 それを追いかけて、俺たちは馬車を走らす。


 と――その前に。


「奥様。総員、配置を完了いたしました」


 馬車の外から言ったのは、ウィルバーだった。俺と一緒の時は見せなかったイケオジっぶりである。単に真面目くさってるというわけでもなく、主への忠誠心とか、決してこの女性ひとに恋してはいけない。ああ、でも……みたいな秘めた想いなんかが渾然として窺える、男の純情と誠実さが色気となって立ち上ってくるような、匂うほどの男っぷりなのだった。


 そんなウィルバーに、イゼルダは微笑みで応えた。


「さあ、行きましょう。と言っても、適当な影を追いかけて街を回るだけなのですけれどね」


 街路には、ウィルバーの部下だと分かる動きの男女が何人も見えた。彼らもまた『贈与物ギフト』を見ることが出来る人物に違いない。黒い影を追って、ひとつの影につき2,3人のグループで歩いている。


「拠点と違って、今度は一般の家とか宿だから。そういうところに潜り込んでる『スネイル』が標的――ってことは、分かるわよね?」


「ええ。一緒に家まで燃やすわけには行かないってことですよね――でも、どうやってそれを防ぐんですか?」


「ほら、あそこ! 始まりますわよ!」


 ミルカが指さしたのは、宿屋だった。

 看板には『月灯ムーンライト』とある。


 黒い影がそちらに方向を変えたのを見て、後を追ってた3人組が追い越し、先に宿へと飛び込んだ。すぐ声がした。「火事だ! 逃げろ!」。もちろん、火なんてまだ点いてない。だがその声に追われて、入り口から半裸の男たちが飛び出してくる。緊急時だからか、ほとんどは隣にいる者と手を繋いでいた。そして最後に、


「オマエかぁあああっ!」


 怒鳴り声と一緒に、窓から男が放り出された。

 窓辺には、3人組。そしてその背後に、黒い影。

 影は窓枠から身を乗り出すと、そのまま街路へと転がり落ちた。

 だがすぐに立ち上がり、うずくまって苦鳴をあげる男に覆いかぶさる。


 炎が、燃え上がる。


 そういうことだった。黒い影が触れる前に、標的を建物の外へと叩き出す。単純で手間はかかるが、他には考えられないほど確実な方法だった。


 しかし、だったら……


「だったら――クサリちゃんなら、きっと思うわよね。『最初から、標的を家から追い出す手順ステップを入れとけばいいじゃないか』って」


 その通りだ。

 しかし、そうしないというのは……


「私の『前払いでOKアドバンス・ペイメント』にも、ミルカの『黒い代行者ブラック・サブスティチュート』にも、制限がある。ステップ数に、限りがあるのよ。『両断するまで斬り続ける』くらいならいいのよ。でもね、そこに『足を蹴る』とか『魔法で熱しながら』なんてステップが加わると……私の場合、全部で、5つか6つが上限。で、ミルカはもっと少ない」


「では、上限を超えるステップ数が必要になった場合は?」


「出来ない。不可能って答えが『贈与物ギフト』から返ってくる

――あれ? クサリちゃん。どうしたの? お腹痛いの?」


「いえ、大丈夫です」


 ステップ数の上限――前世でプログラマーをやってたこともある人間には、胃が痛くなるような話だった。特に俺みたいな、ワンチップマイコンのアセンブラの経験なんてものがある様な人間には。


 イゼルダが言った。


「まあ……だから、クサリちゃんが必要なんだけどね」


「と、おっしゃいますと?」


「『スネイル』――組織のじゃなくて、組織のリーダーである『スネイル』個人の話なんだけど……『不可能』だったのよ。奴を殺すのは。『スネイル』をぶった切るのも、『スネイル』に勝つのも、『前払いでOKアドバンス・ペイメント』はコストを計算してくれた。でも『スネイル』を殺すってことに関してだけは『不可能』。ステップ数の上限を超えていた。でもね……それが、ある日『不可能』じゃなくなったの。それで『前払いでOKアドバンス・ペイメント』が割り出したステップを見てみたら――」


「私、ですか?」


「そう。『クサリを同行させる』ってステップが入ってたの。当然『クサリって誰よ!?』ってなるじゃない? そうしたらミルカから……」


「『クサリさんとお友達になりました』って、お話ししたのよ?」


 お友達……いつの話だろう?

 ぶっちゃけミルカと会うのは、今日でまだ2度目なのだが。


 とにかくグイグイ来る母と娘に、俺には抗う術が無かった。

 辛うじて、訊ねた。


「では、いま私がここにいるのも『前払いでOKアドバンス・ペイメント』を使った結果ですか?」


「それが違うのよ。『前払いでOKアドバンス・ペイメント』で実現出来るのは、具体的な目的だけなの。『王都のスネイルを全滅させる』みたいな抽象的な目的の場合はステップは割り出されるけど、それが『誰其れを切り殺す』みたいな具体的なステップじゃないと実現出来ない」


「その場合は、どうするんですか?」


「割り出されたステップを実現するためにはどんなステップが必要か、更に割り出すのよ。そうやって割り出されたステップがまだ実現不可能だったら、更に割り出す。実現可能なレベルで具体的なステップが割り出されるまで、それを繰り返すの。そして実現できるステップが出たら実行して実行して実行して、上のレベルのステップを達成してって――難しいっていうか面倒くさい話なんだけど分かる? クサリちゃん」


「分かります。ステップが入れ子状態になってるわけですね」


 サブルーチンという言葉を使わずに表現するなら、そう言うしかない。

 プログラミングに喩えるなら『前払いでOKアドバンス・ペイメント』とは、ソフトウェアの設計を行い、最も低レベルでのコーディングのみ外注に金を払ってやらせるような能力なのだろう。


「そうそう。入れ子になってるのよ。それでね、色々試したんだけどクサリちゃんの名前が出るステップは、どれも一番上のレベルなの。おまけに、下部のステップも割り出せないから『前払いでOKアドバンス・ペイメント』では全く実現出来ないのよ。こんなのって――」


 いったん言葉を区切ると、ちょっと頬を赤らめ、イゼルダは言った。


「――うちの旦那を、墜としたとき以来ね」


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