第19話 木剣の秘密


 あの時の、あの青くさい若者だ。


 だがギルドで会った時と比べると、雰囲気はだいぶ柔らかくなっている。

 長く整えた髪をオールバックにして、冒険者服も適度に着崩されていた。


 剣呑な目をする冒険者なかまに、彼は言った。


「やめとけ。その娘はな、すっごく強いぞ。聞いたことがないか? クサリって娘のこと――ダンジョンの噂だ。フランのギルドなら、みんな知ってたんだがな」


 と言われても、冒険者たちはわけが分からないといった風なのだが、構わず彼は言った――今度は、村人に向けて。


「私はオッギ=ルーン。ニアランの冒険者ギルドに所属するD級冒険者だ。縁あって、今回の救援チームのリーダーを任されている。仲間が声を荒げたのは許して欲しい。私も、あんなにガミガミ言うことは無いんじゃないかと思うんだがね――それも、理由があってのことなんだ」


 そして、最後はこっちだった。


「やあ、クサリ。久しぶりだな。会ったのは一度きりだが、覚えているかい?」


「ええ。あの時は心配していただいて、感謝しています」


「いや、やめてくれ。恥ずかしい――あんなの勘違いだったんだから。私は、あのときニアランからフランのギルドに修行に出されていてね。いまは、ニアランに戻って活動している。それにしても君は、本当に、なんというか――見違えたな。ずいぶん、言葉遣いが上等になっている」


 フランというのは、ギルマスがいたあの町のことだ。位置関係としては、ダンジョン→フラン→ニアラン→デドラン→王都の順で、直線状に並んでいる。


「これを――」


 ウィルバーが差し出した書類を、青年――オッギが確かめる。書類は、王都に入るための身分証だった。そこに『学生』と身分が書かれてるのを見て、オッギが微笑った。


「ああ、なるほど。あれから話を聞かなかったんで気になってたんだが――良かった。王都でも、きっと君の個性は秀で、愛されるに違いない。微力ながら、君が良き師、良き友に恵まれんことを願うよ」


 一応それでこの場は収まり、今夜はこの村に泊まることとなった。

 というわけで宴が終わるのを待ち、村長の家で眠った――という具合にいけば良かったのだが。


「納得いかない、という顔ですなあ」

「そうですねえ」


 ウィルバーに言われずとも、分かっていた。

 だから、ずっと木剣を抱えていたのだ。

 それこそ、これ見よがしに。


「お嬢ちゃん、木剣それでゴブリンをやっつけたのかい?」


 訊いてきたのは、さっき村人を問い詰めてたのとは別の冒険者だ。でも、不満を抱いていたのは同じだろう。こんな幼女を指して『あの娘は強い』と言われたところで、納得なんて出来るはずがない。当然だ。心の動きとして、正しいといってもいい。


 ただ、問題があるとしたら――


「じゃあさ、ちょっと、俺と手合わせしてくれないかな」


――こういう形でしか、それを昇華する術を持たないことだろう。


 というわけで、試合をすることとなった。

 宴の端っこで。

 しかし一瞬で、みんなの関心の中心になっていた。


 相手は、23,4歳といったところか。

 もちろん前世日本の23,4歳とは、まったく異なっているだろう。

 しかしどっちの世界でも、俺みたいな幼女に絡んでくる23,4歳なんて、ロクなものじゃないに違いない。


「じゃあ行くぞー」


 男が手にしたのは、流石に剣じゃない。

 木材っていうか薪だ。

 一般的な剣より、ちょっと短いくらい。

 無造作に近付いて来るように見えて、足元の動きは慎重だった。


「はい、どうぞ」


 男は、決して下手では無かった。

『鎖』を使うまでもなく分かる。

 しかし俺が気になってるのは、ひそひそ声で話すオッギとウィルバーの方だった。


『クサリが、剣を振るのを見たことは?』

『ゴブリンが相手であれば、昨夜』

『私は、これが初めてだ。フランにいた時の仲間から、噂を聞いただけでね。腕の立つ男だったが、あの子に耳を斬り落とされたらしい』


 俺が、前世のことを思い出す前の話だ。

 相手は悪くない。

 ただ以前の俺が、異常に殺伐としていただけの話なのだ。

 だから、なんというか……詳細については、勘弁して欲しい。


 とか、言ってる間に――


「おぐっ!」


――俺が打ったのは薪なのだが、どう衝撃が伝わったのか、男は腹を押さえて蹲った。俺は言った。


それ、使っていいですよ」


 男が、剣を抜いた。


 刃引きなんてしてない実剣VS木剣ということになるのだが、こんなのは初めてじゃない。

 俺がダンジョンで戦ってたのは、魔物だけじゃない。

 盗賊や、冒険者を狩る冒険者ハンターハンターとの実戦も多数経験済だ。


 そいつらが使ってたのは、もちろん実剣だった。

 だが、俺の木剣が打ち負けたことは無かった。

 鉄を木で迎え撃ち、跳ね返す。

 そんなのを何回繰り返しても、木剣には傷ひとつ付いたことが無かった。


 理由は、もう分かっている。


 対象に情報を送り込んで操作する、龍皇の技――龍韻ドラゴニック・コマンド

 これを俺は、修行でマスターした。

 思えば、やけに簡単に。


 それは努力や才能とは関係なく『以前から、ある程度出来ていたから』簡単に習得出来たというのが、いまの考えだ。


 龍皇と出会う前の時点で、龍韻ドラゴニック・コマンドを、低いレベルではあるが、俺は既に使えるようになっていたのだ。爺さんとの、剣の修業によって。爺さんの剣は、いま思えば、明らかに龍皇のあの技の影響を受けていた。少なくとも、同じ方向性の上にあるのは間違いない。


 爺さんは、木剣にしなやかな鋼のイメージを流し込むことで、強化していた。

 そして流し込まれるイメージは、鋼だけじゃない。

 同時に強烈な打撃や斬撃のイメージを、技によって使い分けていた。


 爺さんに剣を習った俺もまた、知らず知らずのうちに、同じことをしてたに違いない。もっとも龍皇と出会うまで、自分の修行した剣がそんなものだったとは、全く気付いてなかったわけだが。


 というわけで――


「あ、ああ……ああああああ」


――真っ二つに断たれた剣を見つめ、男が棒のように固まる。


 勝負あり、ということでいいだろう。

 問題は、ここからどう締める・・・かなわけだが……


「お見事!!」


 オッギが拍手すると、瞬時に村人や冒険者たちもそれに乗った・・・

 そんなわけで、この件はおしまい。


 翌朝、村人とオッギたちに見送られ、俺とウィルバーは、村を後にしたのだった。


 徒歩で。

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