第18話 予期せぬ再会

 乗合馬車は、町の外れの停留所から出発する。

 王都までは、二泊三日の距離だ。


 馬車は、もう停留所に着いていた。


 それが分かるところまで、俺と王都からの迎え――ウィルバーは来ていた。

 そして、そこで足を止めていた。


 ウィルバーが言ったのだ。

 ふと、思い出したように。


「ここのギルドマスターは、優秀な人物なのですよ」


 と。

 そして問うた。


「この町から王都までは、馬車で3日――この距離を、どう思われますかな?」


 と。

 俺は答えた。


「近いです――非常に近い」


「その通り。非常に非常に近い。そして王都からそんな距離に、ダンジョンがある。馬車で3日という距離は、陸を征く魔物であれば1日半。空の魔物ともなれば半日もかからないでしょう。だから30年前、ここのダンジョンが発見されたときには、誰もが頭を抱えました。この国の喉元に、突然、刃を突きつけられたのと同然だったのですから」


 ダンジョンから魔物が溢れる――『大暴発スタンピート』は、決して珍しいことではない。短いクサリおれの人生でも、何回か噂で聞いていた。すべて外国でのことだったが、いつこの国のこのダンジョンで起きても、おかしなことではなかった。


 もしそうなった場合は、いまウィルバーの言った通りだ。

 遅くとも1日半で、王都に魔物が押し寄せることとなる。


「それでどうするか――考えた結果が、この町です。ご存知かと思いますが、この町はそのために・・・・・作られたのですよ。目前に迫る、恐怖を振り払う。そのための方法は2つ。1つは、目を逸らし忘れること。そして賢明にも我らが先達が選んだのは、もう1つの方でした。町を作り、そこに優秀な人材を割り当て、自らが掘り当てた恐怖の穴を注視し続ける。身も世もなく慌て、恥も尊厳もかなぐり捨てて――勇気を以て」


 言われて、腑に落ちた。この町から王都への直線上には、2つの町が挟まれてる。そしてどちらの町も、左右には小さな町や砦が、扇状に展開されていた。『大暴発スタンピート』に備えての防衛線と考えれば分かりやすい。そしてこの町は、その起点――最初に魔物の群れを受け止めることとなる場所なのだった。


「さて、それで――何が言いたいかと申しますと、この町から王都までは、かように近い――あの馬車を使うのであれば。しかし、翻ってあちらの馬車を使うのであれば、ニアランまで5日間の遠回りになります」


 ニアランは、今夜泊まることになってる町だ。明日はその次のデドランに泊まり、明後日には王都に着く予定――本来であればだが。


「その5日の間には、いくつかの村や森を通過することになります――よろしければ、色々とご案内して差し上げることも可能ですが?」


 考えるまでもない。


 俺たちは踵を返し、乗る馬車を変えた。罠とかそういうのである可能性も否めないが、まあ、なんとかなるだろう。どうせ、一度は死んだ身だ。そう考えながら、俺は軽く天を仰ぎ、こう詫びたのだった――


(すみません。『使命』ってやつ、忘れてませんから)


――転生するとき会った、あの白い場所の、美しい人に。


 ●


 というわけで旅立って3日目。


 いま俺の前には、数十人の老若男女。

 一人残らず、ひれ伏している。


 その先頭で俺を仰ぎ見る、老人が言った。


「クサリさま~~~~クサリさまは~~~~天から遣わされた戦乙女じゃ~~~ゴブリン共を皆殺しにして下さった~~~~ありがたや~~~ありがたや~~~~~~]


 昨日深夜からの数時間。俺は数十匹のゴブリンを殲滅し、森にあるこの村を、虐殺・強姦・強奪の危機から救ったのだった。


『何故こうなった?』とは言わない。

 俺の、選択の結果である。


 ダンジョンで培った戦闘技術が外の世界でどれくらい通じるか試したかった、という好奇心。それが『いつゴブリンが攻めてきてもおかしくない』&『冒険者ギルドに討伐依頼を出したが、いつ助けが来るか分からない』という危機的状況、というか9割9部詰んでる村を救うという大義名分を見つけて――ウィルバーが訊いた。


「どうされました?」

「『手段が目的になる』とは、こういうことなのかな、と」

「面白いことを仰られる。本当に、クサリ様は考えがお深い」

「ところで、ゴブリンロードですが」

「村に、素材として提供するということでしたな」

「ええ。それと……」

「比較的、損傷の少ない死体を確保してございます」


 それから宴が始まり、ようやくギルドからの冒険者たちが着いた頃には、盛り上がりも終わりに近付いていた。実を言うと、この時ちょっと揉めた。俺が一人でゴブリンを駆逐したというのを、冒険者たちが疑い、村人に詰め寄り始めたのだ。


「こんな子供がゴブリンを殲滅なんて、有り得ないだろう!? どうしてそんな嘘を吐く!」

「嘘なんて、そんな……」

「正直に言ってくれ。いまならまだ、そいつら・・・・だけを罰すれば済む。さあ言え。どこの誰に、依頼を付け替えた?」

「いえ、ですからそこのクサリさまに……」

「戯るか! ウソを吐くなと言っている!」


 冒険者が声を荒げているのは、仕事を横取りキャンセルされたからではない。その背後にあるものを問題視しているのだ。冒険者ギルドより安値で仕事を引き受け、村に浸透する何者か。それが他国の間諜や犯罪組織の尖兵であったという例は、枚挙にいとまがない。


「どうしたものでしょうかなあ」とウィルバー。

「信じてもらえないなら、どうしようもありません」

「では、証明してみせますか? うふふふ……おっと、これは失敬」


 冒険者に俺の腕を見せつける?

 試合でもして?

 ボコボコにして?


「ああ、じゃあいい! そこまでトボけるんだったら仕方ない。確かめさせてもらう。クサリその子と試合しよう――大丈夫だよな! そんなに強いんなら!」


 おいおい。

 向こうから来ちゃったよ……

 まあ、仕方ないかなあ。


「良いでしょうか?」ウィルバーに訊くと、

「殺さなければ」そういう答え。


 うん。

 殺さなきゃいいか。


 と、背中に隠した手に木剣を顕現させようとした。

 その時だった。


「おいおい。そんなにコトを荒立てなくても――んん!? 君は」


 冒険者の一人が、俺を見て眉をひそめた。

 俺も、同じく眉をひそめていた。

 見覚えがあった――半年前。

 あいつだ。


『ご老人! その子があなたの何なのかは知らないが、仮に奴隷であったとしても、その扱いは、あまりに……あまりに無体なのではないか!?』


 冒険者ギルドで爺さんに絡んでた、あの若い冒険者だった。

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