第20話 VS亜竜(1)


 何故、徒歩なのか?

 ざっくリ言えば、自業自得である。


 本来なら、出発地であるフラン→ニアラン→デドラン→目的地の王都の順で行くはずだった。しかしウィルバーの提案で、ルートを変更。フラン→ニアランの間で、大きく回り道をすることとなった。


 既にお察しかもしれないが、その回り道のほとんどが、乗合馬車の通ってない地域を征くルートだったのだ。俺たちが馬車に乗ったのは、フランを出て最初の1日だけ。それ以降は、ずっと徒歩だった。


 森の村でゴブリンを殲滅したのは、歩き出して2日目から3日目にかけてだ。一泊して通過するはずが二泊になり、予定をオーバー。そして村から出る馬車も無かったため、当然、そこからも徒歩。


 しかし――


「急がないんですか?」

「ええ。問題ございません」


 ウィルバーには、道を急ぐ気配がない。時速としては、4~5km/h といったところ。生理的には、むしろスピードを抑えている気配さえある。それと、もうひとつ気になることがあった。


 方角だ。


『鎖』でいま進んでる方角を見てみると、この先に目的地ニアランはなく、僅かに西にずれた地点を素通りしてしまうのは確実。


 だが――ウィルバーは、こういった点を過たない。俺は、彼についてそういう風に信頼している。出会ってまだ数日だが、こういうのに時間は関係ないだろう。人間性ではなく、能力に対する直感の話だからだ。


 さて、何を企んでいるのやら?

 答えは、昼前に出た。


「どうされますか?」


 ウィルバーが訊いた。

 彼が指差す先には――向こうから、先に声をかけてきた。


「そこの旦那さぁん。乗ってかねえかねぇ? お代は結構だよぉ」


 乗合馬車だった。

 なるほど、これに出くわすことを見越しての速度であり、方角だったわけだ。

 ウィルバーが、眉をひそめた。


「……ほぉ?」


 俺が『鎖』の先を持ち上げ、彼に差し出したからだった。


「この方が、分かりやすいでしょうから」


『鎖を着けた少女と身なりの良い紳士』より、『奴隷とその主人』の方が、見る方には分かりやすいだろう。そして見られるこちらにとっても、その方がやりやすい。


 冒険者ギルドで爺さんと同じく、他の乗客からは嫌な目で見られるというか、非難がましい視線がウィルバーに集中するだろうが、そのくらいは我慢してもらおう。


 しかし、思ったほどではなかった。


 乗客たちからの視線は、確かに好意的なものではなかったが、『あんな小さな子が何故!』とか『こんな酷い奴がいていいのか!?』とかいった類の憤りは感じられなかった。


 何故なら、もっと酷い奴がいたからだ。


「ねえアナタ。その娘、どこで買ったの? ずいぶんキレイにしてるじゃないですか。奴隷は磨き上げてから辱めるとか? そういう趣味? それともどこかに売りに行くわけ? だったら、アタシが買ってあげてもいいけど? 相場より、ちょっとは色を付けてあげられると思いますよ?」


 男だ――一番うしろの席から、声をかけてきた。


 印象を言うなら『フランのギルマスが嫌いそうなタイプ』。年齢は20代半ば。細面に、薄く色の着いた眼鏡。気障に足を組み、腕は背もたれに広げられている。


 着ているものはといえば、一番上までボタンを留めた冒険者服に、しっかりした縫製の魔導衣ローブ。ブーツは磨き上げられて、埃ひとつ付いてなかった。


 そして――右に2人、左に3人。

 男の両腕で、身を縮こまらせている。


 エルフの、少女たちだった。


 年齢は、人間でいうと10代の前半。顔立ちは美しいが、頬には痣と擦過傷。薄汚れた貫頭衣から覗く、すらりと長い手足も同様だ。一番ひどいのは足首で、何度も皮が剥けたからだろう、そこだけくすんだような色になってしまっている。


「アタシもね、ちょっと迷ってるんですよ。この娘たち、ニアランに着いたら早速かわいがってやろうと思ってるんですが、まずはキレイにするか? それとも、最初は汚れたままの方がいいかな?ってね。分かるでしょう――アナタも、そんな小っちゃなお嬢さんで楽しもうってんだからさ」


 俺とウィルバーが無視しても、男の汚言まがいの軽口は止まらなかった。


「つれないねえ。ちょっとは相手にして下さいよ。アンタ方の運賃、アタシが払ってるんだから。いやいや、恩に着せようってわけじゃないんですけどね?」


 そうだったのか?

 御者を見ると、あっちもこっちを見て頷いていた。

 なるほど。

 だから俺たちを拾いもしたし、『お代も結構』だったわけだ。


「いやしかし、この娘たちは運がいいよ。アタシみたいな人間に買われてさ。アタシ、こう見えてもA級の冒険者でしてね。別に必死こいてダンジョン踏破したりなんてしたことも無かったんですけど、王都の学校を出た後、あちこちフラフラしてる間に、自然とそうなっちゃってましてねえ。そんなアタシに可愛がって貰えるんだから、キミたち、感謝しないと。神じゃなくて、アタシにね。アタシに。アタシにだよ? だからさ、そっちのお嬢さんもアタシに買われたほうが――そっちの方が良いんじゃないかって思うんだけどねえ」


 そう言って俺を見る視線は、色眼鏡越しでも分かるほど、粘ついていた。

 かなり本気で、俺を手に入れようとしている。

 最終的に、力づくで奪うことも辞さないほどに。


 それに、気付いたのだろう。

 他の乗客――商人風の老人が、とりなすように話しかけた。


「ああ――お話中に失礼。はばかりながら、この老体も手慰みに魔術を嗜んでおりましてな。不躾ですが、その魔導衣ローブ、銀線級以上の術士にのみ許される逸品とお見受けしますが……」


「ああ、分かりますか――分かりますよねえ。魔術を嗜んでるなんて御仁に分からないはずが無い。アタシはね、魔術師としては金線級なんです。本当は試験を受けたりしなきゃいけないそうなんですが、A級の冒険者になったら、魔術師協会に呼び出されましてね。そこで2つ3つアタシの術をみせてやったら、金線級にしてあげるって。本当は白金級にしたいところなんだけど、それは上の方にいるご老人方が煩いから勘弁してくれって。勘弁してくれってそんな、別にアタシが欲しいって言ったわけじゃないんですけどっていうね――まあそんな感じで、このA級冒険者にして金線級魔術師の、ルゴシ=チクーナが出来上がったというわけで」


 ルゴシ=チクーナ。

 それが、男の名前。


『鎖』で読み取った情報に、それも追加する。


 俺は、横目でウィルバーを見た。出来れば、訊いてみたかった。

 このルゴシ=チクーナという男を、彼がどう見るか。


 厄介? それとも、興味深い?


 ウィルバーも、横目で俺を見てた。

 その口の端が、片方だけ、僅かに持ち上がっている。


 さて、次にルゴシやつが話しかけてきたら、どうするか?


 そんなに、考える必要は無かった。

 すぐに、それどころではなくなったからだ。


 馬車の前方に、魔物が現れたのだった。


 亜龍族デミドラゴン

 羽が生えてないことを除けば、なんら龍と変わるところの無い、巨大な蜥蜴の化け物が。


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